コリンナの気持ち
よろしくお願いします。
「コリンナさん、申し訳ありませんでした!」
勢いよく頭を下げる。この一週間、私は怒られるから謝るようになっていた。本当に心から反省しているようには見えなかったかもしれない。そのことに対しても申し訳ないと思っている。
晴れ晴れとした気分で顔を上げると、困惑したようなコリンナさんと目が合った。するとコリンナさんは目を逸らす。
「……謝ればいいってものじゃないわ。あなたが何かをしようとすれば他の人の仕事が増えるんだから、もう余計なことはしないで」
はっきり邪魔だと言われているようで、言葉がぐさぐさと胸に刺さる。だけど、私にだって引けない理由がある。それに、クリストフ様は言ってくれた。
「すぐにできないとおかしいのですか?」
「は?」
「私は、これまで働いたことがないので、誰がどのくらいで何ができるようになるのかわかりません。それにできるというのはどれくらいできればできると言っていいのかも。その基準を教えていただければ、その基準になれるように頑張ります。ですから、私にも手伝わせていただけないでしょうか。お願いします……!」
深々と頭を下げると、コリンナさんは黙り込んでしまった。偉そうなことを、と思われたのかもしれない。否定されても頷いてもらえるまで頭を下げ続けるつもりだった。
「コリンナ、もういいんじゃないの?」
静寂を破ったのはコリンナさんではなかった。穏やかな声に顔を上げると、中年女性がコリンナさんの後ろからこちらへやって来るのが見えた。
「カルラさん! ……聞いていたの?」
コリンナさんは気まずそうに首をすくめた。
「まあね。喧嘩になるまでは口出ししないつもりだったんだけど。コリンナが私怨で彼女を虐めているようにしか見えなかったから止めた方がいいかと思ってね」
「なっ!」
コリンナさんは気色ばむ。今度は私が止めた方がいいのだろうかと口出ししようとして、カルラさんに手で制された。
「コリンナ、あんたがクリストフをずっと思ってきたことはあたしも知ってるよ。だからあんたはクリストフを横から掻っ攫ったロスヴィータさんを気に入らないんだ」
「違うわ! この人が私の邪魔ばかりするから……」
「あのねえ。ロスヴィータさんはコリンナの指示通りに動いていたでしょうよ。逆らうでもなく、怒られても素直に謝ってた。確かに上達はあまりしてないかもしれないけど。あんたは子どもたちができなくても、励ましたり見守ってただろう? どうしてロスヴィータさんにはそれができないんだい?」
コリンナさんは虚をつかれたのか息を呑んだ。だけど、すぐに気を取り直して私を指差して叫んだ。
「この人は大人じゃないの! 子どもと同じ扱いをしてどうするのよ!」
「じゃああんたはロスヴィータさんを大人扱いしたのかい?」
「……っ、そうよ! 社会に出ればこんなの当たり前でしょう? できなかったら弾かれるのよ!」
──できなかったら弾かれる。
思わず俯いた。男爵家の養女だと知らなかったときは、お兄様やお姉様のようにできなかったから、貴族社会から弾かれた。平民になったら平民としてできないからまた弾かれる。じゃあ私はどうすればいいのだろうか──。
カルラさんはため息をつくとコリンナさんの言葉を肯定した。
「そうだね。この社会は厳しいね。できたらすごいじゃなくて、できるのが当たり前。いつもそれ以上を求められるもんだ」
「ほら! カルラさんだってそう思って……」
コリンナさんはしたり顔でカルラさんの言葉に乗っかろうとした。だけど。
「この社会はそうだとしても、この孤児院はそうなのかい? 社会が厳しい分、できる、できないにかかわらず、みんなで助け合おうとするんじゃないのかい? 少なくとも、ここで育ったあんたはわかってるもんだと思ってたけどねえ。そんなあんたがロスヴィータさんをできないと決めつけて排除しようとするとは思わなかったよ」
「……」
コリンナさんは唇を噛み締めた。カルラさんは私を庇ってくれようとしたのだと思う。だけど、コリンナさんがそんな人だとは思えなかった。
「……コリンナさんは、私に教えてくれようとしたんだと思います。ただ従うだけでなく、相手の言葉に疑問を持てって。できないのなら、じゃあ、どこからできるになるのか、それを私は考えないといけなかったんです」
私の言葉に、カルラさんは眉を上げた。
「へえ、ロスヴィータさんはそう考えるんだね。それも間違ってないかもしれないね」
自分の考えを肯定されたような気がして頬を緩めると、コリンナさんが低い声で呟いた。
「……私を庇ったつもり?」
コリンナさんは顔を紅潮させて私を睨む。
「そうやって偽善を振り撒いてクリストフを籠絡したの? 綺麗事じゃお腹は膨れないのよ! 弱いと生きていけないの! だから私は必死でクリストフとここで生きてきたのに! それなのにどうしてあんたみたいな偽善者がクリストフに選ばれるの? どうして、どうしてよ……!」
コリンナさんは最後、涙声になっていた。その悲痛な声に、私は何も言えなくなった。
食べる物にも着る物にも不自由ない暮らし。生きていけるかどうかなんて、不安に思うこともなかった。私は男爵家でぬくぬくと暮らしてきたのだと痛感する。
コリンナさんはそのまま走って行ってしまった。カルラさんに「やめときな。今は逆効果だよ」と言われたけれど、私は追いかけることにした。どうすればいいかなんてわからない。ただ放っておけなかっただけだ。そして追いかけた先で、クリストフ様と抱き合うコリンナさんを見つけて足を止めたのだった。
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