表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/64

痛感する無力感

 ──あれから一週間が経った。


 部屋からは出られず、食事を差し入れてくれる侍女や、お母様としか会えない。それでも、体力や気力が衰えないよう部屋の中を動いたり、書き物などに、空いた時間を費やしている。


 侍女はお兄様に指示されているのか、お兄様から差し入れがあったことをお母様には黙ってくれているようだ。おかげで、書き物が捗っているのでありがたい。


 クリストフ様から教わったことをまとめながら、これからのことを考えた。お母様は私にこれまでと同じように、何もしないことを望んでいる。だけど、それでは駄目。私が独りになったときに生きていけないからだ。


 私はこの家の娘じゃない。この家の娘だったお姉様も、嫁いで家を出て行ったのに、赤の他人の私がいつまでもここに居られないだろう。それも考えればわかることだった。


 じゃあ、どうやって生きていくのか。それをちゃんと考えようとしたのだけど、圧倒的に私は知識や経験が足りない。


 この問題はどうしても行き詰まってしまうので、一旦考えるのを止めることにした。諦めたわけじゃなくて、もっと知識を増やしてから考えることにしたのだ。他にも考えなければならないことはたくさんあるのだし。


 あとは、生みの母であるレナーテ様と、私の本当の父親のこと。お母様を理解するにはこの二つのことがわからないといけないのだと思う。だけど──お兄様と約束したのだ。お母様には私が実子じゃないと知っていることを悟られないと。


 それならば、この部屋を出てあの老婆に会いに行こうと思っても、お母様は出してくれない。出してくれと何度訴えても、聞く耳すら持たない。お母様はここまで融通の効かない人じゃなかったような気がするのだけど……。


 知りたいのに調べることができなくて、もどかしかった。そしてまた変わらない一日が終わるかに見えたけれど──。


 ◇


「母上は領地へ帰ったよ。しばらくあちらで父上と領地経営などをやってもらうそうだ」


 夕食前にお兄様が、私の部屋に来るなり満面の笑みを浮かべてそう告げた。


「はい、お母様が確かに今朝そう言ってましたが……」

「母上もなあ……。お前も連れて行くと聞かなくてな。父上にはロスヴィータの面倒は私が見るから、母上だけで領地へ向かわせて欲しいと頼んでおいたんだ。領地に帰っても閉じ込められたんじゃ、お前も気が滅入るだろう?」


 頷いていいのかわからずお兄様の顔を窺うと、お兄様は苦笑した。


「母上に気兼ねしなくてもいい。まあ、しばらくは私にこの屋敷での権限があるから、部屋の鍵はかけなくてもいい。ただ、外出は世間知らずなお前を一人で歩かせるのは不安だから、少し考えさせてくれ」

「はい。それはいいのですが……」

「あまり嬉しそうじゃないな。どうした?」


 お兄様に顔を覗き込まれて俯いた。嬉しいのは嬉しいのだけど、素直に喜べない。


「……私は自分の力では本当に何もできないんですね。お母様に何度もわかってもらおうと思って話したのに……」

「それは私もだ。父上の権限でようやく母上に聞いてもらったんだ。あそこまで頑なだとは思わなかったな。だから、どの道お前でも駄目だったろうさ。気にするな」

「はい……」

「あ、それでな、母上も居なくなったからクリストフを呼ぼうと思うんだ。あいつ、お前のことを気にしてたからな」


 ──クリストフ様が?


 弾かれるように顔を上げると、苦笑しているお兄様と目が合った。


「出られると聞いたときよりも嬉しそうに見えるんだが。まあ、落ち込まれるよりはいいか」

「……でも、クリストフ様が嫌じゃありませんか? 私は迷惑しかかけてませんし……」

「嫌だったら、ロスヴィータに会えますか、とは言わないだろう。あいつも一緒に暮らして情が湧いたんじゃないか?」

「そうですか?」


 お兄様に確認しながらも、それが本当のことかもしれないと心が傾き始める。

 我ながら単純だと思う。お母様を疑って、何を信じていいのかわからなくなりそうだったのに、それでもまた誰かを、何かを信じるのだ。


「……私も、会いたいです」

「わかった。クリストフにもそう伝えておくな。じゃあ、夕食にしよう。お前もお腹が空いただろう?」

「え、いえ、私はあまり動いてないのでお腹が空いてなくて……」


 それもあるけれど──働いていないのに食べてもいいのだろうか、と思ってしまう。


 お母様がいるときは、食べなければお母様が心配して、何かあったのかと勘繰られてしまうので、食欲がなくても食べるようにしていた。


 だけど、こうしてお母様が領地へ行ったのなら、無理に食べなくてもいいような気がする。


 クリストフ様の話をした後だから、余計にそう思うのかもしれない。クリストフ様は働かない奴は食べさせないと言っていたし。と、そこで閃いた。


 ──そうか、働けばいいんだわ。


「お兄様!」

「ど、どうした急に。驚くだろう」


 お兄様に詰め寄ると、お兄様の腰が引けた。この調子で押し負けてくれると嬉しいのだけど。私は勢いよく頭を下げた。


「私を働かせてください!」

「は?」

「クリストフ様と暮らして、洗濯はできるようになりました。掃除と料理は……まだ難しいですが、教えていただければ、できるように努力するのでお願いします!」

「ちょっ、待て待て! いきなりどうした?」

「いきなりじゃありません。何もせずに置いてもらうのは駄目だと思うんです。クリストフ様も働かない奴は食べるな、と言ってましたし。それに、いずれ私はこの家を出なければいけないんですよね?」


 顔を上げてお兄様を見ると、お兄様はバツが悪そうに視線を逸らした。


「……そうだな。お前には酷なことを言うが、出戻ったお前ではこの先、嫁の貰い手を探すのは難しいだろう。母上が生きている間はこの屋敷で、母上の庇護下で暮らせるかもしれない。だが、その場合はまた母上に支配され続けるだけだろうな」

「……私は自分で考えないといけないんです。この先、自分がどう生きて行くかを。ですが、そのための知識も経験も足りません。お給料はいらないので、学ぶために私を働かせてはもらえないでしょうか……!」


 しばらくして、お兄様がため息をついた。


「……お前の言い分はわかった。だが、この屋敷では無理だ。他の使用人たちが戸惑うからな。使用人たちにとってお前は、母上に大切にされているこの家の娘でしかないんだ。お前と一緒に働いて無礼を働いてしまったらと、恐縮して仕事にもならないかもしれない。それに、この屋敷で起こったことは、母上にも報告が行くはずだ。父上の権限でお前の軟禁を解いたことと外出までは許しても、使用人扱いまで許すとは思えないんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ