わかり始める真実
考えが甘かった。そう思わされたのは、夕食時のこと。
これまでは、食事は家族でとっていたというのに、今回は部屋に食事が運ばれてきた。しかも、ご丁寧にナイフを使わなくてもいいメニューだ。
お母様から私を傷つける意図は感じられない。ただただ、私を何かから守ろうとするだけ。もしかしたら私が傷つけられることを恐れているのかもしれない。だけど、一体何から──?
それに、レナーテ様だ。私とそっくりな方で、お母様も私ではなくその方に話しかけているようだった。一体誰なのだろう。
あまりにもすることが無さすぎて、思考がずっとループしている。どうにかしてクリストフ様に連絡を取れないだろうか、と考えてはたと気づいた。
──またクリストフ様に助けてもらおうとしてる。
クリストフ様は私を嫌っていた。きっとこうなって喜んでいるに違いない。そう考えて胸の痛みを誤魔化すように服の胸元を掴んだ。私も離縁でいいと言ったのに、こうして離れて会えなくなってから嫌だなんて言えるわけがない。
私がもっと考えることに向き合っていたら。
自分やお母様がおかしいことに気づけていたら。
次から次に押し寄せる後悔に飲み込まれてしまいそうになる。その後悔に完全に飲み込まれてしまったら、後はもう絶望しかない気がして身震いをした。
お母様が私のためだと言っても、私はこんなことは望んでいない。希望を捨てずに私は私にできることをする。
クリストフ様のことは今は考えないと頭を振った。
食事が終わった頃を見計らって食器を下げにきた侍女に、「お母様と会いたい。それが駄目ならお兄様と会わせて。そう伝えて欲しいの」とお願いした。この侍女は、私が嫁ぐ前についていてくれた女性ではなかった。以前の侍女と私がいい関係だったからだろう。私が、出してとわがままを言いかねなくて、絆されるかもしれないと思われたのだろうか。わざわざ外したところにお母様の本気を感じさせられた。
侍女は少し悩んだようだった。だけど「……承知いたしました」と部屋を後にした。そこからはすごく時間が長く感じた。少しでも早く返事が来ないかと今か今かと待ち侘びる。
やがて、コンコンと微かなノックの音がして、急いで扉に駆け寄った。
「どうだった⁈」
ガチャリと鍵を開ける音がして扉が開き、相手を確認もせずに詰め寄ると、なぜか抱きしめられた。
「慌てるのはわかるが、ちゃんと相手を確認しような」
苦笑混じりの優しい声音。私は相手の胸元に顔を埋めた。
「お兄様っ、お母様が……っ」
お兄様に会ったら、ここから出たいと訴えるつもりだった。だけど、心の整理がつかなくてうまく言葉にならない。
お兄様は私が落ち着くまで、背中を叩いてくれていた。嫌われていると思っていたのに、その手は優しい。しばらくそうしていたら少しずつ落ち着いてきた。
「……お兄様、聞いて欲しいことがあるんです」
「ああ。わかってる。とりあえず座らないか?」
お兄様に促されて、部屋にあるソファに向かい合って座った。侍女は「お茶をお持ちします」と、部屋を出ると鍵をかけて行った。それを見たお兄様の顔が険しくなる。
「……本当に母上は何を考えているんだ。こんなのやり過ぎだろう」
「……お兄様も、おかしいと思いますか?」
「当たり前だ。里帰りした娘を問答無用で離縁させて軟禁する。そんな馬鹿な話があるか」
お兄様は怒りもあらわに吐き捨てた。
「お母様は……私を何かから守りたいと言ってました。それに、私のことをレナーテって……」
「それは……本当に母上が言ったのか? その名前を? お前の聞き間違いじゃなくてか?」
お兄様は信じられないようで、何度も確認する。だけど、確かにそう言った。その名前を聞くのは二度目だったから間違いない。
「はい。確かに……。それに、クリストフ様と街に買い物に行ったときも同じように、知らない方にレナーテ様と話しかけられたんです。クリストフ様はその方を知らないけれど、お母様なら知っているだろうと言ってました」
「そうか……」
お兄様は俯いてしばらく黙り込んでいた。沈黙が痛いけれど、黙ってお兄様の言葉を待つ。やがてお兄様は俯いたまま、私に尋ねてきた。
「……お前は、そのレナーテという女性のことを知りたいのか?」
「はい。きっと、お母様を理解するためには知らなくてはいけないことだと思うんです」
「それを知ることでお前が傷つくことになっても……?」
お兄様は顔を上げた。射抜くような視線は、嘘を許さないとでも言いたげだ。だけど、私は迷わない。
「それでもです」
しばらく睨み合った。私が折れないとわかると、お兄様は真剣な顔で頷いた。
「……わかった。それなら私が知りうることを話す。だが、母上に悟られるな。それができないなら話さない」
「どうして悟られてはいけないんですか?」
「母上は話さなかったんだろう? それはどうしても隠し通したいからだと思う。お前を傷つけないためなんだろうが……」
「……わかりました。約束します」
できるかどうかはわからないけれど、気持ちの上では嘘偽りない。やりもしないうちから諦めるな、これもクリストフ様の教えだ。
「……レナーテというのは、母上の遠縁の娘で、この家に嫁いできた当時の侍女だった。二人は仲が良かったらしい」
「そう、なんですか。それなら、私と似ていてもおかしくはありませんね」
「ああ……」
お兄様の返事は、同意しながらもどこか歯切れが悪かった。それに、お兄様の態度が腑に落ちなかった。ただお母様の親戚で侍女だったという事実を告げるにしては、お兄様の纏う空気は重苦しい。
お兄様は続けた。
「……それだけでは、その人と間違えるくらいお前がそっくりになるわけがないだろう。その人がお前の産みの母だ」




