流されるままの結婚式
婚約期間を設けるといっても、その期間は結婚式の準備のために作ったのだとクリストフ様は話してくれた。お姉様の時と違って、あまり柵のない結婚だ。そのため、婚約期間は一般的に最低でも二週間は設けるらしいけれど、私たちの場合はたった一週間だった。何故そんなに結婚を急ぐのかは私にはわからない。尋ねたところでクリストフ様は「そういうものだ」としか言わないので、そういうものだと私も納得することにした。
ドレスや装飾品はお母様が手配してくれるということだし、招待客も、社交界にデビューしておらず、お茶会に呼ばれることもない私には呼ぶ相手がいない。後は結婚後に必要なものということだったけれど、平民の生活をしたことのない私には何が必要なのかがわからない。クリストフ様に聞いたら、「男と女では必要なものが違う。生活しながら自分で考えろ」と言われてしまった。考えてもわからないから聞いているのに。
ここにきて、クリストフ様はもしかしたら私との結婚が嫌なのかもしれないと思うようになった。お兄様やお姉様と同じようなことを言うし、話をしていても最後には大きなため息をついて「もういい」と切り上げてしまう。
お母様の言う通りにしてもうまくいかないのは、お姉様のように教養がないからだろうか。私と話しても楽しくないからクリストフ様は……。
だけどクリストフ様は結婚を取りやめようとは言わない。それなら、結婚してから仲良くなれればいい。そう思いながら結婚式を迎えた。
結婚式はクリストフ様の身分的に、それほど招待客は多くなかった。騎士団の同僚に上司、あとは友人といったところだ。クリストフ様に親類がいなかったことが大きかったと思う。
彼は両親もおらず、孤児院で育ったそうだ。貴族令嬢から人気が高いにもかかわらず結婚に結びつかなかったのは、平民というだけでなく孤児だったかららしい。クリストフ様があらかじめ贅沢はさせてやれないと言ったのは、身一つで頑張ってきたからなのだと最近になって知った。
クリストフ様はすごい。私は何もできないからいつも人任せだ。お姉様やお兄様と同じように、クリストフ様は優秀なのだろう。お母様がクリストフ様に任せればいいと言うのも頷ける。
お母様が選んでくれた、緻密なレースを敷き詰めた綺麗なウェディングドレスに身を包み、あらかじめ説明された式の流れにそって、誓いの言葉を口にするだけ。私にとっては結婚式もそのくらいの印象だった。隣に立つクリストフ様は白い礼服を纏っているのだけど、それがまた彼の容姿を引き立てていて、これだと確かに女性が放っておかないような気がした。だけど、私はそこまで興味を惹かれない。
それに、この結婚にどういう意味があるのかも、クリストフ様がどう思っているのかも、考えてもわからない。わからないなら流せばいいとお母様も言っていた。退屈を押し殺して式はようやく終わりを告げた。
◇
「お母様……」
式が終わればもうお母様とはお別れだ。永遠の別れではないのに、離れることが不安で仕方ない。教会の前に止まった移動用の馬車に乗り込む前に、足を止めて振り返るとお母様は微笑んでいた。その笑顔が私の背中を押してくれている気がして、目頭が熱くなった。
「……ロスヴィータ、行こう」
クリストフ様に肩を叩かれ、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込み、クリストフ様の向かいに座る。そして、馬車は見送る人たちを置いて、クリストフ様の家へと走り出した。
ガタガタと馬車は揺れる。それほどいい馬車ではないのだろう。王都の舗装された石畳の道でも、黙っていないと舌を噛みそうだ。だけど、それがちょうどよかった。式の初めから難しい顔をしたクリストフ様と二人っきりなのだ。間が持たない。話さなくてもいい状況を作ってくれた馬車には感謝する。だけど、それもしばらくすると終わってしまった。
「着きましたよ」
馬車が止まり、御者が扉を開くと、小ぢんまりとした木造の建物が見えた。先にクリストフ様が降りて、手を差し出してくれたので、掴まって降りる。
私たちが降りたのを確認すると、馬車は走り去った。
目の前に建っている家を上から下まで眺める。きっとここがクリストフ様の家なのだろう。わかっていても戸惑いが大きくて、足が動かない。クリストフ様は家へ向かって足を踏み出したけど、動かない私に気づき足を止めて振り返る。
「……ロスヴィータ?」
「本当に、ここがクリストフ様と私の家なのですか? 男爵邸の半分もないように見えるのですが……」
クリストフ様の顔が険しくなった。私は何か悪いことを言ったのだろうか。
「お貴族様と比べられても困るんだが。俺は言ったはずだ。平民だし、贅沢はさせてやれないと。気に入らないのなら実家へ帰ればいい」
……どうしよう。こんな時にどう答えればいいのか、私にはわからない。気に入らないわけじゃなくて、事実を確かめたかっただけだ。この大きさではメイドや侍女、執事などの使用人なんて入らない。──ああ、だから侍女やメイドはいないと言っていたのか。
私はこの時になって、初めて平民として暮らすことがどういうことなのかを知ったのだった。