表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/64

『母』

よろしくお願いします。

「その方の名前などは……」

「申し訳ありません。そこまでは……」

「そうですか……」


 わかると期待していた分、がっくりとわかりやすく肩が落ちた。やっぱりお母様に直接聞いた方がいいのだろうか。だけど、ここまで隠してきたお母様が答えてくれるとは思えない。それならせめて、もっとレナーテ様のことが知りたい。


「あの……私はそんなにレナーテ様に似ていますか?」


 この問いに女性は満面の笑みを浮かべた。


「ええ。本当にそっくりであの頃を思い出します──あ、そうだわ!」


 女性は何かを思い出したかのように、急に立ち上がると、奥の部屋へと向かった。ややして、帰ってきた女性の手には額縁があった。


「ご実家も無くなって、レナーテ様が亡くなったときに、形見分けでいただいたものなんです」


 渡されたのは、レナーテ様の肖像画。それを見て私は息をのんだ。金色の髪に緑の瞳、それだけだったらよくある色だと流すことができた。だけどこれは──。


「……私の自画像、そのものです」


 クリストフ様と結婚する前に、自画像を描いてもらったことがある。その時に、お母様にドレスや髪型について指示をされて、その通りにした。髪は束ねてシニヨンにして、少し時代遅れに見えるデザインらしい若草色の袖を絞ったドレスを纏い、斜めに座って目線だけ絵師に向けていたのだけど、まさにこの肖像画の構図だ。


 ──お母様はわかっていてやっていたの? そういえばあの時……


 お母様は言ったのだ。『これでいいわ』と。私はただ、お母様が肖像画の出来に満足しているから言っただけだと思っていたけれど、これを見るとそれだけではないような気がする。お母様は、私をよりレナーテ様に近づけようとしていたのだろうか。だけど、何故……。


 肖像画を持つ手が下がる。すると、その時微かに何かが擦れる音がした。女性は何も持っていないし、護衛は微動だにせず立っている。だとすると私が持っている肖像画しかない。気づいた私は両手で軽く絵を振ってみた。


 カサリ。


 今度ははっきりと聞こえた。肖像画を上下左右にひっくり返してみたけれど、特に何もない。きっと中だ。


「あの、すみません。額を外してもいいですか? 中に何かあるみたいなんです」

「え? ええ、構いませんが……」


 戸惑ったような女性の返事に頓着することなく、私は覚束ない手つきで額を外した。すると、絵と背面の板の間からするっと紙の束が滑って落ちて、バサリと大きな音を立てた。


「すみません!」


 慌てて拾い上げると、紙には文字がびっしりと埋まっていた。紙自体はところどころ変色しているし、ところどころ文字が掠れていて、それらが古いものだとわかる。


「全然気づきませんでした。そんなものが挟まっていたのですね」


 女性が感心するように私の手元にある紙を覗き込む。


「あら……これ、レナーテ様の筆跡に似ているような……」

「え?」

「いえ、わたしはレナーテ様のご実家に長年お仕えしておりましたし、レナーテ様の手紙の添削もしたことがありますので、レナーテ様の筆跡はわかります」

「そうですか……あの、これお借りすることはできませんか?」


 ただの走り書きかもしれない。だけど、それだけでもいいから私はレナーテ様という人に触れてみたかった。私の産みの母だというレナーテ様に。


 必死になるばかりに自分の顔が強張っているのがわかる。女性は笑顔で承諾してくれた。


「いえ、お持ちください。お返しいただかなくても大丈夫です。それを見つけたのはあなたですから」

「ありがとうございます」


 いいのだろうか、と思いつつもありがたくその言葉に甘えさせてもらうことにした。


 ◇


「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました。レナーテ様のことを覚えていてくださる方が増えて嬉しく思います」


 私のお礼に、女性は目を細めて笑った。その笑顔がどこか悲しそうで切なそうで、私は尋ねた。


「どうしてですか?」


 言った後にこれではわかりづらかったと後悔した。どうしてそこまでレナーテ様に肩入れするのかが不思議だったと言いたかったのだけど。案の定女性も逡巡していたようだった。


「そうですね……。レナーテ様が亡くなったときには既にご家族もいらっしゃらなくて、その死を悼んでくださる方はマルガレーテ様しかいなかったんです。例えレナーテ様がこの世界にいなかったとしても、誰かの記憶に存在する限り、レナーテ様は生き続けることができる、わたしはそう思っています。それに、こんなことをわたしが言うのはおこがましいことですが、レナーテ様のご実家で二十年ほど働いておりましたので、レナーテ様のことは家族同然に思えてしまって……」

「そうなんですね……」


 女性にとってレナーテ様が特別だったことがわかる。そうでなければ亡くなって十年以上経つのに、私を見てすぐに『レナーテ様』と間違えることなんてなかっただろう。なんだか心が温かくなってまたお礼を言った。


「ありがとうございます。レナーテ様を──いえ、母を覚えていてくださって。母は幸せです」


 未だにレナーテ様を『母』と思えないけれど、女性にはこう言う方がいいような気がした。レナーテ様は亡くなった後も孤独ではない、そう教えてあげたかった。


 女性は顔を歪ませると、目を赤くした。


「……っ、いえ、わたしこそ……。こうして訪ねてきてくださってありがとうございます。レナーテ様の思い出を話せるのが嬉しくて……」

「……また、訪ねてもいいですか? 母の昔の話などを聞かせていただけると嬉しいです」

「ええ……っ」


 笑い泣きで女性は何度も頷いてくれた。つられて泣きそうなのを我慢して、私は「それではまた」と言って女性と別れ、屋敷へと帰った。


 ◇


 屋敷に戻ってくると、一人で部屋に篭った。早くレナーテ様の自筆の文章を読みたかったのだ。


 期待はそれほどしていなかった。真実がわからなくてもいい。ただ、レナーテ様がどんな方だったか知ることができれば、と。


 だけど、読み進めていくと目が離せなくなった。そこには期待をしていなかった真実が書かれていたから。私は息を呑んで読み続け──残酷な真実に打ちのめされたのだった。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ