互いの罪悪感
よろしくお願いします。
「だいぶ手つきが様になってきたんじゃないか?」
「そうですか? それなら嬉しいんですが」
夕食の準備を二人でしながら他愛もない話をする。一度失った大切な時間が戻ってきた実感がじわじわと押し寄せてきて、答える声が弾む。
お兄様が帰った後、クリストフ様は「部屋はそのままにしてあるから、着替えたいならそうしろ」と言って、自分の部屋に引っ込んでしまった。多分これは、私を少しの間一人にしてくれたのだと思う。
心配だからとそばにいてくれたら、嬉しかったかもしれない。だけど、その一方で心配かけてはいけないと無理に空元気を出さないといけなくてしんどかったかもしれない。一見冷たくみえるけれど、これも優しさなのだと思えるくらいには、私なりに考えられるようになったと思う。
見えるもの全てが真実じゃない。いえ、違う。起きた事象は変わらない。それをどう捉えるかによって真実は変わってくるのだろう。
着替えて気持ちが落ち着いたところでクリストフ様に声をかけて、こうして夕食の支度に入ったというわけだ。
クリストフ様は手を止めて続ける。
「だけど……これでよかったのか?」
「はい? 何がですか?」
「男爵夫人のことだ。ここまで大事になって本当によかったのかと思ってな」
「……これでよかったんです。私はお母様を苦しめる存在でしかありません。ただ、きっと離れても安心はできないでしょうけれど」
お母様の罪は、象徴である私がいなくなったとしても消えることはない。寧ろ、真実を知った私が離れたことで、誰かに話すのでは、と不安に陥るかもしれないと思うけれど……。
「どういう意味だ?」
「……それはいずれわかります。私が口で説明するよりも、目で見た方がきっと伝わるから」
怪訝な顔をするクリストフ様に、私は観念したように目を伏せるしかなかった。知られて軽蔑されるのが怖い。それでももう逃げるわけにはいけないとわかっている。自分が選んだ結果に責任を持たなければ。
「お前……変わったな」
「……そうでしょうか? 私は相変わらず人に流されてばかりで、誰かに助けてもらえなければ生きていけない弱い人間ですよ」
自嘲するように笑うと、クリストフ様が眉を顰めた。
「そういうところもだ。前のお前だったら絶対にそんなことは言わなかった」
「前って言われても……」
「……俺のせいか。そうだよな。俺がお前に強要したんだ」
クリストフ様の声が低くなった。怒ったのかと、思わず首を竦める。
「お前を責めているわけじゃない。俺が自分を許せないだけだ」
「違います! クリストフ様は何も悪く……」
「そんなわけないだろう! 俺はただ、お前に面倒をかけられたくないからという身勝手な理由で、お前の意思を無視したんだ! 男爵夫人と何ら変わらないだろうが!」
クリストフ様は声を荒げた。だけど、その声は怒りというよりもどこか傷ついているような響きがあって、聞いていて辛くなる。
「そうじゃないんです! 少なくとも私は感謝しているんです! あなたはただ、きっかけをくれただけで、私はそれを受け入れただけ! 受け入れたのは私の意思なんです! ……お願いだから、あなたまで私の意思を否定しないで……!」
私は振り絞るように叫ぶ。自分で決めたことなのだとわかって欲しかった。私はお母様の操り人形でも、クリストフ様に責任転嫁するだけの意思のない人間でもない。考えて結論を出せる、一人の人間だ。
クリストフ様ははっと目を見開いて、俯いた。
「……悪かった。男爵夫人があそこまでお前を責めるくらいのことを俺はしたんだと思って……」
「あれはクリストフ様のせいじゃないんです。それは断言できます。だから、もうやめましょう?」
クリストフ様は巻き込まれた被害者だ。自分には関係ないと無視すればいいのに、優しいから罪悪感を抱く。
だったら本当のことを話してクリストフ様の心の重しをとってあげられればいいのに、臆病な私はそれをしない。自分が嫌われるときを先延ばしにして、それでもクリストフ様を好きだと思う自分勝手な私。クリストフ様への罪悪感は大きくなるばかりだ。ごめんなさいと心の中で謝る。
わかってくれたらしいクリストフ様は、その後はもうそのことに触れなかった。そうしてお互いの心にしこりを残して、それを見ないふりをしながら当たり障りのない話を続けたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
年内に間に合ってよかったです。
なかなか展開が進まず申し訳ありません。
今年は大変お世話になりました。
良いお年をお迎えください(^^)




