「できるか」ではなく「やりたいか」
またまた間があいてすみません。
誤字報告ありがとうございました。
用法の違い、すごく勉強になりました。
また何かおかしなところがあったら教えていただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
アグネスのおかげで、他の子ども達ともおっかなびっくりではあるけれど、無事に顔合わせをすることができた。
この孤児院には、現在十七人の子どもがいる。一番小さい子で0歳から、十四歳まで。十五歳になればここを出ていかなければならないそうだ。というのも、この国では十五歳が成人。その時点ですぐに大人と見做されてしまうのだ。
それを聞いて、私はすごく心配になった。私自身、もう十六歳だというのに、生きる術を何一つ身につけていない。十五歳になったときだって、大人と子どもの境界線なんて、感じることができなかった。ただ一つ歳を取った、そんな実感しか湧かなかったというのに。子どもたちは突然ここを出ることに不安はないのだろうか。
フェーベ様に尋ねようかと思ったけれど、結局尋ねることはできなかった。それは当事者である子どもたちに聞くべきだろうと思ったから。
一通り説明を終えたフェーベ様は笑顔で私に言う。
「今日はたくさんのことを聞いてお疲れだと思います。お仕事に取り掛かっていただくのは明日からにいたしましょうか」
「え、ですが、私はまだ何もしていません」
私はここに来て、ただ話を聞いただけで何もしていない。みんなの邪魔をしに来ただけのような気がするのだけど……。
「いいえ。覚えることがたくさんあることを知っていただいたでしょう? 聞いたことを整理する時間も必要ですし、明日から頑張っていただくための心づもりもしていただかなくてはなりません。ですので、今日はこれで終わりにいたしましょう」
「はい……」
フェーベ様の有無を言わせない言葉に、私は頷くしかなかった。
◇
「はあ……」
屋敷に戻るとすぐに自室のベッドに寝転んだ。まだ日は高いし、外出着のままで、行儀が悪いことはわかっている。だけど、思った以上に知らない人たちと接することや、知らないことを知ることは疲れたようだ。力の抜けた体はやけに重く、ベッドに深く沈んだ気がした。
それに、帰ろうとしたときのことを思い出す。クリストフ様は仕事に戻ったので、私は一人で帰るつもりだった。それを止めたのはフェーベ様だ。貴族の令嬢が一人でこの辺りを歩くのは、と難しい顔をしていた。
私が平民になったことをフェーベ様は知らないのだ。かといって家の事情をおいそれと話していいとは思わない。私は男爵家の娘としてこちらでお世話になるのだから。学のない私でも、それはわかった。そうして男爵家に使いを送って迎えに来てもらったのだ。
それを見ていたコリンナさんに小さな声で言われた言葉が、私の心を重くさせた。
『あなたが何かしようとするたびに、周りの人がそれに合わせなければなくなるのよ。あなたが守られるべき存在だから。自分が世界の中心にいるとでも思っているのかしら。クリストフも振り回されて可哀想だわ』
私が守られるべき存在? そんなわけはない。私はただの男爵家の養女で、跡継ぎにも、政略の道具にもなれなかった。私は孤児院の子どもたちと何ら変わらない。運良く男爵家に引き取られただけなのに。
「……私、間違っていたのかしら」
私が孤児院へ行くことで他の人にかける迷惑を、本当の意味でわかっていなかった。クリストフ様にしても仕事の途中で抜けてきてくれたのだ。
お母様は、こうなることを見越して私に何もするなと言ったのだろうか。一人では何もできない不甲斐ない自分が情けなくて腹が立つ。いろいろと考え込んでいるうちに私はそのまま眠ってしまったようだった。
「……ヴィータ、ロスヴィータ?」
「う、ん……お、兄さま……?」
ゆっくり目を開くと、お兄様が私の顔を覗き込んでいた。何度か瞬きをして、ゆっくりと身を起こす。ぼんやりとした思考を振り切るように頭を軽く左右に振った。
「お兄様、どうして……」
「今日のこともあって様子を見に来たんだ。どうだった?」
お兄様は言いながらベッドサイドに腰掛けた。いつの間にか日が暮れていたようで、カーテンは閉まっている。
──今日のこと。
それほど長い時間ではなかったのに、すごく濃い時間を過ごした気がする。一つ一つ思い返して痛感するのは──自分の不甲斐なさ。
思わず拳を握り、その拳にも力が入る。全ては自分に向けられた怒りだった。
「……私って何なんでしょうね。一つ何かをするにもいろいろな人に迷惑をかけて。立場的にはあの孤児院の子どもたちと何ら変わらないのに……」
更にできるのはこうして泣き言を言うくらいだ。本当に情けなくて涙が出そうだ。だけど、泣きたくはなかった。慰められたいわけじゃないから。むしろ、怒られた方がずっといい。
お兄様はしばらく黙っていたけれど、静かに口を開いた。
「自分が何者かなんて、誰にもわからないんじゃないか? 見える部分がその人の全てだなんて言えないだろう。それに他人に答えを委ねるんじゃ、以前のお前と何ら変わらない。お前はまた母上に依存するのか?」
「あ、そんな、つもりでは……」
なかったとは言い切れなかった。私は確かにお母様の言う通りかもしれないと思ってしまった。変わりたいと思っても、やっぱり変わりきれない自分がいる。
「厳しいことを言うようだが、お前自身が母上の影響から抜け出したいと望んだんだ。十年以上影響を受けてきたんだから、そう簡単に抜け出せるものじゃないのはわかるが……。
迷惑をかけている自覚があることはいいことだと思う。それだけ誰かに助けられていることをわかっていることだからな。それなら感謝の気持ちを忘れなければいい」
「感謝ですか……?」
「ああ。迷惑をかけない人間なんていない。例え家族がいなくても、友人だったり、買い物に行く店員だったり、誰かしらと関わりがあるものだ。助け合いながら同じ世界で生きているんだから、お前がかけた迷惑の分だけ、その人たちを助ければいいんじゃないか?」
「助ける……。私に、できるでしょうか。私にできることなんてほとんどありませんし」
どうしても弱腰になってしまう。私はお兄様やお姉様と違って出来が悪いから……。
お兄様は目を細めて言った。
「できるかじゃなくて、やりたいか、だろう。お前がその相手をどれだけ大切に思うかで、その気持ちも変わると思う。大切な人ほどどうにかして助けたいと思うものだ」
──できるか、ではなくやりたいか。
その言葉はすっと私の心に入ってきた。そして、思い浮かぶのは、お兄様やお姉様、お父様、お母様といった家族と共に、クリストフ様。
「……お兄様、そうですね。できるかを考えていたら動けなくなりますが、やりたいと思ったら動けそうです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
お兄様は嬉しそうに、照れ臭そうに笑ってくれた。おかげで私の憂いは一気に晴れたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




