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閑話・唐突な終わり1(クリストフ視点)

 仕事が終わり、暗い中家に着くと、いつもならついている明かりがついていなかった。扉を開けようとしたら鍵もかかっている。


「おい、ロスヴィータ?」


 扉を開けて明かりをつけ、声をかけても、しんと静まり返っている。


「……そうか。実家に行ったままだったか」


 今朝一緒に出かけたことを思い出した。

 いつのまにか、あいつが家にいるのが当たり前になっていることに気づいて、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをする。


 居ないなら居ないで気が楽だ。そう思って着替えて夕食の支度に取り掛かった。食器のぶつかる音や、規則的な野菜を切る音しか聞こえない。この家はこんなに静かだっただろうか。


 作り終えて食事を始めて、ロスヴィータの定位置の席に視線をやる。こうして一人で食事をしていると、なんだか味気ない。ロスヴィータは口だけでなく、表情もうるさかった。うまく切れたときや味付けに成功したときは、目を輝かせてこちらを見るのだ。褒めて褒めて、と。


 それが鬱陶しいと思う反面、嘘のつけないあいつといるのはそれほど苦ではなくなってきた。あいつ自身が変わろうと努力をし始めたからだろう。


 以前は、馬鹿の一つ覚えみたいに『お母様の言う通りにしなければ』と、ある種の洗脳か強迫観念のような、狂気じみたものを感じて薄ら寒かった。今も完全に夫人の支配は切れていない。


 相変わらず夫人はロスヴィータに制限をかけてきて、こちらの負担を考えてもくれない。嫁に出したのだから、いい加減に子離れしろよ、と言いたくなる。もちろん言えないが。


 ああいう貴族然とした女性は苦手だ。表情は笑っているのに目が笑っておらず、常に本音を押し隠してこちらを思う通りに誘導する。単純なロスヴィータでは勝てるはずがない。血が繋がってないことを知らないなら、尚更夫人を慕うだろう。


 ──また、より支配を強めてくるんじゃないか……?


 実家に帰るということは、また夫人に会うということだ。今度はどんなことを吹き込まれてくるのやら。胸の中の重たい気持ちを全て吐き出すかのような深いため息をついた。


 ◇


 翌日。一人で家事をこなし、いつものように職場へ向かった。王城へ着くと、入り口にエリーアスがいた。周囲をうかがって誰かを探しているようだ。俺と目が合うと、エリーアスは真剣な顔でこちらへ向かってきた。


「話がある」

「……歩きながらでもいいですか?」

「ああ、構わない」


 二人で並んで歩き始めたが、エリーアスはなかなか口を開こうとしない。周囲に人がいるからだろう。そう思った俺は、人影のない方へと足を進めた。人の気配がなくなったところで、エリーアスはようやく口を開いた。


「言わなくても察してくれるところはさすがだな。それで本題だが……ロスヴィータのことだ」

「まあ、そうでしょうね。それでロスヴィータがどうしたんです? 実家に帰ったままでしょう?」

「ああ。母上は、離縁を認めた、というよりも、お前たちを問答無用で離縁させるつもりだ。ロスヴィータはもうそちらへ帰れない」


 そこで俺は足を止めた。はあ、そうですか。多分結婚させられた当時なら、そんな風に流していただろう。俺は平民であちらは貴族だ。立場が上の者にはどんな理不尽でも従わなければならないという考えが、染み付いている。


 だが、勝手に押しつけておいて、今度はこちらの言い分も聞かずに奪い取る? どこまで振り回せば気が済むんだ。


 腹の底から湧き上がる怒りを、必死で抑え込もうと、拳を握りしめた。顔も険しくなっているのがわかる。エリーアスは俺の顔を見て意外そうに眉を上げた。


「お前も別れたかったんじゃないのか? 怒るとは思わなかったな」

「……離縁はいいとして、振り回されることに腹が立っているだけです」

「へえ?」

「だって、そうでしょう? こちらの言い分も聞かずにあいつを押しつけておいて、今度は奪い取る? どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんですか……!」


 相手が貴族だということも頭にはあったのに、止まらなかった。エリーアスの気安い態度が悪いと思いつつも膝をついて謝ろうとすると、エリーアスに制された。


「お前の怒りももっともだ。謝る必要はない。だが、一つ確認してもいいか?」

「はい」

「お前はさっき、奪い取る、と言ったな? それはロスヴィータを家族として認めていた、ということか?」


 ──そういえば。無意識にそんなことを言った気がする。


「……家族かどうかは置いておいて。あいつは同居人です。勝手に押しつけたり取り上げたり、俺の都合とあいつの都合を考えてくださいと言いたいんです」

「そうか」


 エリーアスはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。収まりかけた怒りの炎が再燃しそうになった。眉間に力を入れて、上向きに睨みつける。それだけでエリーアスには効果があった。エリーアスは慌てて笑いをおさめた。


「いや、馬鹿にしたんじゃなくてな。多少なりともロスヴィータが好かれているようで安心した、というか。それでな、これはもう離縁するお前には関係ないことなんだが……。母上は、ロスヴィータを軟禁しているんだ。部屋に鍵をかけて、食事は自室で。手紙や筆記用具すらも与えない。会えるのはメイドや侍女、母上だけだ。私も母上に出入りを禁じられたが、母上があいつの侍女を変えたから、まだ付け入る余地があると侍女を丸め込んでこっそり会ってきた」

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