成長しない
またまた日が空いて申し訳ありません。
相変わらずの不定期ですが、よろしくお願いします。
翌日からは打って変わって忙しくなった。というのも、子どもたちに対して職員の数が少ないからだ。
孤児院で正式に働いているのは、フェーベ様とコリンナさんだった。他の方々は、ご近所の方や、この孤児院の出身の方で、空いた時間に善意で手伝いに来てくださっているらしい。この孤児院の運営はほとんど貴族の寄付金で賄われているため、裕福とは言えず、人を雇う余裕がないのだとフェーベ様が仰っていた。
そんな事情なので、長時間いられる上に人件費がかからない私はフェーベ様にとってはありがたい存在なのだとか。ただし私の教育係であるコリンナさんにとってはそうではないようで──。
◇
「ちょっと! どれだけ材料を無駄にしたら気が済むのよ! 何度も言ってるでしょう? この材料を買うのにだってお金がかかるのよ!」
「……本当に、申し訳ありません……」
皮を剥きすぎてすっかり細くなってしまった人参を前に、私は項垂れるしかなかった。
コリンナさんの怒りももっともだ。野菜だって無料じゃない。育ち盛りの子どもたちのためにと買ってきた材料を、私が食べられる部分まで削ってしまったのだから。
手伝いに来るようになって一週間。まだなのか、もうなのかはわからないけれど、こうして毎日コリンナさんに叱られている。つまり、この一週間全く上達していないということだ。
コリンナさんは重いため息をつくと独りごちた。
「……これじゃあ手伝いというより邪魔しに来てるだけじゃない。道楽で仕事を増やされたんじゃ、こっちだってたまったもんじゃないわよ」
「……申し訳ありません」
ただただ謝ることしかできない。そんなつもりじゃないと言ったところで、わかってもらえないことは、この一週間で身に沁みてわかった。コリンナさんはクリストフ様と違って、努力していればいいという考えではなく、結果が全てのようだ。
努力すれば、必ずしもその努力を認めてもらえるわけじゃない。クリストフ様と結婚するまでは、そもそも努力をしたことがなかったからそんなことにも気づかなかった。こうして毎日失敗してその度に怒られていると、クリストフ様がいかに優しかったのかもわかる。だからといって、クリストフ様ならこんな時には褒めてくれたといった文句はコリンナさんには言えないのだけど。
ちらりと上目遣いにコリンナさんの顔色をうかがうと、コリンナさんと目が合って、途端に目を眇められた。
「何か文句でもあるの?」
「いえ、まったく!」
そう、文句なんてない。あるのは疑問だけだ。
この一週間、コリンナさんだけでなく、何人もの方が手伝いに来ていた。その中には私と歳が近い女性もいたのだけど、コリンナさんはその方には私ほど厳しく接してはいなかったのだ。
鈍い私にも、なんとなくわかってしまった。私はコリンナさんに嫌われているのだと。
初対面のときから好かれてはいないと思っていたけれど、私だけここまであからさまに当たりがきついとやっぱり落ち込む。それがどうしてなのか、はっきりわからないから気になって仕方ないのだ。
「あの……」
聞いてみようかと口を開いたものの、それ以上言葉にすることができず、口を閉じた。クリストフ様のときのように、私のことが嫌いなのか聞いてみたいけれど、答えを聞くのが怖くもある。
コリンナさんは途中で黙った私を怪訝に覗き込んだけれど、そのことを追求はしなかった。
「……もういいわ。私がなんとかするから、あなたは子どもたちの面倒でも見てて。ここにいられても邪魔だもの」
コリンナさんはくるりと背中を向けると、剥き終わった皮とナイフを手に、作業を始めてしまった。その背中から拒絶の意を感じて、私は小さな声で「はい」と返事をしてトボトボとその場を後にした。
嫌われるのには慣れたつもりだった。子どもの頃はお兄様やお姉様に嫌われていると思っていたし、最近はクリストフ様にも嫌われていたから。
私は、お母様の言う通りにして自分を失くすことで、いつしか感情を封印していたのだと思う。そうすれば傷つかなくて済む。お母様の感情がさも自分のもののように錯覚できれば、私自身が感じる辛いことも辛いと思わなくなる。その辛いという感情は私のものではないと、それも錯覚できるから。自分がお姉様やお兄様と待遇や能力が違うことも、そうすれば気にならなくなって楽になることを知ったから──。
またお母様の顔が頭をよぎって、私は両手で自分の頬を叩いた。
「……私はお母様の操り人形じゃないの。頑張るって決めたのは私自身なの」
自分に言い聞かせるように口にした。そうでもしないと私はまた楽な方に流されたくなってしまう。気を取り直した私は、子どもたちの遊ぶ中庭へと向かった。
◇
「よう。頑張ってるか?」
中庭には予想外の人がいた。何人もの子どもたちを前に後ろにくっつけて、更に肩にも小さな男の子を背負っている。それでも平然とした様子に、問われた言葉よりも疑問が先に立った。
「クリストフ様……。重くないのですか?」
「鍛えてるし、それほどでも。それに振り払っても抱きついてくるから、いつもこんなもんだ」
クリストフ様は苦笑して、目線だけで子どもたちを追う。穏やかな表情と、下がった目尻が優しくて、クリストフ様が子どもたちを大切に思っているのが伝わってくる。見ていた私も釣られて笑顔になる。
「ふふ。クリストフ様はみんなに好かれているんですね。羨ましいです」
「そんなこともないが。ほら」
クリストフ様は、前にくっついていた小さな女の子を私の方へ押し出した。途端に女の子の顔は強張り、足も踏ん張って私の方へ来るのを全身で拒否している。
子どもにも嫌われるのか……。悲しくて思わず私の顔も歪んでしまった。クリストフ様が私を傷つけようとしてやったわけじゃないことはわかっている。だけど、ここでも自分が駄目なのだと思い知らされて惨めだった。
子どもたちは、女の子が貴族である私に無礼を働いたと、怯えるように固まって私を凝視している。いたたまれず私は顔を伏せた。
「……申し訳ありません。私は外しますね……」
「……ロスヴィータ」
足早に立ち去ろうとしたら、クリストフ様に手首を掴まれた。
読んでいただき、ありがとうございました。




