胸を抉る正論
よろしくお願いします。
「失う、覚悟ですか? それはわかりませんが……私にとってクリストフ様は大切な方です。その方にかけて誓えば、少しは信じてもらえるかと……」
考えながら答えると、彼女は更に表情を険しくさせた。
「よく言うわよ。本当に大切だったら、自分の都合で相手を振り回したりしないんじゃないの? 立場が上なのを逆手にとって、結婚したかと思えば今度は離縁させられて。あなたの道楽に付き合って護衛のために仕事を抜けさせられる。それでクリストフが大切? あなたが大切にしているのは、自分の思い通りに動かせる人間だけでしょうよ」
彼女の言葉は正しいだけに胸を抉られるようだった。
確かにそうだ。クリストフ様は私を狭い世界から連れ出してくれて、今もこうして私の都合に振り回されている。私のわがままに付き合ってくれているのだ。
かといって、私はその恩をクリストフ様に返したことはない。何かをしたいと思っても、クリストフ様の方が私よりも遥かに知識と経験が豊富だから何もできない。彼にあげられたものは実家からの持参金くらいなものだ。離縁したとはいえこちらの有責なので、返してもらうことはない。だけど、それは私のお金じゃない。
結局私は自分の力不足をわかっていて、それを言い訳にクリストフ様に何もしてこなかった。どこまでも私は甘えているのだとわかる。彼女はそんな私の狡さを見抜いているのだ。
真っ直ぐに射抜くような彼女の視線から逃れたくて俯く。だけど、見えなくても彼女の視線を強く感じた。
「コリンナ、もうやめなさい。失礼でしょう」
フェーベ様が彼女を制する声が聞こえた。先程までの穏やかな声音ではなく、厳しい口調だった。
「お言葉ですが、院長先生。この人が特別扱いを嫌がったんですよ? それで正直に言えば罰せられるのですか? おかしな話です。だったら初めから来ないで欲しいです。私たちは日々を精一杯生きるのに必死で、貴族の道楽に付き合っている暇はありませんから」
コリンナさんの口調はきっぱりと、迷いはなかった。自分が言っていることが正しいと思っているのだろう。それが自信によるものだと思った私には、眩しかった。
私には何もない。経験も知識もないから、自信もない。彼女のように自分に自信が欲しい。
怒りもあったけど、ただただ悔しかった。反論できない自分が。俯いたまま唇を噛み締めてやり過ごしていると、フェーベ様が言葉を返した。
「コリンナ。私が言いたいのは、貴族だからとかではなく、人として失礼だと言うことよ。お二人にもいろいろな事情があるのだと、ロスヴィータ様やクリストフの身になって考えてみなさい。それに、こうしてロスヴィータ様が何も言い返さないことが、あなたに対する誠意だとは思わないの? あなたはクリストフを思って言ったのでしょうけど、あなたは当事者ではないでしょう? クリストフがあなたにそんなことをして欲しいなんて、一言でも言った? 代弁者になったつもりで勝手にロスヴィータ様を裁く権利なんて、コリンナ、当事者ではないあなたにはないのよ」
フェーベ様の言葉に頭を上げると、フェーベ様と目が合った。私を庇ってくれているのかもしれない。だけど、やっぱり守られてばかりでは駄目だ。話に割り込むようで申し訳ないけれど、声を上げた。
「あの! ええと、コリンナさん、でしたよね。私は彼女の言い分ももっともだと思うんです。私は自分で気づくことができないので、はっきり言ってもらってよかったです。ですが、申し訳ありません。私も本気でこちらに学びに来たんです。わからないままではずっとクリストフ様に迷惑をかけ続けてしまいますから。クリストフ様を私から解放するためにも、いろいろ教えてください。お願いします」
──そう、解放。
クリストフ様に私自身を見てもらうためには、私が自立しなければ。ただ、解放とは言っても、クリストフ様との縁を切るということは頭になかった。
そう言ってコリンナさんと視線を合わせると、彼女は眉根を寄せてしばらく無言になった。駄目なのかと肩を落としそうになったとき──。
「……いいわ。私としても、クリストフがいつまでもあなたに振り回されるのは嫌だもの。あなたがさっさと何でもできるようになってクリストフを解放してくれるなら、協力するわ」
「……っ、ありがとうございます!」
思わず顔が緩んだ。すると、コリンナさんは反対に顔を顰めた。
「あなたって変な人ね。ここまで言われてどうして怒らないのよ」
「だって約束したでしょう? 私はクリストフ様に恥じない行動をしなければ。あの方の好意を無駄にはしたくありませんから」
与えられるのは当たり前じゃない。自分の立場が不安定だと気づいたし、私自身に利用価値なんてないと知っていてもなお、クリストフ様の態度は変わらなかった。
厳しさも優しさも変わらずに与えてくれたクリストフ様を、信じて大切に思うのはおかしいことではないだろう。もしかしたら、失ったお母様への絶対的な信頼を、彼で埋めようとしているだけかもしれないけれど……。
そう言うと、コリンナさんは目を眇めた。
「……自分の方がクリストフを大切に思っていると思わないで。あなたなんかには負けないんだから!」
「え、負け、ですか?」
コリンナさんの剣幕に押されつつも、首を傾げる。いつ勝負をしたのかわからない。周囲を見回すと、フェーベ様は苦笑いをしているし、お母様くらいの年齢の女性たちは楽しそうに目を輝かせている。
「クリストフはどちらを選ぶかね?」
「そりゃ、やっぱりロスヴィータ様でしょ。家の都合で引き裂かれた二人。素敵だわあ」
「いやいや。気心の知れたコリンナだろう。これからの人生、一緒にいるのはそういう相手じゃないと」
よくわからないけれど盛り上がっているようだ。ようやく周囲の人たちの遠慮がなくなったようで、私はほっと胸を撫で下ろすのだった。
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