「好きじゃない」「嫌いじゃない」からの
よろしくお願いします。
「クリストフ様の基準、ですか?」
「ああ。俺は自分のことは自分でするのが当たり前の世界で育ったから、何でもかんでも俺任せにしようとするお前に腹が立った。それで、お前にも俺の考えを押し付けてしまったんだが……。それがよかったのかわからなくなっている」
「え? それはよかったことだと思いますが」
首を傾げる私に、クリストフ様は苦笑する。
「……お前の世界には男爵夫人か、俺しか居なかっただろう。お前が男爵夫人に疑問を持った時点で、消去法で俺しか居なかった。だからお前は、俺の言っていることが正しいか、いいことなのかもわからないまま俺に従うしかなかっただけだ。俺がやったことは、お前を孤立させて洗脳してきた男爵夫人と何ら変わりはしない」
クリストフ様の言っていることは難しくて、すぐには理解出来なかった。そもそも、私があまりにも出来が悪い上に、人から嫌われていることに落ち込んでいるという話だったはずだ。それが、どうしてクリストフ様が謝ることになるのかがわからない。ただ、これだけは自信を持って言える。
「クリストフ様が謝る必要はありません」
クリストフ様は怪訝に私を見る。いつも自信を感じさせる目は戸惑うように揺れていた。
「だが……」
「道を示してくれたのはお母様やクリストフ様だったのかもしれません。ですが、選んだのは私です」
お母様の言う通りにしたのも、お母様の言う通りにクリストフ様と結婚し、クリストフ様に従ったのも私の意思。それが楽だからと自分で選んだのだ。
「……馬鹿だな」
クリストフ様はポツリと呟く。それが私に対するものなのか、自嘲するものなのかわからずに私は黙って聞いていた。クリストフ様は続ける。
「俺のせいだとお前が怒れば、俺も少しはお前への罪の意識から逃れられるんだが。ただの甘ったれだと思ったら変なところで真っ直ぐで、余計に罪悪感がなあ……。その上、謝罪を受け取らないからどうしていいのかがわからないんだが」
「それは私の方です。クリストフ様は立場上、私の嫁入りを拒めなかったし、離縁のときもこちらが勝手に進めてしまい、あなたの意思を無視したんです。謝るのは私の方だと思いますよ。それに、こうして紹介していただいた孤児院の仕事も何一つこなせてないし……クリストフ様に迷惑しかかけてなくて本当に申し訳ありません……」
離縁したら無関係になるはずなのに、こうして愚痴まで聞いてもらっている。私は本当に──。
「謝るな。こうしてお前と一緒にいるのは俺の意思だ。嫌だったら声もかけなかった……なあ、お前は後悔していないのか?」
「それは……ここに来たことをですか?」
「……いや、それもだが、俺と出会って結婚したことだ。そもそも俺と結婚しなければ、お前は貴族として何不自由なく生活できていたし、出生の秘密を知らなくてもよかっただろう?」
クリストフ様はじっと私を見ている。なんと言っていいのかわからないけれど、今のクリストフ様なら、私の言葉を曲解せずに受け止めてくれるような気がした。私は笑って首を左右に振った。
「後悔はしていません。クリストフ様と出会えたことで、私はいい方へ変わっていけると思っています。お母様と距離を置いたことで、お兄様とちゃんと話し合って仲良くなれましたし。何より、感情が揺れ動くのが幸せなんです。クリストフ様と結婚するまでは、悲しいことも怒ることも忘れていました。それが幸せだと思い込まないと、心に空いた穴を埋められないような気がして、自分の本心もわからなくなっていたんです。何不自由ない生活をしていたのに贅沢ですよね。気分を害されたら申し訳ありません」
「いや……お前が言いたいことは何となくわかるから。初めて会ったときは抜け殻みたいで気持ち悪かったが、今のお前は生身の人間なんだな。だからこそ悩むし、八つ当たりもする。俺は今のお前の方が好きだな」
「え?」
思いがけない言葉に目を丸くしてしまった。好きじゃない、嫌いじゃないときて、好き。じわじわと頬に熱が溜まるのを感じる。
「本当に……?」
確認すると、クリストフ様の顔はみるみるうちに赤くなった。
「前と比べてってことだぞ! 誤解するなよ!」
「ふふ。わかってますよ。でも嬉しいんです。家族以外には嫌われていると思っていたので」
子どもたちの怯えた様子を思い出して溜息が漏れた。コリンナさんが怒るのは理由がわかっているから納得できる。だけど、子どもたちは理由がわからない。
クリストフ様はどこか拍子抜けしたような様子で「……何だよ。慌てた俺が馬鹿みたいだろうが」とこぼす。クリストフ様を見て首を傾げると、クリストフ様は咳払いをして続けた。
「……あのな、子どもたちは嫌っているわけじゃない。ただ、警戒してるだけだ。ここに来る子どもたちにもそれぞれ事情があるんだよ。親に捨てられたり、暴力から逃げてきたり、大人に食い物にされたり……。あいつらが心を許すには時間がかかる。あいつらがお前を信用するまでは無理だろうな」
「信用……それはどうすればいいのですか?」
人との関係を築いてこなかった私には到底想像がつかない。他人に答えを求めるなと言われていたにもかかわらず、私はクリストフ様に尋ねてしまった。だけど、クリストフ様は怒るでもなく答えてくれた。
「わかりやすい方法なんてものはないな。はっきり言っておくが、お前みたいにお母様があの人は信用してもいいと言ったからとすぐに信じるのは俺からすると珍しい。みんな性格も違うし、育ってきた環境も違う。相手によって信用を得る方法は変わるものだ」
「……難しいのですね」
「ああ、そうだ。俺だって今もわからないままだ。その証拠にお前とはうまくいかなかっただろう? 関係が始まる前に終わらせてしまったからな」
クリストフ様の言葉に胸が痛んだ。終わってしまったのなら、どうして今でもこうして一緒に過ごしているのか、過ごしたいと思うのか──。
「……終わってません。まだ続いているんです」
何より私自身がクリストフ様との繋がりを断ちたくない。嫌われているのならクリストフ様を自由にしなければと思っていた。だけど、クリストフ様は言ってくれたのだ。今の私が好きだと。それならこれからもクリストフ様と一緒にいたい。わがままだと切って捨てられるかと不安になってクリストフ様の顔をうかがうと、クリストフ様は笑った。
「そうだな。形を変えてまだ続いている。お前が繋いだ縁だな。子どもたちやコリンナともこんな風に、少しずつお互いを理解して続けていけばいい。まだ始まったばかりなんだから」
「……はい!」
我ながら単純だと思う。クリストフ様の言葉でまた頑張ろうという気持ちになった。それに、私はコリンナさんに怒られるばかりだと落ち込んでいたけれど、そもそも私はコリンナさんが何故そうするのかを理解しようとしなかった。ちゃんと謝って、何が駄目だったのか、じゃあどうすればいいのか、それをちゃんとコリンナさんに聞いてみることから始めよう。クリストフ様と別れた私は、急いでコリンナさんの元へと急いだのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




