閑話・唐突な終わり3(クリストフ視点)
聞き終わっても、やっぱり夫人の考えは理解できなかった。夫人なりの考えに基づいて動いているのだろうが、どうにも矛盾しているように思うのだ。愛情ゆえなのかと思えば、憎んでいるようにも見えて。
「……夫人はロスヴィータに恨みでもあるのですか?」
「いや、それはないだろう。母上はロスヴィータが赤ん坊の頃から育ててきたんだぞ? 子どもにできることなんてたかが知れている。反抗するからだなんだと言うなら、私とアレクシアだって同じだ。それに、血が繋がっていないからといっても、そんな十年以上恨んだり、憎み続けるようなことじゃないだろう?」
「そう、ですよね……。だからこそ、おかしいんですよ。もし、俺に嫁がせるつもりだったとしても、それなら平民の生活の仕方を多少なりとも教えたりしませんか? あいつはナイフも使ったことがないと言うし、包丁を使ったことで夫人は青い顔でロスヴィータにもうするなと注意したようです。過保護にしても……」
ロスヴィータが最初に夫人に呼ばれて帰った日の数日後に、本人がそうこぼした。どうりであの日落ち込んで帰ってきたわけだと納得したのだが。
「そうなんだよな。私とアレクシアはマナーのレッスンがあって、二人で実際に食事をしながらナイフを使っていたんだが、ロスヴィータにはさせなかった。私たちも過保護だと注意したんだが……」
そこでエリーアスの言葉が止まった。怪訝に思ってエリーアスの顔を見ると、軽く目を見開いていた。
「どうしたんですか?」
「いや、そうか。母上はロスヴィータに刃物を持たせられなかったんだ。恐らくレナーテ様のことがあって。レナーテ様が刃物で刺されて亡くなったから」
「……それもおかしくないですか? レナーテ様は襲われて亡くなったんでしょう? 危害を加えられた方だ。それならむしろ、あいつの周りの人に刃物を持たせないようにするんじゃないですか?」
エリーアスは少し間を空けて頷いた。
「そうだな……。だが、実際に母上はロスヴィータにさせないようにしていた。そこに意味があるはずなんだ。多分、レナーテ様に繋がる何かが……。すまなかったな、お前にはもう関係ないことなのにつまらない話をして。こうして他人の意見を聞くことで、考えが整理できるし、視野が広がるからつい、な」
「あ、いえ……」
急に関係ないと線引きされて戸惑った。ロスヴィータに情が湧いたように、エリーアスにもいつの間にか親近感を持っていたのかもしれない。
幼い頃に失った、家族というものに憧れがあった。孤児院では一人ではなかったが独りだった。大勢の人と一緒にいても、特別な誰かはいなくて。孤児院を出ると、より孤独は深まった。その寂しさから目を逸らしたくて仕事にも集中した。そうしていきなり結婚が決まり、ロスヴィータと暮らし始めて、気がついたら孤独を忘れていた。
望んでできた繋がりではなかったが、いつの間にか受け入れていたのだ。居ないと何だか物足りないと感じてしまったロスヴィータのように──。
「……ロスヴィータに、会えますか?」
無意識に言葉が出てしまった。俺自身驚いたが、エリーアスも目を瞬かせた。それからすぐにエリーアスは破顔した。
「母上がいるうちは無理だが、父上が動いてくれたら屋敷に呼ぶから来てくれるか? ロスヴィータも会いたがっているようなんだ。で、最後になって悪いんだが、実はロスヴィータから手紙を預かっていてな」
エリーアスは上着のポケットから手紙を取り出した。
「長々と引き留めて悪かった。それじゃあ、また連絡するな」
一番の用件は手紙を渡すことだったのだろう。渡し終えるとエリーアスは去って行った。
仕事が始まるまではまだ時間がある。手紙を開いて文面に目を落とした。
『最初から最後まで振り回してしまって申し訳ありませんでした。私がしっかりしていれば、クリストフ様にもご迷惑をお掛けせずにすんだのに。教えていただいたこと、忘れないように生きていきます。本当にありがとうございました。それではお元気で』
たったそれだけの内容の手紙だった。恨み言一つなく、反対に詫びと礼しか綴られていない。それがなんだか──哀れだった。
振り回されたのはあいつも同じだろう。俺に嫁げば幸せになれるはずだなんて言われて、平民に落とされ、慣れない貧乏暮らしに身をやつして、挙句の果てに離縁され、自由を奪われ、出生の秘密まで知ることになった。幸せになるどころか、むしろ不幸にしかなっていない。
自由に怒ればいいし、哀しめばいいだろうに。そんな感情すらも夫人に奪われたのかと思うとやり切れない。
「……あいつはこれからどうするつもりなんだろうな」
関係がなくなったはずなのに、それが気になった。あのままでは男爵家の娘でいるにも限界がある。下手したら一生幽閉なんてことにもなりかねない。
誰に聞かせるでもない呟きは、思った以上に俺に重く響いていた。




