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私の父親は?

 その後、話が終わったクリストフ様は、またな、と去って行った。さりげなく次の約束をしてくれたようで私も、それではまた、と笑顔で応えたのだった。


 ◇


 夕食の時間になり、お兄様と向かい合って食事をしていると、お兄様が口を開いた。


「クリストフから聞いたが、私もあの孤児院なら賛成だ。男爵家としても支援をしているし、慈善活動の一環としてなら父上も頷いてくれる。それに……今のお前を大人の中に放り込むのは少し心配でな。まずは子どもたちの世界を学ぶのもいいと思う」

「お兄様……。ありがとうございます。それで、一つ気になることがあるのですが、聞いてもいいですか?」

「ああ。何だ?」

「私の籍のことです」


 私がそう切り出すと、お兄様は驚いたように目を見開いた。


 少しずつ考えるようになり、これまで気づかなかったことにも気づくようになった。結婚するにあたって、お母様から貴族籍から抜けた話は聞いたけれど、離縁が決まり、こうして男爵家に戻った私が、再び男爵家の籍に戻るとは思えない。そうなると私はどうなるのか。


 生母はレナーテ様だとしても、レナーテ様はもう亡くなっているから男爵家の籍に入ったのだろう。


 ──じゃあ、どうして父親の籍に入らなかったの?


 それが気になった。


「……私がレナーテ様の娘だということは理解しました。レナーテ様が亡くなったから、お母様が私を男爵家の籍に入れたんですよね? そして、クリストフ様と結婚して貴族籍を抜けた。じゃあ、離縁したら私は誰の籍に入るのですか? 私の本当の父親の籍ですか? だとしたら、男爵家の者として私が孤児院へ行くのはおかしなことになりませんか?」


 お兄様は何故かほうっとため息をついた。


「驚いたな。まさかお前がそんなことを考えるとは思っていなかった。頭の回転が速かったんだな。そうだな……。母上はお前が実子じゃないことを知っているとは思わないだろうから、また男爵家に戻そうとはするだろうが、父上がどうするかだろうな。そもそもお前を引き取ったのも母上のごり押しだったはずだ。父上としては、一度結婚して離籍した娘を離縁したからといって戻すのは男爵家の評判を下げると危惧しそうで、すんなりとは受け入れないような気がするが……。

 にしても、お前の父親か……。もし今もいるとすれば、母上がわざわざ引き取るとは思わないから、恐らくは……」


 お兄様は言葉を濁したけれど、私には続きが予想できた。レナーテ様と同じでもう亡くなっている、そういうことだろう。


 ここでもう一つ確認のために聞いておく。


「私の本当の父親は──お父様、いえ、フリューア男爵ではありませんよね?」

「ああ、それはない……と思う」


 お兄様は自信なさげに付け加えた。怪訝に見返すと、お兄様は説明を加える。


「この国では王族以外に第二夫人を認めていない。もし、仮にレナーテ様が父上と関係を持ったとしたら、男爵夫人の立場を脅かすような相手を、お前を産んだ後も母上が侍女として傍に置くとは思わないんだ。まあ、母上は私という後継者を産んだ強みはあるだろうが、それにしても、なあ。それに、母上も血が繋がっていなくても本当の妹だと思えと言ったのだから、やっぱり違うと思う」

「そうですね……」


 いつの間にかナイフを置いて考え込んでいた。これからのことに目処がついたからか、今度は自分の生い立ちが気になってくる。やっぱりあの老女に会って、レナーテ様や父親のことを聞きたい。


「……お兄様。私をレナーテ様、と呼んだ女性に会いに行ってもいいですか?」


 脈絡もなく話を変えた私に、お兄様は狼狽えながらも頷いてくれた。


「あ、ああ。だが、どこにいるのかわかっているのか?」

「……いえ。でも、あの方はあの時、食料品を持っていたんです。だから、きっとあの食料品店の近くに住んでいるんじゃないかと思って……」


 これだけでは根拠に心許ないだろうか。段々と言葉が尻窄みになる。


 お兄様は苦笑した。


「そうだな。その辺りを探してみればいつかは会えるかもしれないな。行ってみるといい」


 私は思わず喜色の声を上げる。


「ありがとうございます!」

「ただし、一人では行くなよ。籍はどうあれ、お前は男爵家にいるんだ。関係者だとわかれば誘拐されかねない。ちゃんと護衛を連れて行くこと」

「はい! お兄様、本当にありがとうございます……!」


 満面の笑みをお兄様に向けたけれど、お兄様の表情は冴えない。何度か口を開きかけては閉じるを繰り返した後、お兄様は言いづらそうに言葉を発した。


「あの、な。必ずしも、これがいいことだとは限らないということは覚えておけよ。母上が隠したのには、何かしら意味があると思う。喜んでいるお前に水を差すようで悪いが」


 お兄様は何度か言葉を区切っていた。私を傷つけないように言葉を選んでいるのだろう。その配慮が嬉しかった。


「……そうですね。ですが、知らなければお母様との関係は変わらないんです。お母様を理解するためにも、これは必要なことだと私は信じています」


 ──そう信じなければ、やめたくなる。


 知らなければ幸せなこともこの世界にはたくさんある。以前の私はそうだった。疑うことを知らないのは幸せだった。


 だけど、そのせいで誰かを犠牲にしていることにも気づかなくて。気づいたときには後悔して。


 知っていれば止められたんじゃないかと後悔するのはもう嫌だった。強い決意を込めてお兄様を見返した。


「……それならいいが」


 納得してくれたらしいお兄様の言葉とは裏腹に、表情はずっと物憂げなままだった。

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