覚悟を決めて
一年以上も空いてすみません。
しかも話があまり進んでないような……。
そちらもすみません。
よろしくお願いします。
それから数日後。お兄様は、約束通りレナーテ様の手記を持ってきてくれた。お兄様が来ると予め聞いていたので、私は孤児院の仕事を休ませてもらい、一人でお兄様を迎えた。
訪ねてきたお兄様はいつも通りに見えた。手記を読まないという約束を守ってくれたのだろう。中身を知りたいと言われ、正直に言って迷った。自分の心の重しを一緒に背負ってくれる人が欲しかったからだ。独りで抱えるには重くて、不安に潰されそうだった。だが、私にとって重い事実は、お兄様にも重いに違いない。自分が楽になりたいからと背負わせていいのか。自問自答したけれど、やっぱりそれはできなかった。
◇
「これ、うまいな」
向かいに座るクリストフ様の呟きに、はっと顔を上げる。私は夕食を食べながらも、自分の世界に入り込んでいたらしい。フォークを置いて慌てて笑顔を作る。
「よかったです。味付けには自信がなくて」
「いや、本当に。ここに来た当初よりもずっと上達してるぞ」
「ありがとうございます」
褒めてくれるのに、それを心から喜べない。お礼の言葉を一字言うたびに舌が縺れそうになった。
クリストフ様は、眉を顰めてフォークを置いた。
「エリーアス様と何かあったのか?」
「え? 何もありませんよ。お兄様はただ荷物を届けてくれただけです」
本当にそれだけだ。私は嘘をつくのが苦手なので、こうして正直に話せることにはすらすらと言葉が出てくる。
クリストフ様はじろじろと角度を変えて私を観察しているみたいだった。それだけ私を心配してくれているんだと思うとうれしい。と思った瞬間、お母様の言葉や、手記のことが頭に浮かんできた。お前は喜んではいけない、幸せになってはいけないと戒められているみたいだ。にやけそうになった顔が意図せず途端に引き締まる。
「……なあ、俺はそんなに頼りないか? 信用できないか?」
静かな空間にクリストフ様の声が響く。いつもの力強い響きはなく、どうしたらいいのかわからない不安な子どもの呟きのように聞こえた。傷つけてひまったのかと、私は慌てて首を勢いよく左右に振る。
「そんなわけないです! 頼りにしてるし、信用もしています!」
「なら、なんで……! いや、くそっ、責めたいわけじゃないのに! ただ、俺はお前が心配で……!」
クリストフ様は声を荒げながら、ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき混ぜた。
クリストフ様が何を言いたかったのかわからないので、私からかける言葉も見つからなかった。そうしてお互いにしばらく沈黙した後、クリストフ様はぽつぽつと話し始めた。
「お前の生い立ちや、男爵夫人のことがあったから、お前が抱えすぎてないか心配だったんだ。お前が話したくなるまで待とうと思っていたが、日に日に様子がおかしくなるから……。問い詰めるようなことをして悪かった」
「クリストフ様が謝ることでは……。ずっと考えていたんです。一人では抱えきれない悩みがあって、それを相談してしまうと、その相手にも同じ悩みを背負わせてしまうんじゃないかって。特に、お兄様はそれを知ることで傷つくかもしれません。私はお兄様に、同じ思いをして欲しくないんです。だけど、一方で自分が楽になりたいから話したいとも思ってしまって……。本当に私は自分のことしか考えてないみたいです」
「違うだろ。自分のことしか考えてなかったら、エリーアス様に知った時点で打ち明けてたんじゃないか? お前は一人で悩んで苦しんで、結局言わないことを選んだ。それを自己中心的だとは俺は思わない。
だが、エリーアス様に言えないのなら俺なら話せるんじゃないか? お前がさっき言っただろう。一人では抱えきれない悩みだ、楽になりたいから話したい、と。一人では難しい問題も、二人なら解決できるかもしれない。どうだ?」
「それは……」
どうだろう、とすぐに思考の中に入り込み、口をつぐんだ。
クリストフ様もある意味では関係者だ。クリストフ様は覚えていないようだが、レナーテ様は彼の義理の母親になる予定だった。手記からもレナーテ様がクリストフ様を大切に思っていたことがうかがえる。知ることがクリストフ様を傷つけないのだろうか。
そして、一方で私自身が望まれなかったことをはっきり知られることが嫌だった。可哀想だと同情されるのも、軽蔑されたり、嫌われるのではないかと思われるのも。
これに関しては自己中心的としか言えない。クリストフ様が好きで失いたくないからと、彼の知る権利を奪うのは間違っている。
たとえ私が嫌われたとしても、クリストフ様が望むこと、幸せを優先したい。
だから、私がクリストフ様に確認するのはただ一つだけ。
「それを知ることであなたが傷つくとしても、本当に知りたいと思いますか?」
私は一生懸命自分の真剣な思いが伝わるようにと、お腹に力を込めてはっきりと言葉を紡いだ。それが届いたのか、クリストフ様は息を呑んだ。そして、強い眼差しで頷いた。
「ああ。それでも知りたい」
これで覚悟は決まった。全てを打ち明ける覚悟が。
ただ、問題は何をどう説明するかだ。かなり昔からの話なので、遡って話すのは時間がかかるし、順番が変わってわかりにくくなっても困る。だから、私は手記をまず読んでもらって、お母様から聞いたことを補足することにした。
「……わかりました。まずはレナーテ様の手記を読んでください。その後に詳しくお話しします」
「わかった。無理矢理聞き出すようなことをして悪かった」
クリストフ様は困ったように笑う。こうして自然な笑顔を向けられるのは最後かもしれない。それどころか、笑顔自体も向けてくれるかどうか。
それでも覚悟を決めたからか、それならばこの笑顔を忘れないように思い出に焼き付けておこうと、じっとクリストフ様を見つめていた。
そして夕食後、手記をクリストフ様に渡すと早々に部屋に戻った。
今年ギリギリになりましたが、間に合ってよかったです。
次回は年明けになるとは思うのですが、そんなに間を空けないようにしたいです(^^;)
読んでくださり、ありがとうございました。




