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家族とは、という問いの答え

「出してやりたいのは山々なんだが、私が出してしまうと、私を部屋に入れてくれた侍女が罰せられてしまう。すまないが、しばらくは母上の言う通りにしてくれないか?」

「はい……ですが、それなら一つお願いしてもいいですか?」

「ああ、なんだ? 難しいことは無理だぞ」

「……クリストフ様に、お別れが言えなかったんです。せめて迷惑をかけたお詫びと、これまでのお礼を手紙にするので、渡してはもらえないでしょうか?」


 初めから最後まで振り回してしまったのに、私はちゃんとお礼もお詫びもできていない。直接会うことも叶わないのなら、せめてそれだけでもしたかった。きっとクリストフ様にとってはそれすらも腹立たしいことだろうけれど──。


 お兄様は苦笑した。


「もっと大変なことを言われるかと思っていたのだが。お前は本当に欲がないな」

「お兄様にはそう見えるんですか? 私は欲深いんです。住むところも、食べるものにも、着るものにも困らない。それなのに自由が欲しいと思ってしまった。私は贅沢です。だからお母様は私を罰するのかもしれません」


 私は目を伏せた。

 恵まれているのはわかっている。それを幸せだと感じているのに、どこか心が空虚で。その穴を埋めるものが欲しかった。それが自由だったのかもしれない。


 お兄様は目を見開いたかと思うと、顔を歪めた。


「……お前は当たり前のことを願っているだけだろう。私はこの男爵家の次期当主という立場に縛られてはいるが、次期当主としてこの家をどうやって栄えさせるか、その裁量は私に任されている。一見不自由に見える私にも自由があるんだ。それなのに、お前は貴族の娘でありながらも責任は果たさなくてもいいと立場的には縛られなかった。だが、実質は甘やかすという名目で、母上の操り人形だ。お前はようやく自我を持って母上の支配から抜け出したいと思ったんだろう? お前は平民になって大変なことがあっても、母上に泣きつくことはしなかった。義務を果たしているのだから、権利を主張してもいいはずだ」

「お兄様……」


 肯定してもらえるとは思わず、私は言葉を失った。目頭が熱くなるのをぐっと堪えた。恐らく変な顔になっていたのだろう。お兄様が苦笑する。


「そんな顔するくらいなら泣いてしまえ。お前にとって辛い事実を突きつけられたんだ。誰も責めやしない」

「……駄目です。泣いている暇があったらちゃんと考えて動かないと。せっかくクリストフ様が教えてくれたんです。それを無駄にしたくはないんです」


 お兄様はまじまじと私を見て、ため息をついた。


「そうか、お前はクリストフが好きなんだな……」

「もちろんです。お兄様のことも好きですよ? お兄様は私のことを嫌いかもしれませんが」

「いやいや、そういう意味ではなくて……。いや、それもだが、どうして私がお前を嫌いなんだ?」

「だって、お兄様は私を馬鹿にしていたでしょう? お母様はだから私を庇ってくれていたんです」


 私がそう言うと、お兄様は頭を抱えてしまった。


「違うだろう……。お前が甘やかされて母上にばかり懐いていたから、私は母上を諌めただけだ。お前を馬鹿にするような態度をとってしまったのは、馬鹿にされたことを悔しく思えば、お前が学ぼうと思えるようになるんじゃないかと……」


 ──クリストフ様の言う通りだった。


 私はやっぱり物事の上辺しか見てこなかった。こうして話せば理解できたことも、わからなくてもいいからと、お母様の言うことを盲目的に信じてきたのだ。


 情けなくて項垂れることしかできなかった。


「……お兄様、本当に申し訳ありません。お兄様も私のことを思ってくれていたのに……」

「……いいんだ。お前がそうなるように仕向けたのは母上だ。言うなれば刷り込みのようなものだろう。だが、忘れないでくれ。私もお前の味方だからな」


 お兄様は笑って私の頭を撫でてくれた。


「でも、私はお兄様の本当の妹じゃなくて」

「本当の妹、ね。血が繋がってないからか?」


 お兄様に問われ、わかっていても事実を確認されるのは辛くて、目を伏せたまま頷いた。お兄様は私の頭に手を乗せたまま、更に問いを重ねる。


「じゃあ、母上と父上は血が繋がっているのか?」

「……いいえ」

「そんな母上と父上は家族じゃないと思うか?」

「……思いません」

「じゃあどうしてお前は二人が家族だと思うんだ?」


 この問いは私には難しかった。家族が何なのか、私自身が知りたいのに。

 以前、クリストフ様にも私にとって家族はどんな存在かと聞かれたことを思い出した。あのときは考えることをやめて、わからないで済ませたけれど──。


 私が見たお父様とお母様はどうだった?

 どうして私は二人を家族だと思うのか?

 わからないなりに必死に考えを巡らせる。


「……信じ合っているから、ですか?」


 男爵家当主と、夫人という肩書きもあるからか、お父様とお母様はお互いを信頼し合っているように見える。私にはわからない仕事の話をしているのを見たことがあるのを思い出した。


 私が恐る恐る答えを告げると、お兄様は破顔した。


「お前はそう思うんだな。それがお前の答えだ」

「私の……答え?」

「意地悪な聞き方をしてすまなかったな。そもそもこの問いには正解なんてないんだ。その人その人で答えは変わるものだ。ちなみに私の答えは、姓が同じだから、だったな」


 お兄様の答えを聞いて、私は目を丸くする。そんな簡単なことだったのだ。


「私は次期当主として、合理的な判断をしなければならないときがあるから、こんな答えになった。情は大切だが、流されてはいけない。それが領民たちを苦しめることにもなりかねないからな。

 お前の答えは、人の繋がりの本質だと思う。血が繋がってなくても、心が繋がっているから二人は家族だと、そう思ったんだろう?

 だとしたら、血が繋がってなくてもこの家の者たちと家族になれるということじゃないか?」

「そう、ですね……。お兄様、ありがとうございます……!」


 方法は間違っていても私を守ろうと思ってくれるお母様も、こうして本当のことを教えてくれるお兄様も、血が繋がってなくても家族なのだ。厚かましいかもしれないけど、そう思いたい。


 興奮する私に、お兄様は目を細めた。


「だから、お前とクリストフだって、また家族になれるんじゃないか?」

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