執念の待ち伏せ
よろしくお願いします。
乗り合い馬車を降りると、まだそんなに時間は経っていないというのに、懐かしい光景が広がっていた。以前クリストフ様と二人で来た活気のある通りは、貴族街とは違って雑多な喧騒に塗れている。上品ではないかもしれないけれど、私にはこちらの方が落ち着く。
あの女性と会ったあたりを回るといっても、必ずしも会える保証はない。こんなことなら名前やこの辺りに住んでいるのかを聞いておけばよかった。そんなことを考えながら歩き、八百屋に着いた。
「いらっしゃい!」
私に気づいた男性店主が、威勢のいい掛け声で迎えてくれた。その勢いに押されながらも頭を下げる。
「申し訳ありません。私は客ではなくて……。人を探しているんです。もしかしたらご存じではないかと思いまして……」
店主の表情は途端に歪んだ。
「ちっ、なんだよ。冷やかしか。こちとら忙しいんだよ。邪魔するんなら帰ってくれ」
「えっ、あの……」
「はいはい、いらっしゃい! 何にしますか?」
店主は私を押しやると、満面の笑顔で私の後ろにいた女性に声をかける。そうして二人の会話が始まったので、私は店先から離れた。
「……やっぱりうまくいかないものね」
初めの会話で間違えたことには気づいたけれど、そうなることが私には経験がなさすぎて予想できなかったし、どうやって挽回すればいいのかわからなかった。これがクリストフ様だったら、きっとうまく会話を繋げただろう。やっぱり一緒に来てもらえばよかった……なんて、考えちゃ駄目。自分のことなのに人任せは駄目。頭を軽く振ると、視線を巡らせた。
教えてもらえないなら、自分で探せばいい。通りを行き交う人たちを見る。そうしてどのくらいそこにいただろうか。いつの間にか日が真上に来ていて、自分の影が短くなっていることに気づいた。
動かずに立ちっぱなしだった足は、動こうと思っても固まって言うことを聞かない。この調子で本当に見つかるのだろうか。肩を落としていると、不意に声をかけられた。
「……そこにいられちゃ営業妨害だ」
「あ、申し訳ありません」
顔を上げると、あの男性店主だった。不機嫌そうにこちらを見下ろしていて、慌ててそこから移動しようとしたけれど、まだ足が強張って動かない。更に怒らせるような気がして思わず首を竦めた。
すると、男性はため息をついて顎をしゃくる。
「……そこだと暑いだろう。話を聞くからこっちへ来い」
「あ、ありがとうございます!」
何度か足踏みして店主の後をついていき、店先にある椅子に座らせてもらった。
「それで? 誰を探しているんだ?」
「はい。名前はわからないのですが……」
覚えている限りの容姿や年齢などの特徴を話すと、店主は考えるように手を顎に当てた。
「そうだな……。はっきり本人かはわからないが、心当たりはある。大体三日に一回くらいの頻度で店に来るな。今日の夕方あたり来るかもしれん」
「今日……!」
声が弾む。会える保証なんてなかったから、期待していなかった。その分嬉しさも一入だ。だけど、と店主におずおずと告げる。
「あの……邪魔はしないので、近くにいてもいいでしょうか?」
店主は面倒臭そうに手を振った。
「ああ、好きにしろ。追い払ったところでまた近くで待つんだろうが」
「ありがとうございます!」
こうしてお許しをもらった私は、店主の好意で店先にいさせてもらうことになった。ただ、いさせてもらうだけでは申し訳ないので、店主に倣って「いらっしゃい」と声をかけさせてもらうことにした。
◇
「いらっしゃい!」
私がそう声をかけると、何故か人が集まってきた。というのも、この店は常連さんで成り立っているらしく、見覚えのない私が店先にいることが不思議で、立ち話ついでに常連さんが寄ってくれるのだ。そうして店主と話をするうちに、今日は寄るはずじゃなかった常連さんがついでに買い物を、となるのだと、最初は不機嫌だった店主がホクホク顔で教えてくれた。そんなこんなで成り行きでお店を手伝うことになった。ただし、私は計算ができないので、呼び込みと商品を渡すことしかできないのだけれど。
護衛は、というと、用心棒のように近くに立っている。それもまたこの辺りでは物珍しいようで目立っていた。
忙しくしていると時間が経つのが早い。日が少しずつ傾いて影がかなり伸びた頃、ようやくその人が訪れた。
「いらっしゃい」
「レ、ナーテ、様……? いえ、ロスヴィータさん、でしたか? どうしてここに? 何をしていらっしゃるんです?」
彼女は目を見開いた後、状況が理解できないようでキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「あなたに会いたかったんです」
「え、わたしに?」
更に困ったように女性は眉を下げる。私は力強く頷いた。
「はい。レナーテ様の──いえ、私の生みの母の話を聞きにきました」
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