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湧き上がる疑問

 急に話が変わった気がして、私は目を瞬かせた。


「クリストフ様と……? また家族に、ですか? というか、私とクリストフ様は家族だったんですか?」

「結婚していたんだから、夫婦であり、家族だろう。お前はそう思ってなかったのか?」

「考えたこともありませんでした……」


 結婚することの意味自体、考える必要がなかったのだ。じゃあ、クリストフ様とはどんな関係だったのかと聞かれると困る。顔を顰めて考え込むと、お兄様は苦笑した。


「そうか。お前の情緒はまだそこまで追いついてないか。まあ、これまで必要以上に異性と関わることもなかったからな。それに、この屋敷以外で生活したことのなかったお前が初めて外で暮らしたんだ。生活に慣れるので精一杯だっただろうし。だったら尚更、これから考えてみたらどうだ? 家族というものや、恋愛もそうだ。お前はまだ若いんだし」


 お兄様はうんうんと、したり顔で頷く。

 だけど、私はお兄様の話についていけない。ようやく家族とは何かという問いがわかったような気がするのに、今度は恋愛について考えてみろ、だなんて。


「……お兄様、恋愛って何ですか?」


 お兄様は思い切り脱力した。


「……そうだよな。だが、これも家族と同じで正解なんてないと思うぞ。こればかりは身を持って知るしかないだろうからな」

「教えてくれないんですか?」

「先入観を植え付けたら、それこそお前の情緒は育たないだろうからやめておくよ。これから人との関わりを通じて学んでいけばいい」

「……よくわかりません。でも、考えてみます」


 わからないからと投げ出すのは簡単だ。だけど、お兄様もクリストフ様も、私に無駄な問いは投げかけてこなかった。これも必要なことなのだろう。答えを他人任せにするのではなく、ちゃんと私が出さなければいけないのだ。お兄様を真っ直ぐ見据えて頷いた。


 ◇


 その後、クリストフ様に手紙を書こうと思ったのだけど、考えてみれば私の部屋には筆記用具がなかった。学ばず、友人もいなかった私には必要がなかったからだ。きっとお母様に用意して欲しいと言っても断られるだろう。外と繋がりを持ってはいけないからと、こうして閉じ込められてしまったのだから。


 そこでお兄様にこっそりと便箋や書き物をするための板をたくさん用意してもらった。羊皮紙や紙は高価だとお兄様から聞いた。そのため、書いて消してもまた書けるような安価な板をお願いしたのだ。


 ここに閉じ込められてもすることがない。メイドたちの手伝いをしたくても、お母様は絶対に許さないだろう。

 だから、せめてクリストフ様から教わったことを忘れないように、ここを出ても困らないように、これから少しずつでも記録に残していくことにした。そのための板だ。


 あと、自分の疑問や考えなくてはいけないことも、書きつけていくことにした。考える練習をしなくては。これまでしてこなかったから、面倒くさいと流したくなるのだ。だけどそれでは私はまた元通りになってしまう。それでは駄目だ。クリストフ様にがっかりされたくないし、自分を嫌いになりたくない。


 いろいろ考えなければならないことはあるけれど、取り敢えずはクリストフ様への手紙が先だ。感謝とお詫びの言葉を書き連ねながら、ついクリストフ様と暮らしていたときのことを思い出して、じわりと視界が潤みそうになった。そうして何度も手を止める私を急かすことなく、お兄様はそばにいてくれた。そこにもお兄様の優しさを感じて胸がいっぱいになった。


 書き上がった手紙をお兄様に渡して深々と頭を下げる。


「……これをお願いします」

「ああ、ちゃんとクリストフに渡すからな。それと、母上が聞く耳を持たないから、父上に相談してみるよ。母上を領地に呼び戻すなり、説得するなり、何らかの手段を講じてもらう。さすがに父上の言葉は無視できないはずだ。時間はかかるかもしれないが……」

「お兄様……迷惑をかけて申し訳ありません。私も諦めずにお母様と話そうと思います」

「ああ。お前からも働きかけをしてみてくれ。ただ、無茶はするなよ」

「お兄様もですよ。お仕事も忙しいでしょうから、無理はしないでください」


 お兄様は城で働く文官でもあり、次期男爵家当主ということで忙しいだろう。更に家族の問題で煩わせることが本当に申し訳ない。


 お前が考えなかったからだと責められた方が、まだよかったのかもしれない。優しくされればされるほど、自分の至らなさが浮き彫りになる。


 少しは成長したような気がしたけれど、気がしただけだ。結局私はまだまだ足りない。


 お兄様はお母様に見つからないうちにと、部屋を出て行った。侍女がお茶を用意すると言っていたけれど、あれは方便だったそうだ。そういう言い訳で、お兄様が私と二人きりになれるようにと侍女に指示してくれていたらしい。これもお母様が侍女を罰しないための機転だったのだろう。結局、彼女はお兄様が扉を叩くまで入ってはこなかった。


 もう一人で入浴もできるし、着替えに人の手を借りることはない。お兄様が出て行った後はそう説明して侍女にも戻ってもらった。


 入浴を済ませると、明かりを消してベッドに横たわった。ずっとこの柔らかいベッドで寝ていたのになんだか落ち着かず、何度も体の位置を変える。クリストフ様の家の硬いベッドが恋しい。


 その上、部屋が広過ぎるのだ。誰の息吹も感じられない孤独で暗い部屋。真実を聞かされた後だから、より一層闇が深く感じる。じわりじわりと心の中まで侵食されていくような──。

 ぞくりと背筋が寒くなった。


「お母様がお母様じゃない、か……」


 暗い中で考えることは、どうしても後ろ向きになるから、考えない方がいいのかもしれない。それでも気分が昂って眠れないせいで考えずにはいられなかった。


 お兄様はレナーテ様が私の本当の母だと言っていた。そして、お兄様と私には血の繋がりがないのだと。


 ──ちょっと、待って。


 あの時は混乱していたから気づかなかった。だけど、お兄様は私の()()の話はしていなかった。


 もしかして、父親はお父様? だけど、それならお兄様とは半分でも血が繋がっているはず。お兄様は明言していなかったけれど、血が繋がっていないことを肯定していた。だとしたら──私の本当の父親は誰なの? 


 レナーテ様のこともわからないし、お母様がひた隠しにする意味もわからない。わからない尽くしで次から次に湧いてくる疑問。結局私は、まんじりとしないまま、朝を迎えたのだった。

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