子どものような癇癪
よろしくお願いします。
「子どものすることだ。許してやれよ」
許してやれ? そもそも怒ったわけじゃない。怒ったのではなく、悲しかっただけだ。
「……そうですね。大人気なくて申し訳ありません」
モヤモヤする感情を押し殺して、クリストフ様の手を振り払うと、足早に歩き出す。それなのにまたクリストフ様は、「待てって」と私の腕を掴もうとする。それがたまらなく嫌だった。
「やめてください……!」
きっとクリストフ様を睨むと、子どもたちはクリストフ様から離れて散り散りになった。クリストフ様は私の正面に回り込んで私の両手を掴んだ。
「だから待てって言ってるだろう。お前がそんな態度だと子どもたちが気にするんだよ。少しは考えろ」
──やっぱりわかってない!
悲しみに沈んでいた心は、いまや怒りにすり替わっていた。わかってもらえないもどかしさ、寂しさ。そして、クリストフ様がどんな気持ちでそんなことを言っているのかがわからない。クリストフ様の気持ちのように、目の前にいるクリストフ様の表情も視界が滲んでぼやけてわからなくなる。
「……そんな態度って、どんな態度ですか? 私が一言でも子どもたちに怒っていると言いましたか? 自分が嫌われていることなんてわかってます。嫌がられているのをわかっていて、それでも一緒にいなければならないのですか? 私はっ、嫌なことを子どもたちにさせたくはありません……!」
私といると相手を不快な気分にさせてしまう。クリストフ様だってそうだったはずだ。私の立場が相手を縛り付けてしまうのなら、私が解放するしかないのに。そうしようと思っても、わかってもらえない。一人で空回っているだけだ。
──いっそ、私がいなければ。
そう考えて心が冷えた。何の役にも立たない自分にはどこにも居場所なんてなかったのかもしれない──。
「わかった! わかったから……!」
クリストフ様は私を宥めるように私の腕を引っ張ると、自分の胸に引き込んだ。それが余計に私の心を苛立たせる。
「わかってない! わかったふりなんてしないでください! 全部私が悪いのなら、もうそれでいいんです!」
自棄になってクリストフ様を引き剥がそうと腕を突っ張るのに、まったくびくともしない。
「俺が言いたいのはそんなことじゃない! いいから俺の話を聞いてくれ!」
「っ、嫌です! もういいって言ってるじゃないですか!」
「良くないだろうが!」
頭上から一際厳しい声がかけられて、思わず肩が震えた。
怒らせた。嫌われた。背筋が寒くなって俯いて目を閉じる。それなのに涙は止めどなく溢れて、頬を濡らす感触にすら腹が立った。
私はやっぱり変われない。甘えた根性の駄目な人間だ。
「申し訳……ありません……」
嗚咽を漏らしながら謝ると、とんとんとあやすように背中を叩かれた。
「いや、俺も悪かった。俺もお前の言い分を聞かずに決めてかかったから。お前がまた、俺と暮らし始めた頃みたいに、嫌なことから逃げているのかと思ってしまった。だから、話してみないか? 今、お前がどう思っているのかを知りたい」
「ううーっ……」
唸るような声しか出てこない。頑張るって決めたのに。泣き言ばかりで情けなくて仕方ない。そんな私を怒るでもなく、クリストフ様は辛抱強く待ってくれていた──。
◇
「……みっともないところをお見せして、申し訳ありません」
クリストフ様と並んで中庭にあるベンチに座り、鼻をすすりながらもまた謝罪をする。謝ることが多すぎて、クリストフ様の顔が見られない。
「気にするな。今更だろう?」
揶揄するようなクリストフ様の言葉に、私の顔が熱くなる。
「……仰る通りです」
「それで、どうしたんだ?」
問われると答えに困った。どうしたもこうしたも、自分の駄目さ加減に落ち込んでいたら、更に自分の嫌われ具合に落ち込んだだけだ。しかも、癇癪を起こしてクリストフ様に八つ当たり。恥ずかしくて穴があったら入りたい。
頭を抱えながらも、自分の気持ちを整理するためにぽつりぽつりと言葉にしていく。
「……この一週間、自分なりに頑張ったつもりなんです」
「ああ」
「だけど、全然結果は出なくて」
「ああ」
「コリンナさんを怒らせることしかできないし、子どもたちには怖がられるし──いても邪魔なら私はいない方がいいんじゃないのかなって……」
ついつい声が小さくなった。その言葉の続きをクリストフ様が補完する。
「そう思って子どもたちに背を向けた、ってことか」
「はい……」
そこでお互いに黙り込んでしまった。その間をもたそうとしたのか、さあっと気持ちのいい風が吹き抜ける。その風に負けないくらいの大きさで、クリストフ様ははっきり言った。
「それは違うだろう」
「え?」
気まずさも忘れてクリストフ様を見ると、クリストフ様もこちらを見返した。
「あのなあ。そもそもまだ一週間しか経ってないんだ。それでいきなり何でもできるようになるのは難しいし、すぐに相手を信用することなんてできるのか?」
「……私はすぐにクリストフ様を信じましたけど」
お母様に言われたから、というのもあったけれど、二人だけの世界で、信じられるのはクリストフ様だけだったのだ。だからクリストフ様の言うことにも従っていた。そう返せばクリストフ様は呆れたように嘆息した。
「それはお前だけだろう。本当にお前は疑うことを知らなかったんだな……ああ、そうか」
何かに納得したのか、クリストフ様は頷いた。
「お前は他の人がどのくらいで何ができるようになるのか、ということもわからないんだな」
「そうですけど……それはわかるのが普通なのですか?」
「いや、まあ、俺なんかは騎士の訓練所があって、同期と一緒に訓練していたから、そいつらと競いあっていたし、ここではみんなで助け合うのが当たり前だった。一緒にやっていると、自分ができないと誰かしらが補ってくれるもんだ。それで切磋琢磨して成長する、ということはあるかもしれない。お前はそれがなかったから……」
「そう、ですね。私にはお母様だけでしたから……」
お母様はできないならできないでいいとやらせようとしなかった。だから、人との関わり方や、他人の基準もまったくわからない。わからないから自分なりに基準を決めるしかなくて、その基準が自分の能力よりも遥かに高くて落ち込んだ。
「……悪かったな」
「どうして謝るのですか?」
「俺は俺の基準でしかお前を見ていなかったから。そこから外れたお前を認めようともしなかった。その裏にはお前なりの事情があったのにな」
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