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閑話・いつのまにか変わっていたもの(クリストフ視点)

今回はクリストフの変化を入れたかったので、そちらの視点になっています。

次回は主人公視点に戻ります。


よろしくお願いします。

 ロスヴィータと会った翌日、またいつものように王城へ向かう途中、エリーアスに待ち伏せをされていた。


「昨日はありがとうな」

「いえ、俺は何も……」


 ちらりと周囲を伺うと、チラホラと人が行き交うのが視界に入る。込み入った話は人通りがあるとまずい。暗に匂わせた俺に気づいたのか、エリーアスはついてこいというように顎をしゃくって歩き出した。俺はそれに黙ってついて行った。以前だったら偉そうにと不満に思ったかもしれない。だが、今はただ凪いだ気持ちだった。それもこれもエリーアスがロスヴィータを心配しているのがわかるからだ。それは俺も同じだった。


 人気がない場所でエリーアスが立ち止まったのを確認して、俺は口火を切った。


「それで、あれからあいつの様子はどうですか?」

「ああ。どこか吹っ切れたように見える。きっとお前のおかげだな。本当にありがとう」

「いえ、俺はむしろあいつを追い詰めたんです。そうでなければあいつは倒れなかったと思います」


 俺が無理にあいつの心を暴こうとしたせいで、あいつが恐慌状態に陥ったように見えた。あれには焦ったが、それ以上に倒れて目を覚ました後のあいつの表情に焦った。吹っ切れたのか心の内を吐露しながら浮かべたあいつの笑顔は、今にも壊れそうで消えそうな儚いものだったからだ。


 これまで見てきた、出会った頃に見せていた人形のような作り笑顔や、子どものような満面の笑顔、嬉し泣きをしながらの笑顔とは全く違う。憂いを押し殺しているように見えたからだろうか。あいつがどこかに行ってしまう気がして、思わずあいつに手を伸ばした。


 俺はあいつに「変われ」と言ったが、こんな風に変わって欲しいと思ったわけじゃない。


「……荒療治かもしれなかったが、必要だったんだと私は思うよ。我慢し続ければいずれは同じことになったか、もっと悪いことになったかもしれない。今のあいつに優しさはむしろ毒なのかもな……」

「優しさ、か……」


 エリーアスの言葉が引っかかった。俺は昨日のあいつを見て、正直わからなくなった。真実を知ることであいつがあんなに追い込まれるのだったら、男爵夫人があいつに過去を教えずあんな風に育てたのは正解だったのだろうか。俺があいつのためにといろいろなことを教えたのは間違いだったのでは──。


「ああ。だが、優しさって曖昧だと思わないか?」


 エリーアスに問われて、俺はエリーアスの顔を見る。エリーアスが何を言いたいのかわからない。続きを促すように瞬きで答えた。


「何でも受け入れるのが優しさなのか、相手を思って厳しくするのが優しさなのか、それとも相手が心を開いてくれるのをただ待つのが優しさなのか──。優しさにも正解はないのかもしれないな。ただ、私は、クリストフ、お前がロスヴィータにしてくれたことは正解ではないかもしれないが、間違いではないのだと思う。うまく言えなくて申し訳ないが……」

「正解でも間違いでもない……」


 そう言われてしっくりきた。計算のように同じ答えが出てくる問題だけでなく、今回のように正解のない問題はいくらだってある。それこそ人の心なんて本人にだってわからないことがあるのだから、正解を見つけるのなんて至難の業だ。


「……それならどうやったら間違いじゃないと言えるんでしょうね」


 この問いにはエリーアスは笑って即答した。


「自分が自信を持って間違いじゃないと思えば、だろうな。決断には責任が生じるから迷うだろうが、決断は自信を持って下さなければならない。それが責任を負うということだ」


 エリーアスの重い言葉に俺は言葉を失った。俺はそこまで考えてロスヴィータにあれこれ言っていたわけじゃない。ただ自分が楽になりたいからだった。これが生まれながらに責任を負っている貴族のエリーアスと背負うもののない俺の違いだろう。貴族だからと偏見で見ていたことが恥ずかしくなった。


 エリーアスはこほんと軽く咳払いをして話を戻した。


「まあ、ようするにお前のおかげでロスヴィータの気が晴れたみたいだからお礼が言いたくてな。本当にありがとう。実はな、母上が近いうちにこちらに戻ってくる予定なんだ。ロスヴィータは母上と話をするつもりなんだろう」

「大丈夫なんですか?」


 以前ロスヴィータは男爵夫人に軟禁された。そして元に戻るようにと繰り返し言われていたはずだ。また同じことにならないのかと心配だった。エリーアスの表情も曇る。


「……私も反対なんだが、ロスヴィータ自身が望んでいるからな。そうすることでしか乗り越えることができない何かがあるんだろうと思う。だから私にできるのは見守ることだけだ。これも正解かどうかはわからないがな」

「それは俺もです」

「ありがとうクリストフ……こんなことは言えた義理ではないが、これからもロスヴィータのことをよろしく頼む」


 エリーアスに頭を下げられて俺は内心狼狽していた。エリーアスに言われる前から俺の中でこれからもロスヴィータと関わることは決定事項になっていたのだ。嫌々だったはずの付き合いが自ら望んでとなっていた自分の気持ちの変化と、自分の中でいつの間にか大きくなっていたロスヴィータの存在。それが何を意味するのか、まだわかりたくなくて俺は誤魔化すように「こちらこそ」とだけ告げたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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