八つ当たり
またまた空いてすみません。
よろしくお願いします。
帰ろうと思って孤児院から出てきたときだった。
「よう」
かけられた声の方を見ると、何故か私服のクリストフ様がいた。嬉しい反面、フェーベ様の話を聞いたことやレナーテ様のことがあって、なんとなく顔を合わせづらくて、思わず顔を俯ける。
「……こんにちは。これから孤児院へ行かれるのですか?」
「いや。今日はお前に話があってな……。と、大丈夫か?」
俯いた私の顔をクリストフ様は覗き込んでくる。私は顔を背けて「大丈夫です」と答えた。すると、重い溜息が頭上から聞こえてきた。
「大丈夫じゃないだろう。わかった。屋敷まで送っていく」
「……いえ、大丈夫ですから。話はまた今度では駄目ですか?」
「ああ、いや……」
クリストフ様は視線をうろつかせて歯切れが悪い。
「……どうしたのですか?」
「……エリーアスからお前の様子がおかしい、何か知らないかと聞かれたんだ」
「そうですか……それで、お兄様にお願いされたのですね。聞き出してこいと。身分の上でクリストフ様が断れないとわかっていて……」
やり場のない気持ちは、私の中で燻っていたのかもしれない。ちょっとしたことでも怒りは再燃してしまう。それが怒りの矛先が違うとわかっていても──。
お兄様が悪いんじゃない。お兄様はただ私を心配してくれただけだ。そんなことはわかっている。だけど、関係のないクリストフ様を巻き込んだことに意味もなく腹が立つ。
──違う。そもそもの発端は私が生まれてしまったことだというのに。
「本当に、申し訳ありません」
巻き込んでしまったことなのか、クリストフ様の人生を変えてしまったことに対することなのか、最早何に対しての謝罪なのかもわからない。生まれたばかりの恋心を凌駕するほどの罪悪感に苛まれる。
俯いた私の頭に、温かいものが乗せられた。きっとクリストフ様の手なのだろう。ゆっくりと動かされる手は、私を慰めるように優しかった。
「いや、別にエリーアスに無理強いされたわけじゃなくてな。俺もお前を焚きつけたから、責任を感じて──」
「──責任なんて感じなくていいです」
思わずきつい口調になってしまった。クリストフ様はもう十分私に良くしてくれた。これ以上振り回したくない。
だけど、その気持ちさえ、クリストフ様のためじゃなくて、自分がこれ以上クリストフ様に嫌われたくないという思いからくるもののような気がして、そんな自分が嫌いになる。
いたたまれなかった。今の私は見える全てが否定的になっている。信じていたものがまやかしに見えて、お兄様が心配してくれることすら裏があるのではないかと。
「申し訳ありません……。やっぱりお話はまた今度にしていただけませんか?」
俯いたまま、クリストフ様の手から逃げるように体を捩らせる。クリストフ様の優しい手が、体温が、私の気持ちを弱くさせる。甘えてしまえ、縋ってしまえと。だけど、それでは駄目だ。早く一人にならなければ。そうすれば気持ちを立て直せるはずだと、爪が食い込むほどに強く拳を握りしめた。
「駄目だ」
固い声が降ってきて、私は動きを止めた。怒らせたのかもしれないと思うと怖くなった。怒らせるような態度をとっているのは自分のくせに。だから私は嫌われるのだ。そう思うと胸が引き絞られるように痛んだ。
「……そうやって一人で抱え込まれる方が、エリーアス──いや、俺もだが心配するんだよ。お前らしくないだろう」
──お前らしい?
クリストフ様が、お兄様が、私の何を知っているというの?
私ですら私のことなんてわからないのに──!
「──わかったようなことを言わないで!」
顔を上げるとクリストフ様の顔をキッと睨みつけて叫ぶ。クリストフ様は驚いた顔をしているけれど、私の怒りは収まらなかった。
「これを言ったら壊れてしまうのがわかっていて言えるわけないじゃないですか! 私らしいって何ですか? 前みたいに考えなしに発言して相手を怒らせて……嫌われるのが私らしいってことなんですか? 嫌われたくないと思うことは悪いことなんですか……?」
ボロボロと涙が溢れてきた。意地で堪えていたのに悔しい。悔し紛れに服の袖で思い切り涙を拭ってやった。泣いて同情を引くようなことはしたくない。これはあくまでも邪魔だから拭っただけ。だから、拭った後もクリストフ様を睨みつけていた。
しばらく呆気にとられていたクリストフ様は、はっとしたように眉を寄せた。
「悪かった。俺がお前に自分で考えろって言ったんだよな。なのに、自分で考えたお前をまた責めるようなことを……」
「クリストフ様は悪くありません! 私が……全て悪いんです」
事情は話せなくても、これだけははっきりと言える。心配してくれたお兄様やクリストフ様に八つ当たりをしてしまった。そう、これはただの八つ当たりで、癇癪だ。
「……ただ、まだ、話せないんです。お母様と話して、確かめたいことがあるんです。その後に──聞いてもらってもいいですか? 巻き込んでしまって申し訳ありませんが……」
クリストフ様はどこかバツが悪そうに頭を掻く。
「いや、俺こそ悪かった。俺がお前に変わることを強要したせいでお前が追い込まれたんなら、最後まで見届けるのが筋だろうと思ってな」
「……責任なんて感じる必要はないんですよ。遅かれ早かれこうなっていたのですから……それとも同情ですか?」
今のクリストフ様を見る限り、どちらもあり得る。前はわからなかったクリストフ様の表情や気持ちがわかるようになったのは、きっと私が知りたいと思うようになったから。それだけ私にとってクリストフ様は特別だということだ。
クリストフ様の答えを予想しながら待つ。クリストフ様は考えるように宙を見て頷いた。それにちょっとガッカリしてしまった。だけど、続いた言葉は予想外だった。
「確かに責任と同情はある、だろうな。だけど、それだけじゃないのも本当だ。初めは嫌々結婚したが、それも一つの縁だろう? その縁を大切にしたいと思うのはおかしいか?」
「え、どうして……」
怒らせるばかりだったのに、その縁を大切にしたいとクリストフ様は言う。その気持ちは私にはわからなくて、思わず問い返すと、クリストフ様は寂しそうに笑った。
「……俺は母親を覚えていないし、父も幼い頃に亡くしたからか、家族に憧れがあったからだろうな……」
クリストフ様は愛情深い人なのだろう。だからこそ、こうして私の心配もしてくれる。
もし、レナーテ様がクリストフ様の父親と結ばれていたら、二人の間に生まれたかもしれない弟妹を可愛がっただろう。そして、そこに私はいなかった──。
自分が奪ってしまったかもしれないクリストフ様の幸せ。だとしたら、私にできることはクリストフ様を幸せにすることなのだろうか。そんなことを考えて、疑問が私の口をついて出た。
「……クリストフ様の幸せって何ですか?」
読んでいただき、ありがとうございました。




