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否定する人、認めてくれる人

よろしくお願いします。

「大丈夫ですか……?」


 息を切らしているクリストフ様に尋ねる。どうしてここに、とは思ったけれど、それより先に心配が先に立った。クリストフ様は息を整えてから困ったような顔で口を開いた。


「それは俺の言葉だろ。今日は午後から休みだったんで様子を見にきたんだが、そうしたら子どもたちがお前に来客があったと教えてくれてな。大丈夫か?」


 クリストフ様はちらりとお母様を見遣る。お母様の表情は険しい。


「あなたには関係ありません。あくまでも家族の問題です。わかったならロスヴィータを渡しなさい」


 お母様はこちらに向かって手を伸ばす。そこから守ろうとしてくれているのか、クリストフ様が私の前に出る。


「渡す、渡さないの問題ではないんじゃないですか? ロスヴィータは物ではありません。ロスヴィータに選ばせてください。……なあ、ロスヴィータ。お前はどうしたいんだ?」


 そう言いながらクリストフ様は振り向いた。先程までの私の決意を後押ししてくれるような言葉に、更に私は奮い立つ。


「私は先程も言ったように、私は私が正しいと思うことをします。──いいえ、違いますね。私の意思でやりたいことをやります。だから、お母様がそれを否定するのならそちらには行けません」


 私が正しいというと、お母様が間違っているように聞こえるかもしれないと思って言い直した。私はお母様を責めたいわけじゃない。ただ、思いが交わらないだけだ。()()()()


 わかって欲しいと願いを込めてじっとお母様を見つめた。だけどお母様の表情はまったく変わらなかった。


「……だったらもういいわ。もう二度と屋敷に帰ってこないで。あなたは結局何もわかっていない。全てわかった上であなたの存在を認めているのは私だけなのに。私以外の誰があなたを必要とすると思うの?」

「……必要とされないと駄目なんですか?」


 お母様は必要とされて初めて生きる権利がある、と言いたいんだろうか。だけど、産みの母であるレナーテ様に拒否されても、私は生きてきたのだ。必要とされていなかったことを知らなかったから生きる権利があって、知った途端に生きる権利が無くなる、そんなおかしな話なんてあるんだろうか。クリストフ様と目が合うと、目元を和らげて頷いてくれた。私は続ける。


「必要とされないのは辛いし、寂しいです。だけど、それで私の存在を否定しないで欲しいです。私は確かに誰からも望まれて生まれてきたわけじゃありません。じゃあ、ここにいる私は存在しないんですか? 私がこれまでやってきたことは初めからなかったことになるんですか? 私はそうは思いません」

「そう……そう思いたいなら好きにすればいいわ。だけどそれで後々自分が間違っていたとわかっても、私は助けないから」

「はい。私は覚悟を決めましたから」

「……本当に腹が立つわ。あなたのせいでみんなが不幸になったのよ。あなたなんて生まれてこなければよかったのに」


 憎々しげに私を睨むと、お母様は勢いよく出て行った。お母様の言葉に心を抉られたけれど、それよりも隣にいるクリストフ様の様子が気になって仕方がなかった。険しい表情で俯いてしまったからだ。


 いたたまれなくて、恐る恐る謝る。


「あの、申し訳ありません」

「ああ?」


 低い声で返されて背筋が冷たくなった。やっぱり不愉快な思いをさせてしまったのだと再度謝る。


「本当に申し訳ありませんでした。面倒なことに巻き込んでしまって。もう巻き込まないようにしますから……」

「巻き込まれたとは思ってない。俺がむしろ首を突っ込んだんだ。だが……悪かった。俺が入ったせいで余計にお前が嫌な思いをしたんじゃないか?」

「いいえ。私なら大丈夫です」


 クリストフ様を安心させたくて笑顔を作ろうとしたけれど、うまく顔が動かない。


「あ、れ? おかしいですね……」

「無理するな。辛いなら辛いって言っていい」

「……何を、言って、るんです。私なら、平気……」


 気がつけば周囲には子どもたちがやってきていた。クリストフ様が勢いよく走っていたみたいだから気になったんだろう。みんなに心配をかけてはいけない。笑え、笑うの──!


「いいから!」


 クリストフ様は私の顔を隠すように抱き込んだ。


「お前はわかりやすいんだ。強がってもわかる」


 温かい声と、クリストフ様の温もりに冷えていた心が温まっていく。そうか、私は大丈夫じゃなかったんだとまた気づく。こんな温もりを知ってしまったら手放せなくなるのに。


 甘えてはいけない、と、甘えてしまえ、という気持ちが交互に押し寄せる。駄目だ、自分の弱さに負けてしまう。


「離してください……」

「嫌だ」

「駄目なんです! 私はっ、強くならないと……!」


 両手を突っ張って引き離そうとしても、騎士であるクリストフ様には敵わない。悔しくてクリストフ様の胸を叩く。


「っ、なんで、私はっ、こんなっ、弱っ……」


 温まった心に押し流されるように涙が流れてくる。すぐに泣く自分が弱くて嫌い。そう思えば思うほど涙は止まらない。


「お前は強いよ。ちゃんと自分を貫いた。よく頑張ったな」


 もう言葉にならなかった。クリストフ様に縋り付いて、しばらくそのまま声を殺して泣き続けたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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