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二人での料理

「はあ……」


 なんだか本当に疲れた。あの後苦労してクローゼットにあった普段着に着替えたけれど、胸元で結ぶリボンは縦になってしまうし、服を脱ごうとして髪の毛にボタンが絡まったりして髪もボサボサだ。だけど櫛がどこにあるのかもわからなくてそのまま。


 クリストフ様に直して欲しいと言おうかと思ったけれど、あの調子では自分でやれと言われるのがわかっている。自分でできたらそもそもお願いなんてしないのに。


 実家にいた時は、何も言わなくても侍女が動いてくれていた。お母様もそれでいいと言っていたのに、ここではそれが通じない。


 どうしてだろうと考えようとしたら、ぐうっとお腹が鳴った。


「お腹が空いたわ……」


 朝から結婚式の準備で屋敷内がバタバタしていて朝食も食べられなかった。


 クリストフ様には着替えは自分でしろと言われたけれど、食事のことは言われなかった。それはお願いしてもいいだろう。気を取り直した私は部屋を出た。


 そこではた、と気づく。そういえばクリストフ様の部屋がどこか聞いていなかった。とりあえず近場から当たってみようと、手前の扉をノックしてみた。


「クリストフ様、いませんか……?」


 すると、少しして扉が内側へと開いて前のめりに体が傾いて、何かにぶつかって止まった。


「……何の用だ」


 押し殺すような低い声が間近で聞こえる。よかった、部屋は合っていたようだ。普段着に着替えていたクリストフ様の胸を押し返すと、顔を見上げる。頭一つ分くらい背の高さが違うから、近づいて見上げたら首が痛い。


「あの、お腹空きませんか? 私、お腹が空いてしまって……」


 そこで都合よく、ぐうっと派手に私のお腹が鳴った。クリストフ様はため息をつくと、「わかった。台所へ案内する」と、私を押し退けて部屋を出ると、さっさと階段を降りて行ってしまった。まだ怒っているようだ。そこまで怒らなくてもいいのに。わからないんだから仕方ないでしょう。


 急いであの恐怖の階段を一歩一歩確実に降りてクリストフ様の後を追い、一階の玄関に近い部屋に入った。そこには木製の四人がけの机と椅子に、食器の入った棚しかない。窓はあるけれど小さくて、色褪せた茶色いカーテンで飾られていた。


 部屋は綺麗だった。片付いているというよりも、物がないのだ。この部屋の狭さだから仕方ないとはいえ、これでどうやって暮らせるのかもわからない。またクリストフ様頼りになるけれど、やっぱりお母様の言う通りクリストフ様に何とかしてもらうしかないのだ。


 自分のことは自分で、と彼は言った。だけどお母様はクリストフ様に任せればいいと言う。この場合、お母様の言う通りにクリストフ様に任せたら、クリストフ様は自分でしろ、と言うのだろう。まったくわけがわからない。こういう時にどうすればいいのか、お母様にちゃんと聞いておけばよかった……。


「ロスヴィータ。料理は……」

「もちろんできません」

「……だろうな」


 クリストフ様はやれやれと肩を落とした。これは怒るよりも呆れているのだろう。


「それで、食事は……」


 きょろきょろと見回しても、それらしきものは見当たらない。


「これから作るんだ。あなたも手伝え」


 クリストフ様の言葉に思わず目を丸くする。そして噴き出してしまった。


「おかしなことを言いますね。私は料理はできないと言ったじゃないですか」


 クリストフ様の眉間に深い皺が刻まれた。またまた私は彼を怒らせてしまったようだ。クリストフ様は声を荒げることなく、唸るように告げる。


「……できないのはわかったが、俺が教えるから手伝いながら覚えろということだ。何もしない奴に食わせる飯はない」

「わかりました……。お母様はクリストフ様に任せればいいって言ってたのに」


 後の言葉は思わず漏れた独り言だ。クリストフ様に聞こえたのかわからないけれど、「何か言ったか?」と凄まれてしまった。


「いえ、何も言ってません」

「よし。じゃあ、始めるぞ」


 そういうなり、クリストフ様は手早く食材を出して指示を出し始めた。私は言われた通りに野菜を洗い、食器を出し、クリストフ様の隣に立って包丁で食材を切る様子をじっと見ていた。あまりにも見事な包丁さばきで、ぽつりと言葉が漏れる。


「すごい……」

「やってみるか?」


 尋ねられて答えに困った。実家では、私が何かをしようとするとお母様や使用人たちに止められていたのだ。目を離すと何をするかわからないからと、常に誰かがいた。


 やってみると言ったら、お母様の言いつけを破ることになる。だけど、できないと言うとご飯が食べられない……。


 すごく悩んだけれど、私は頷いた。


「やります」

「……そうか」


 クリストフ様は目を見開いた。少しだけ笑顔になったような気がするのは、私がクリストフ様の笑顔を見たかっただけなのかもしれないけれど。初めて会った時から、私はクリストフ様の仏頂面や怒った顔、呆れた顔しか見ていない。夫婦になるのだから、やっぱり仲良くなりたいのだ。

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