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気づき始めた恋心

よろしくお願いします。

 あちらから見えないように柱の影に隠れると、声が聞こえてきた。最近は屋敷を自由に歩けるから、今みたいに屋敷の中で立ち話をしているところに遭遇するようになり、お兄様に立ち聞きはよくないと注意をされていた。それでもここから立ち去る気にはなれない。直前に見た二人の抱き合う姿が脳裏に焼き付いていたから。


 クリストフ様が優しいのはわかっていた。それでも、こうして実際にコリンナさんに優しくしているところを見るまでは、自分だけは特別だと思い上がっていたのかもしれない。だから今、こんなにも胸が苦しいのだろうか──。


「……私、あの人のこと、嫌いなのよ。汚いことなんて知りません、幸せいっぱいです、みたいな顔してて。僻みだってわかってる。だけど、私は今日を生き抜くことで精一杯だったから、綺麗に着飾ることもできなかったのに」

「まあ、ロスヴィータはなあ……。俺も初めは嫌いだった」


 私の名前が出たことや、はっきりと嫌いだと言われたことで、冷水を浴びせられたように体が震え出す。盗み聞きした罰だろうか。離れないとと思っても、足がその場に縫い止められたように動かない。


「だけどな、あいつ、すごいんだ」


 続いたクリストフ様の言葉に私は目をみはった。


「最初は自分で考えないし、動かないし、話していてもイライラするばかりだった。それも育ちのせいだったのが今ならわかるんだが。

 俺はずっとあいつに一方的に要求するばかりだった。いつの間にか俺はあいつが俺に従うのが当然だと思ってたんだな。それが傲慢だと気づかなかったのは、あいつが一生懸命俺についてこようとしたからなんだって、離れて気づいた。離れてもまだ俺を信じてくれて、こうして俺が紹介した場所でも頑張ってる。あいつはもう男爵家に帰ったから、こんなことをしなくてもいいはずなんだ。あいつの母親だってしなくていいと言っているんだし」

「だからって……」


 コリンナさんは言い募ろうとしたけれど、クリストフ様はその先の言葉をわかっているのか、遮って続けた。


「お前があいつを嫌うのはお前の勝手だから、好きにすれば良い。だが、俺はやっぱりあいつを応援してやりたいんだ。それが俺にできるあいつへの償いだから」

「償いって、どうして……」

「あいつの人生を変えてしまったのは俺でもあるんだ。あいつが以前の性格のまま離縁していたら、あいつはここにいなかっただろうし、再婚してもっといい暮らしをしていたのかもしれない。俺がその可能性を奪ったことには変わらないだろう?」


 ──違うのに。


 私は可能性を奪われたなんて思ったことなんてない。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもないことだ。


 私はあのままだと、貴族だけでなく平民の男性にさえ嫁ぐことなんて出来なかっただろうし、女の身一つで平民として生きていくことだってできなかった。どうやって生きていけばいいのかわからなかった私に、お兄様やクリストフ様は生きる道を示してくれたのだ。


 そのことを飛び出していって伝えたかった。だけど、今は駄目だ。これは私が聞いていい言葉じゃない。クリストフ様が、コリンナさんに言った言葉だから。


 コリンナさんはしばらく黙った後、クリストフ様に尋ねた。


「……じゃあ、もうあの人と再婚はしないの?」

「どうだろうな……。男爵夫人は許さないだろう」

「許す許さないじゃなくて、クリストフはどうしたいかって聞いてるの! あの人を恋愛対象として好きなの……?」


 問いかけるコリンナさんの声は震えていた。


「俺にとってあいつは──この孤児院の仲間たちと同じように大切な存在だとは思っている」


 じわじわと胸の中が温かいもので満たされて、涙が込み上げてくる。嬉しくても胸が苦しくなるなんて知らなかった。


「じゃあ、私は……? 私は前にも言ったけど、クリストフが好きなの。あの人をそういう意味で好きじゃないのなら、お願いだから私を見てよ……!」


 コリンナさんの悲痛な声が響き渡る。好き、がすごく悲しく苦しく響いた。先程とは違う意味で胸が苦しくなった。


「……悪いな。お前のことは大切なんだ。ここで一緒に生き抜いてきた大切な仲間だ。だが……俺はやっぱりお前を妹のようにしか思えないんだ……」

「……なんで、なんでよ……! 少しくらいそういう目で見てくれたっていいじゃない……!」


 コリンナさんは泣き崩れてしまった。


 やっぱり聞いてはいけなかったと思う。これはコリンナさんとクリストフ様の問題だ。無関係な私が聞いてしまったことに罪悪感を覚えた。だけど、その一方で、コリンナさんにクリストフ様を奪われたくないと思ってしまった。子どもの独占欲なのだろうか。


 ふと、クリストフ様と過ごした日々を思い出す。慣れないことの連続だったけど、楽しかった。


 だからこそ、現実との落差にがっかりする。私はその幸せな日々を自分の手で壊したのだ。


 クリストフ様と結婚できたことは奇跡だったのかもしれない。それを感謝することなく当たり前のように受け止めて、こうして離れたことで、失ったものがいかに貴重で大切なものだったかに気づいた。


 様々な自己嫌悪に襲われながら、私はその場から離れた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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