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レナーテ様の話

よろしくお願いします。

 その後、店先で長話をするわけにはいかず、女性と店を離れた。どこかゆっくり話せる場所で話したいと言うと、女性はしばらく悩む様子を見せた後、自分の家へと案内してくれた。


 初対面に近いにもかかわらず、他人を招いても大丈夫なのかと問うと、私の護衛の持ち物に男爵家の家紋が付いていることや、レナーテ様にそっくりな私の容姿、身なりからして裕福な私が女性を騙す必要を感じないから、と答えてくれた。


「それに、レナーテ様のことをお聞きになりたいのでしょう? でしたら人に聞かれてはよくないと思いまして」


 手早くお茶を入れた女性は、私の向かいに座った。護衛にはあまり話を聞かれたくないので、私が見える少し離れた位置に待機してもらっている。


「お気遣いありがとうございます。申し遅れました。私はロスヴィータ。フリューア男爵家の者でした」

「でした?」


 女性は不思議そうに首を傾げた。まあ、それはそうだろう。だけど、籍を抜けたのに、男爵家を名乗るのは気が引けた。


「はい。平民の方と結婚して籍を抜けたので、今は苗字がありません。それに、私の産みの母はレナーテ様ですが、父はフリューア男爵ではないそうです。レナーテ様の遠い親戚であるフリューア男爵夫人の好意で引き取られたと聞いています」

「フリューア男爵夫人……もしかしてマルガレーテ様ですか?」

「そうですが、母をご存知なんですか?」

「ええ。わたしはレナーテ様のご実家で働かせていただいておりました。その縁で、レナーテ様と姉妹のように仲が良かったマルガレーテ様にも大変お世話になりましたので」


 女性はほうっとため息をつく。


「そうですか、マルガレーテ様が……。あんなことがあっても、やっぱりお二人の仲は変わらなかったのですね。安心しました」

「あんなこと……?」


 女性の言葉が引っかかった。仲が良かったというのは、レナーテ様が亡くなっているから過去形になっているのかと思っていた。だけど、この言い方だとレナーテ様の生前に、二人の間に何かがあって仲が壊れていたように聞こえる。怪訝に問うと、女性は沈痛な声で言った。


「……誰が悪い、という問題ではなかったんだと思います。いろいろな(しがらみ)がお二人を隔ててしまった──」


 そうして語ってくれたのは、貴族社会に疎い私には理解が難しい話だった。


 そもそもお母様の実家は領地があり、それなりに歴史がある男爵家で、レナーテ様の実家は一代限りの領地がない準男爵家。


 レナーテ様の実家は当主であるお父様の収入だけで成り立っていた。だけど、爵位の維持にもお金がかかる。それに、お父様はレナーテ様に何不自由ない暮らしをさせたかったようで、教育や衣装代や装飾品代も必要で、生活はギリギリ。そのため、お母様の実家に借金の申込みをしていたそうだ。ちなみにレナーテ様のお母様はそんな生活に嫌気がさして家を出て行ったらしい。


 そうして父親同士が交流するようになり、レナーテ様のお父様がレナーテ様を連れてお母様の実家を訪れるようになると、娘同士が仲良くなった。マルガレーテ──お母様が姉で、レナーテ様が妹。顔立ちはそれほど似ていないものの、色彩が似ていることもあって、周囲からはそう認識されていた。


 そんな感じで仲の良かった二人の間に亀裂を生む出来事が起きた。お母様の婚約が決まりそうになったときに、その相手がレナーテ様を選んだのだ。


 お母様の婚約者になるはずだったのは、幼なじみで領地も隣り合っていた子爵家の長男。レナーテ様はお母様と領地で遊んでいたときにたまたま知り合ったらしい。お母様がそちらに嫁ぐことで土地開発などの共同事業を起こし、そのために領地を行き来する際の関税を撤廃する、というような約束が子爵家との間になされていた。


 お母様は物心ついた頃から、その相手と婚約すると言い聞かせられていたし、お互いの相性も悪くなかった。それなのに、後から出てきたレナーテ様を選んだことで、当時はかなり問題になったそうだ。


 それならばレナーテ様を男爵家の養女に迎えてそこから嫁がせることで約束を守れるだろうといった意見も出た。だけど、そうはならなかった。というのも、お母様と比べてレナーテ様には子爵夫人になれるだけの教養が無かったから。それも当然だ。お母様は幼い頃からそのつもりで教育を受けてきたし、レナーテ様のご実家はあまり裕福ではなく、レナーテ様は必要最低限の教育しか受けていなかった。


 更には、お母様を子爵夫人に据えた上で、レナーテ様を愛人にすればいいといった意見も出てきたそうだ。レナーテ様が寵愛を受けて生まれた子どもを、お飾りの妻であるお母様に育てさせればいいなんて、二人を侮辱している。


 お母様は断った。その結果、レナーテ様はご自分のお父様に言われて前向きに婚約を考えるために、その子爵家に通って夫人から教育を受けることになったそうだ。きっと適性を見るためだったのだろう。


 だけど、そこでの扱いはレナーテ様には辛いものだったようだ。何をしてもお母様と比べられて駄目だししかされないし、他人の男を横取りする魔性の女と言われ、嫌がらせを受けていた。自分が望んだことではないのに、と一人でこっそり泣いていたそうだ。


 そうしてレナーテ様が疲弊していく中で、お母様の縁談がまとまった。それがフリューア男爵とのものだった。幸せへ向かっていくお母様とは反対に、レナーテ様には更に辛いことが起きた。お父様が亡くなったのだ。


 元々一代限りの準男爵だったお父様が亡くなったことで、レナーテ様の身分は不確かなものになった。こうして子爵家へ嫁ぐという道は完全に断たれた。だからお母様はレナーテ様を自分の侍女にしてフリューア男爵家へ嫁いだ、ということらしい。


 だけど、それなら私の父親は結局誰なのか?

 その疑問は残った。


「それでは、私の父親はその子爵家の方なのですか?」


 女性は逡巡した後、首を緩く振った。


「多分、違います。レナーテ様が亡くなる二、三年前だったと思いますが、偶然お会いしたことがあるんです。そのときに結婚を考えている方がいると教えていただいたのですが、確かその方は平民だったとお聞きしましたので」

読んでいただき、ありがとうございました。

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