閑話・唐突な終わり2(クリストフ視点)
「……夫人は、一体何がしたいんです?」
血が繋がらなくても大切な娘だというなら、何故閉じ込めて孤立させようとする? 訳がわからない。関係ないと切り捨てられないほどには、ロスヴィータに対して情が湧いていることを認めざるを得なかった。
話に乗ってきた俺にエリーアスは笑みを浮かべたが、すぐに顔を曇らせた。
「私にもわからないんだ。母上はロスヴィータに、レナーテ、と呼びかけたそうだ。お前にも以前話したと思うが、ロスヴィータの産みの母だ。ロスヴィータはレナーテ様のことを知りたがったから、私が知りうることは全て話したよ──お前の産みの母だと」
「それであいつは何て?」
心底慕っていた母親が実の母親じゃないと知ったあいつは、泣いて暴れたんだろうか。
エリーアスは目を伏せた。
「……事実を知らされない方が余程私が傷つくとは思わないのですか、と初めは怒ったな。だが、それだけだ。後は冷静に話を聞いて、泣きたいだろうにぐっと堪えていた。泣いている暇があれば考えて動かないと駄目だとお前に教えられた、そう言っていたよ」
「ロスヴィータが、ですか?」
意外だった。あいつの中には『お母様』しかいないものだと思っていた。俺が何を言ったところで響いていないと──。
「ありがとう」
「え?」
思ってもみなかった言葉に、俺は呆けていたと思う。お礼を言われるようなことなんてしていない。俺がロスヴィータに家事をさせていたり、怒っていたのは、自分の負担を減らすためだ。
何より身分が上のエリーアスに頭を下げられることに戸惑った。
「礼なんてやめてください。俺は自分のためにやっただけで……」
「それでもだ。正直、私はロスヴィータをどう扱えばいいのか、わからなかったんだ。あいつは母上の言うことしか聞かなかった。今ならそれも母上が仕向けたことだとわかるんだが。私たちは母上がロスヴィータを娘として受け入れるのなら、貴族としての教育が必要だと抗議したんだ。だが、母上は何も説明せずにロスヴィータをそのままにした。いずれ困るのはロスヴィータだと注意をすればするほど、ロスヴィータは母上に依存していくし、母上はロスヴィータを囲い込んでいく。お互いに依存し合っているようにしか見えなかったよ」
「そうでしょうね」
「それで、私も考えたんだ。ロスヴィータに教育を施さなかった理由を。初めから、母上はロスヴィータをお前に嫁がせるつもりだった、と考えたらどうだ? 辻褄が合うんだよ。母上にとってはお前に嫁がせることがまず前提にあった。だから貴族の常識は必要がなかった。ロスヴィータから聞いたが、母上はロスヴィータにお前と結婚すれば幸せになれるはずだ、と言っていたそうだ。確信を持って言っているように聞こえないか?」
「は? 何でそう言い切れるんだ……」
意味が全くわからない。俺とロスヴィータどころか、フリューア男爵家は、何の接点もない。今回の縁談も、夫人が何かトチ狂っているのかと思っていたくらいだ。
「……夫人は、その、大丈夫なのですか?」
心を病んでいるのか、と暗に示唆したら、エリーアスも神妙な顔で頷いた。
「私も疑っている。以前はまだ融通の効く人だったんだがな。今のあの人はロスヴィータのため、というよりはただただ怯えているように見えるんだ」
「何に?」
「それはわからないが……。これが本当にロスヴィータのためだ、守ることに繋がる、と軟禁するくらいだ。私の説得にも応じてくれない。だから、父上に動いてもらうことにした。二人で領地経営に精を出すことで、母上の静養になればいいんだがな……」
「そうですか……」
聞いておいて何だが、ここまで踏み込んだ話を聞いていいのかと複雑な気持ちだった。俺がフリューア男爵家を失墜させようと思ったら、この情報で何とでもできそうだ。
「あの……俺にそんな手の内を明かしていいんですか? 俺がもし、この情報をフリューア男爵家の敵対勢力に売ったりすれば大変なことになりますよ」
エリーアスは苦笑した。
「売るつもりだったら、今みたいにわざわざ申告しないだろう。それに、お前とロスヴィータを婚姻させる際に、お前の繋がりくらい調べているよ。貴族との繋がりなんてないだろうに」
「いや、まあそうですが」
「……と、お前には説明した方が納得するんだろうな。まあ一番の理由はあのロスヴィータの面倒を一ヶ月以上も見てきた情の厚いお前はそんなことしないだろう?」
これには俺の方が苦笑せざるを得なかった。
「買い被りですよ。俺はそんなに情の厚い人間ではありません」
「ロスヴィータはそう思ってないようだが? あいつ、お前を好きだと言っていたぞ?」
「嘘だろ……」
どこに好かれる要素があったんだ?
俺はあいつをこき使って、何も言われないからとあいつに言われるまで贈り物さえしなかったし、外出さえさせなかった。むしろ、嫌われてないとおかしい。
おかしい、で引っかかるものがあった。記憶を掘り起こしながら、その違和感を形にしていく。
「……甘やかされたのなら、もっと癇癪を起こしたり、傍若無人に振る舞ったりするものではありませんか? 貴族なら余計に身分が下の平民である俺に。あいつにはそれがなかった。教育を施していない、という割には物分かりが良すぎるんです」
「ああ、そうだ。多分、それが母上の狙いの一つだったのかもしれない。あいつから人や物を遠ざけることで、嫉妬や憎悪という感情から遠ざけた。そもそもそういった感情は人と関わったり、比較することで生まれるものだからな。知らなければいいとでも思ったんだろう。そして母上しかいなくなり、母上に依存させることで、母上の言葉しか受け付けなくなる。こうしてロスヴィータは母上に忠実で、負の感情の消えた人形になった、そういうことだろう」




