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話したいけど話せない秘密

よろしくお願いします。

 手記を読み終えた後、しばらく私は呆然としていた。父親どころか、母親にすら望まれなかった子ども。そうなった原因はお母様だった。


 レナーテ様は書きながら感情が昂ったのだろう。ところどころ文字が滲んでいたのは、書きながら涙を流していたのかもしれない。


 私の出生の秘密はこれで全てわかった。今、私の頭の中ではお母様の『あなたは難しいことは考えなくてもいいの』という言葉がぐるぐると駆け巡っていた。


 お母様の言う通りかもしれない。知ろうとしなければ、考えなければ、私は自分の存在価値に疑問を持たず、幸せに暮らせていただろう。知ってしまった今、私は生きていてもいいのだろうか。


 現実味がないせいかもしれないけれど、涙は一向に出てこない。希望に満ち溢れていた心も、色褪せてただただ虚しさだけが支配していた。


 私の勘違いだ。そう確認したくて、何度も何度も読み返した。だけど、内容は変わらず、書いてある内容を更に刷り込むだけでしかない。


 そうして数えることもやめ、また手記を読み返していてふと気づいた。騎士の息子のクリストフ。これはきっとあのクリストフ様のこと。

 だけど、何故私とクリストフ様を結婚させたのか。それはこの手記からは見えてこない。


 ようやく頭が働き出したようで、疑問が湧いてきた。


 それに、レナーテ様が『襲われた』結果、私が生まれたとあるけれど、それがどういうことなのかがはっきりとわからないのだ。私はどうやったら子どもができるかを知らない。


 まだ全てはわかっていない。絶望するには早いのだ。


 働き始めた頭で、この手記は人には見せない方がいいと判断して、お兄様からもらった黒板たちと一緒にクローゼットの奥にわからないように隠した。


 お兄様に話すか悩んだけれど、話さないことにした。お兄様が私を見る目が変わるのではないかと怖かったから。それにお母様自身の気持ちもまだわかっていない。


 お母様はどういうつもりでレナーテ様をそんな目に遭わせたのか。そして、レナーテ様が亡くなった後にどうして私を引き取ったのか。


 近いうちにお母様に話を聞きたい、そう思った。


 ◇


 落ち込んでいても朝が来る。昨日衝撃的なことがあって眠れず、元気がない私をお兄様は心配してくれたけれど、本当のことはまだ言えないので、曖昧に笑って誤魔化した。


 今日も孤児院の手伝いに行くのだ。気分が塞ぎそうなときはやることがある方がありがたい。例え逃避だとしても、没頭していたら一時的にでも忘れることができるから。


「……お嬢様、着きましたよ?」


 護衛の声にはっと気づくと馬車は目的地に着いていた。慌てて降りて孤児院へと歩みを進める。だけど、自分の体じゃないみたいに体が重くて中々進まない。


「顔色が悪いですが、大丈夫ですか? もう帰った方が……」


 見兼ねた護衛が心配そうに声を掛けてくれる。心が弱っているときはその優しさが染みる。私は笑顔で首を振った。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「いえ、ですが」

「ううん。本当に大丈夫。それに今は動いていた方が気が楽だから。行きましょう」


 まだ何か言いたげだったけど、孤児院への道を歩き続ける私の後を護衛の彼は黙って着いてくる。それがすごくありがたかった。


 ◇


「おはようございます」

「あら、おはようございます……。ロスヴィータさん、顔色が優れないようですが、大丈夫なのですか? 無理はしなくても……」


 孤児院の外で掃き掃除をしていたフェーベ様に挨拶をすると、護衛の彼同様に心配されてしまった。そんなに顔色が悪いのだろうか。だとしたら、顔色が良く見える化粧をするべきだったかもしれない。苦笑しながら首を左右に振った。


「いえ。体調が悪いわけではないのでお気になさらないでください」

「ですが……」


 フェーベ様は眉を寄せて私を見ていた。少しして、小さな声でもしかして、と続けた。


「……何か心配事でもあるのですか?」


 どくりと私の鼓動が跳ねた。ただ、これだけのやり取りでフェーベ様は何かに気づいたのかと嫌な汗が流れた。悪いことをしているわけではないのだけど、誰にも言えない秘密を抱えるというのはどうしても後ろ暗く思える。


 笑い飛ばそうと思っていたけれど、私の顔は強張って笑えなかった。その表情を見たフェーベ様は、まるで自分が傷ついたかのような表情を浮かべた。


「わたくしでよければ、お話をお聞きしますけれど……」

「いえ、そんな……」


 話したいけれど、話してはいけない。レナーテ様が手記に書いていたように、話せないけれど誰かに知って欲しいという言葉の意味を痛感した。何度か口を開いては閉じるを繰り返していると、フェーベ様は私を安心させるように微笑を浮かべた。


「こちらの孤児院は教会の系列なのですが、教会では告解を行っております。もちろん聞いたことは誰にもお話しいたしません」


 しばらく俯いて考えた後、頭を上げてフェーベ様と視線を合わせた。


「……お手伝いが終わった後、お時間をいただけますか? 今はうまく話せる自信がなくて……考えをまとめてからお話ししたいと思います」

「ええ。ですが、あまり考え過ぎないでくださいね。体調が悪いとどうしても考え方が悲観的になりがちになりますから。一緒に考えを整理するのもいいかもしれませんよ」

「……ありがとうございます」


 まだ気持ちは沈んでいるものの、心配してくれたり親身になってくれる人たちのおかげで、そこまで悲観してはいない、と思う。


 フェーベ様と約束を取り付けた後、私は考え過ぎないように、いつものようにコリンナさんに指導してもらいながらひたすら動き続けたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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