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生きるために

 聞き間違いか、お兄様が思い違いをしているのだろう。信じられなかった私は、声を立てて笑った。


「つまらない冗談なのに、思わず笑っちゃったじゃないですか」


 これでお兄様も、嘘をついて悪かったと笑い飛ばしてくれるに違いない。だけどお兄様は渋面で首を振った。


「……冗談じゃない。本当のことだ。私は母上からそう聞いている」

「聞いて、いる、って」

「アレクシアも知っている。幼い頃に、私たちは母上からそう聞いているんだ。お前の実母であるレナーテ様は、暴漢に襲われたときに母上を庇って亡くなったそうだ」


 頭がぐわんぐわんとなって、耳鳴りがする。信じていたものが一気に崩れ去って、足元がふらついている気がするせいだろう。理解したくないのに、理解してしまっている自分をどこか他人事のように受け止めていた。


 上半身がふらついた私を、お兄様は慌てて隣に来て支えてくれた。


「騙していたわけじゃない。母上に言われていたんだ。血が繋がっていようがいまいが、お前は妹だと。それにしては母上が過保護すぎるとは思っていたんだが、母上の目の前でレナーテ様が絶命したのだから、それもあり得るのかと何も言えなくてな……すまなかった」


 ──やっぱり本当なんだ。


 こうして真摯に謝ってくれるお兄様を前にして、まだ嘘だなんて思えなかった。お母様は本当のお母様ではないし、お兄様も、お姉様も、お父様も違うのだ。


 これまで孤独なんて感じたことがなかった。お母様に自由を制限されて、友人もいなくても、家族がいると知っていたからだ。それだけで、私は恵まれている、幸せだ、そう思えていた。


 だけど、私は最初から孤独だったのだ。お母様に偽物の家族を与えられて、疑うことも知らなかった。


「……私だけ、家族じゃなかった、そういうことだったんですね」

「違うだろう。お前も家族だから、お前が引け目を感じなくてもいいように敢えて伏せたんだ」


 お兄様は焦ったように言い募る。だけど、今の私にはお兄様の言葉は響かず、上滑りするだけだ。それに、お兄様もお母様と同じ──。どうしようもない怒りが溢れてくる。私はお兄様から体を離すと睨みつけた。


「だから、どうして私の気持ちを決めつけるのですか? 私だけが事実を知らないことが、余計に私を傷つけるとは思わないのですか⁈」


 お兄様は目を見開いた。これまで私は怒らないようにしていたからだろう。それからお兄様は頭を下げた。


「……すまなかった」


 すっと感情の波が引いていく。私が望んでいたのは、お兄様の謝罪じゃなかったのに。怒りが引いたら残るのは罪悪感だった。これまで育ててもらっておいて、ひどい言い草だった。謝るべきは私の方だ。


「謝るのは私の方です。申し訳ありませんでした。お兄様は悪くないのに……。どうしてもお母様の考えが理解できなかったんです。私のためだって、平民であるクリストフ様に嫁がせたのに、家事は駄目だと言うし。クリストフ様は自分で考えて動けるようになれと言うのに、お母様は余計なことは考えずに従えばいいと言うし……。それは私がお母様の子どもじゃないからなのですか?」

「それは……私にもわからない。ただ、今の母上は間違っていると思う。ただ闇雲に守るんだと言われても、今のお前は納得できないだろう?」

「……はい」


 お母様の言う通りにしていたら、私はこの家を出て独りで生きていけない。いつまでも誰かが守ってくれるわけじゃない。独りでも生きてきたクリストフ様と一緒に暮らしてきたからわかる。


 もし、独りになっても困らないように、孤児院でも生きていくための術を教えられるとクリストフ様は話していた。それが親心なのだと。だとしたら今のお母様はどんな気持ちで私に強いるのか。それを知らなければならない。


 血が繋がらなかったという事実は衝撃だったし、辛い。それでも、私はこれから先、()()()ために前に進むと決めた。


 死んだように生きるくらいなら、傷つきながらでも前に進む方がずっといい。目が覚めた。お母様が本当の母ではないと知ったことで、いろいろな意味で吹っ切れたのだと思う。事実は変えられないのだから──。


「それで、私はお母様の考えを知るためにもレナーテ様のことを知りたいのですが、他に知っていることはありますか?」


 泣くどころか、表情を改めた私に、お兄様は目を丸くしている。


「もっと、怒るか泣いたりするかと思っていたんだが……。一体どうしたんだ?」

「……クリストフ様と暮らして知ったんです。最初の頃、クリストフ様に勝手にしろと突き放されたことがあって、私はずっと泣いてクリストフ様が帰ってくるのを待ってました。この屋敷だったら、泣いていたら誰かがすぐに気づいてあやしてくれました。だけど、クリストフ様は……」

「ああ、あいつなら放っておきそうだな。甘えるな、とでも言われたか?」


 お兄様にはお見通しで苦笑している。私は頷いて続けた。


「でも、できなくても頑張ったな、と言ってくれたし、できたらよくやったと褒めてくれたんです。泣いても何も変わらないのなら、できることをしようってクリストフ様が思わせてくれたんです」

「そうか……。母上にごり押しされた縁談で嫌がっているのかと思ったが、お前のためになっていたんだな」


 お兄様は嬉しそうに笑ってくれた。だけど、次の瞬間顔を曇らせた。


「なのに、今度は別れさせるなんてな……。本当に母上は何がしたいのか……っと、すまない。話がずれたな。レナーテ様のことで知っていること、だったか。私もよくは知らないんだ。役に立たなくてすまないな」

「いえ、お兄様。教えていただき、ありがとうございます。実は知っていそうな方に心当たりがあるのですが、ここから出してもらえそうにないから行けなくて……」

「そうだな……。私も母上にやり過ぎだと言ったのだが、あなたには関係ないの一点張りでな。お前の部屋へ来ることすら駄目だと言われてしまったよ」

「え……じゃあ、どうして」

「ここにいるのか、だろう? 新しい侍女は、母上か私かどちらかにとお前が言ったから、私に声をかけてくれたというわけだ。母上は現在忙しすぎて、侍女に私は入れないようにということを説明するのを忘れていたんだろうな」


 お兄様は悪戯が成功したかのように口角を上げた。

ちょっと中途半端ですが、長くなるので分けます。

すみません。

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