特別扱い
だいぶ間が空いてすみません。
よろしくお願いします。
クリストフ様は、私をフェーベ様と引き合わせると、仕事へ戻って行った。職場は私の警護で一旦抜けてきたらしい。お兄様の命令で、と言われて申し訳なさが先に立った。
そうして今現在、フェーベ様に連れられて孤児院の中の案内をしてもらっている。院長室を出ると、廊下を真っ直ぐ進む。左右には部屋が並んでいて、フェーベ様が子供部屋だと教えてくれた。歩いていると、古い木材を使われている廊下はギシギシと頼りない音を立てる。それでもここに住む皆が大切に磨き上げているのだろう。綺麗な飴色だ。
見上げても蜘蛛の巣一つない。木造の施設自体は、ところどころ剥がれた塗料が古いことを物語っているけれど、掃除が行き届いていて空気が澄んでいるせいか、閉塞感も感じない。
そして、遠くから聞こえてくる子どもたちの声。明るい笑い声や喧嘩をしたのか泣き声や、怒った声も混じって忙しない。
──私が混じっても大丈夫なのかしら……。
どうしても場違いな気がする。貴族だからというよりも、私はそもそも人付き合いが苦手だった。友人もいないし、年下の子どもたちと接したこともないのだ。
フェーベ様の後を付いて行きながら、恐る恐る声をかけた。
「あの、フェーベ様……。私がいても大丈夫でしょうか? お恥ずかしいのですが、私は人付き合いが得意ではなくて……」
「ああ、大丈夫ですよ。クリストフや、エリーアス様からもお話は伺っております。それに、人付き合いというのは難しいものです。苦手なのはロスヴィータ様だけではありませんよ。わたくしだってそうです」
「フェーベ様も、ですか?」
「ええ。みんなそれぞれ育ってきた環境も違うし、考え方も違います。わたくしのように年齢を重ねると、経験が増えて、その経験から相手を押し量ろうとしてしまう。それが結果的に相手を傷つけることにもなりかねないのです。ですから人と関わるのは幾つになっても難しいと痛感します」
「そうなのですね……」
振り向くことなく歩を進めるからフェーベ様の表情はわからないけれど、その声音にはどこか実感がこもっているように感じた。私が相槌を打つと、フェーベ様は続けた。
「ですから、気になさらなくても大丈夫です。一人として同じ人なんていないのだから、相手とぶつかることもあるでしょう。反対に、共感し合える人が見つかるかもしれません。それをロスヴィータ様もここで体験されればいいと思いますよ」
ぶつかるとか、共感し合えるとか、想像もつかない。だけど、嫌われるのは怖いし痛いことは知っている。かつてお兄様に向けられた冷たい視線。その視線から逃れたくて私はお母様に縋った。お母様なら私を守ってくれると知っていたから。だけど今、そのお母様の気持ちが見えない。
そして、私を嫌っていると思っていたお兄様やクリストフ様は、今は私を見守ってくれている。
わかりやすくて、見えるものが真実とは限らないのだ。ぶつかることで相手の本心を知り得ることもできる。それなら勇気を出してやってみたいと、フェーベ様の言葉は私の背中を押してくれた。
そして、洗濯場や厨房を回りながら、フェーベ様は私を働いている人たちに紹介してくれた。しげしげと私を見ていた方々は、私が男爵家の人間だとわかると目を伏せたり、首を垂れたりと態度が変わった。それに何とも言えないモヤモヤした気持ちになった。
だけど、厨房を見ていると一人だけ表情や視線を変えない女性がいた。真っ赤な髪に小麦色の肌。うっすらとそばかすが浮いていて、年齢は多分私くらいだろう。美人というよりは可愛らしい女性だった。私と目が合うと興味を無くしたように視線を手元に落とした。
彼女はてきぱきと見事な手つきで野菜の皮を剥き、切っていく。思わず見惚れていると、「……気が散るんですけど」と言われた。
それに慌てたのは、周囲の人たちだ。
「おい、相手はお貴族様だぞ」
「気に入らないと鞭打ちにされるわよ」
「ほら、謝って」
次々に彼女に耳打ちするけれど、私には丸聞こえだ。私は笑顔を作って首を振った。
「いえ、いいんです。私もじっと見られると緊張しますし、彼女の言う通りだと思います。それに、私はこちらに学びに来たのですから、そうしてはっきり言っていただけるとありがたいです。難しいとは思いますが、男爵家と切り離して考えていただけませんか?」
「そんなことを言われても……」
「ねえ?」
各々が渋い顔をしている。やっぱり駄目かと肩を落としたら、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「……本人がいいって言ってんだから、いいんじゃないの? というか、むしろこの人の意向に添わない方が後々面倒なことになりそうだけど」
彼女だった。周囲の人は私を見た後に顔を寄せると何やら相談し始めた。その声は小さ過ぎて今度は聞こえなかったが、しばらくして全員が頷くと私に向き直る。
「わかりました。ですが……本当に男爵家に言いつける、とかは、ありませんかね?」
それでもまだ不安そうな表情をしている。
──どうしたらわかってもらえるかしら……。
私には男爵家の権限を行使するつもりはないし、実子でもないのにできないと思っているが、そのことは外で口にするわけにはいかない。信じてもらうためには信頼が必要だけど、私だけでなく男爵家の誰かとこの人たちの間にはまだ信頼関係ができていない。だからこそ、私の言葉を疑ってしまうのだ。
と、そこでこの施設に縁の深い人の顔が浮かんだ。
「……クリストフ様にかけても私はそんなことはしません。もし不安でしたら、クリストフ様と書面で契約を結んでもいいですよ」
すると周囲が沈黙した。おかしなことを言ったかと首を傾げると、女性が唸るように声を絞り出した。
「……へえ。クリストフにかけても、ねえ。もしあなたが約束を破れば、クリストフを失う覚悟があるってわけ? それともあなたにとってクリストフって、簡単に口約束で持ち出せる軽い存在ってわけ?」
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