私が知る「真実」の先に
今回は胸糞悪いです。
次回はお母様視点でネタばらしというか、彼女が何を考えているのかを書こうと思っています。
よろしくお願いします。
翌日、お母様との話に立ち会おうかとお兄様が言ってくれたけれど、真実を隠したままの私は断った。お兄様が男性だからレナーテ様の身に起こったことを話しづらいのと、お母様がその事態を招いたかもしれない事実を、実の息子であるお兄様には知られたくなかったからだ。
お兄様がいつものように出かけるのを見送った後、私とお母様はお母様の部屋で話すことにした。
◇
「……どうしてあなたは私の言うことを聞かないの? もうクリストフとは別れたのだから、平民のようなことをする必要はないでしょう? あなたは結婚前と同じように難しいことなんて考えず、部屋にいればいいの」
向かい合わせでソファに座り、侍女を下がらせて二人きりになると、お母様は開口一番にそう言った。その声音は優しいのに、私には残酷に響いた。これから私が話すことはお母様にとっては気に入らないことだろう。やましいことはないけれど、お母様の顔を真っ直ぐ見られない私は、目を伏せて首を左右に振る。
「そんなのはおかしいです。別れてここに帰ってきても、私は養女です。そして、貴族の娘としての知識も経験も全くないし、出戻りの私には政略としての価値はありません。それなら市井に降りて生活するための知恵が必要なんです。私はこれからも生きていかないといけないのだから──」
「──そう」
「もう全てわかっているんです。私はお母様の遠縁であるレナーテ様の娘で、父親は……」
口にするのもおぞましくて、私は唇を噛み締める。私は愛し愛されて生まれた子どもじゃない。もしも父親がクリストフ様のお父様だったら、両親から祝福されて生まれてきただろう。だけどそうだったら、私がクリストフ様を思う気持ちは許されない。
考えれば考えるほどに、いろいろなことが見えてきて苦しくなる。単純にクリストフ様に好きだと告げるには、柵が邪魔をするから。その柵を作るのは私だとわかっている。見えもしないのに勝手に制限して、動けなくなって。だから私は断ち切りたいのだ。その柵を──。
お母様はしばらく黙っていたけれど、ふふふと小さく笑った。話にそぐわない笑いに、私は思わずお母様を凝視する。
「全てわかっているですって? いいえ、あなたはやっぱりわかっていないわ。わかっていないからまだ私に逆らおうとするのよ。私はあなたのためと思って黙っていたのに。中途半端な情報は、あなたに中途半端な期待を持たせた後に絶望させるだけ。いいわ、全て教えてあげる──」
そこからお母様が語り始めたことは、レナーテ様の手記にあったこととほぼ変わらなかった。レナーテ様とクリストフ様の父親が恋仲にあったことは後になって知ったそうだけど。
ただ、事実を語るお母様の淡々とした様子に私は違和感を覚えた。暴漢がお母様とレナーテ様を間違えて襲ったこともお母様は話したが、そこに申し訳なさや後ろめたさというものを感じなかったのだ。事実のみを伝えるだけならそれでおかしくはないのかもしれないのか、と思いつつも、妹のように可愛がっていてその娘である私を引き取るぐらいなら、多少の感情の揺らぎがあってもいいような気がした。
お母様の口から聞いたとしても、前もって覚悟をしていた分だけ衝撃は少なかったからか、そんなことに気づく余裕さえあった。
だけど、そんな余裕はしばらくして脆くも崩れ去った。お母様の言葉によって──。
「──まさかあなたの父親がレナーテを殺すだなんて、私にも予想できなかった」
「え……?」
聞き間違いかと思って、咄嗟に声を上げてしまった。私の父親がレナーテ様を殺した? お母様を庇って暴漢に襲われて亡くなったというのは嘘なのか。聞き返したかったけれど、何をどう問えばいいのか、混乱した頭ではわからなくて私は言葉を失った。
お母様は私の表情が変わったことに気づいたようで、身を乗り出して更に続けた。
「あなたの父親はね、私に逆恨みをしたの。自分が襲ったのがレナーテ、いえ、平民の娘だとわかって、金品を脅し取ることができないとわかるなり、私に嵌められただの、騙されただのと絡んでくるようになったから、私はあちらの家に抗議したのよ。他にもいろいろなところで問題を起こしていたから廃嫡になったようなのだけど、それらも全て私のせいだなんだと思い込んで。そして、私を襲おうとして庇ったレナーテが犠牲になった──」
「嘘っ!」
「嘘じゃないわ。それに、あの時レナーテが護衛を遠ざけたの。もしかしたらレナーテはあなたの父親が襲いに来るのを知っていたのかもしれないわ」
護衛を遠ざけた? 襲いに来るのを知っていた?
それが何を意味するのか。それを考える前に答えをお母様が出してしまった。
「レナーテはきっと死にたかったのよ」
お母様の言葉に呆然としてしまった。だけど言われて、ああそうか、と心にストンと落ちてくる。
だって手記にもあったじゃないか。男に襲われて、私を身籠もって、愛する人たちを失った。生きる希望を失ったっておかしくない。
私の心を寂しさが過ぎる。私の存在はレナーテ様に生きる希望どころか、絶望感しか生まなかった。私を置いていくことに躊躇いは無かったのだと思うと……。
我ながら勝手なものだ。お母様のことを実母だと思い込んで慕って、生みの母のことなんて考えたことなんてなかったくせに。今でも自分の母だという実感なんてないくせに。
胸を締め付ける思いは、レナーテ様への思慕なのか、同情なのか、それとも──。
目の奥が熱くなって、俯いた。浮かんできた涙は玉になって重さに逆らえず、睫毛を伝って私の手へ滑り落ちる。熱を持っていた涙は落ちた途端に冷たさを伝えた。それがまるで自分の薄情な心を表しているようで、罪悪感を生んだ。
向かいに座っていたお母様の気配が消えたかと思うと、私の隣に移動した。そして、お母様の手が私の濡れた手を包み込む。
「レナーテは、最期に復讐を果たしたの。あの子は自分が刺されながらも、自分の服の中に隠し持っていたナイフであなたの父親を刺した」
──もう聞きたくない。
もうわかったから。私の父親がどれほど最低だったのか、レナーテ様が死にたがったわけも。
お母様はまだ続ける。
「──だから言ったでしょう? 知らない方が幸せなこともあるし、難しいことなんて考えない方がいいことだってあるの」
のろのろと顔を上げると、慈愛に満ちた表情を浮かべるお母様と目が合った。お母様は私に笑いかけながら、右手を私の顔に伸ばし、頬を撫でる。
「私はあなたの味方。私だけはあなたがどんな穢れた生い立ちであろうとも守ってあげる──だって私はあなたの共犯者なのだから」
穢れた生い立ち?
共犯者?
私は罪人?
一つ一つのことを考える前に、次から次にお母様の言葉に思考が流されてわからなくなる。
難しいことは考えられない。いえ、違う。考えない方が幸せなのだ。
そうしてお母様に言われた言葉だけが、意味を成すことなく私の心に重く沈んでいった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




