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難しいことは考えない

 クリストフ様との結婚が決まったけれど、その前に婚約期間が設けられることになった。私が貴族だから即結婚とはならないようだ。とはいえ、結婚すれば私は貴族籍を抜けることになる。この結婚は政略になり得ないからだ。


 結婚が決まった後すぐ、それでいいのとお母様に尋ねたら、『あなたが幸せになればそれでいいの』と言ってくれた。お姉様はもう嫁いでこの屋敷にはおらず、残ったお兄様はお母様の言葉を黙って聞いていた。どうして頷いてくれなかったのかはわからなかったけれど、きっとお母様と同じ気持ちなのだろう。それなら私はみんなが望む通りにクリストフ様に嫁いで幸せになるだけだ。みんなの気持ちが嬉しくて思わず顔が綻んでしまった。


 ◇


 婚約した翌日、クリストフ様は男爵邸へやってきた。今日は仕事が休みらしい。春になり暖かい日差しが降り注ぐ庭園で、私たちは二人だけのお茶会を楽しむことにした。抜けるような青空で空気も美味しい。そのせいか、ついついお茶菓子に手が伸びる。お客様そっちのけで食べる私に、クリストフ様は小さく嘆息すると口火を切った。


「……それで結婚式はどうするんだ?」


 クリストフ様の言葉に目を瞬かせた。どうするとはどういうことなのか。私が誤魔化すように笑みを浮かべて首を傾げると、クリストフ様の眉間に皺が寄った。


「招待客や結婚式のドレスに装飾品、決めることはたくさんあるだろう」


 そう言われて私はお茶菓子をつまむ手を止めた。私にはクリストフ様が何故そんなことを言うのかわからない。だって──。


「それは私のすることではないでしょう?」


 お母様は言っていた。私は賢くないから周囲の人にやってもらいなさいと。頑張ってやってみても、いつも私がするとしっちゃかめっちゃかになって、尻拭いが大変になるそうだ。だから初めから手を出してはいけない。


 クリストフ様は目を瞑ると、拳を握りこめかみを揉み始めた。


「あなたの仕事だろう。自分の結婚式だとわかっているのか?」

「ええ。わかっています」


 わかっているけど私の仕事にしては駄目。誰かにやってもらわないと、と考えて閃いた。


「それならクリストフ様もそうですよね。あなたの結婚式でもあるのですからクリストフ様が決めればいいのではないですか?」


 きっと私よりもできるはず。我ながらいい提案をしたと手を叩いて笑顔を向けると、クリストフ様は半眼で私を見ていた。


「……貴族の場合、女主人がするものじゃないのか?」

「そうですね。ただ、私はできません。だからこそ、あなたと結婚して貴族籍を抜けるんですから」

「……話にならないな。それならいっそ結婚式をしないようにするか」

「ああ! それはいいですね。クリストフ様もお忙しいでしょうし、そうしましょう」


 すると、クリストフ様は重いため息をついた。


「そんなわけにはいかないだろう。ああ言えばさすがに自分がやるとでも言い出すかと思いきや……」

「どうしてそんなわけにいかないのですか?」


 クリストフ様は平民で、私も平民になる。お披露目をしないことで誰に迷惑をかけるというのだろうか。またもや首を傾げる私に、クリストフ様は肩を落として説明をしてくれた。


「俺は平民とはいえ、騎士団に所属している。魔獣退治なり、敵国との戦いなりで戦功を上げれば叙勲もあり得るだろう。一代限りかもしれないが叙爵される者も騎士団にはいる。俺にも一応社会的な立場があるということをわかっているか?」

「社会的な立場?」


 鸚鵡返しをすると、クリストフ様は肩を落として首を左右に振った。クリストフ様の言いたいことがわからなくて、説明を促すように笑顔でクリストフ様を見る。わからない時はお母様がそうするといいと教えてくれた。そうすれば相手が絆されて教えてくれるそうだ。


 だけど、一向にクリストフ様は顔を顰めたまま教えてくれない。どうしてクリストフ様には通じないのか。うんうん唸ってしばらく考えていたら、お母様の言葉を思い出した。


「ああ、そうね。私はわからなくてもいいのだわ。だってクリストフ様がやってくれるってお母様は言っていたもの。私には関係ないから説明は無駄なのね」

「どういうことだ」


 クリストフ様は怪訝な顔になった。どういうことと言われても、何がどういうことなのかわからない。

 しばらく黙って見つめ合っていたら、クリストフ様は何かに気づいたのか、目を見開いて立ち上がった。


「そうか! 初めから俺に押し付けるつもりで……。くそっ……。俺が断れないとわかっていて……!」


 私にはクリストフ様が何を言いたいのか、わからなかった。ただ何かを押し付けられたのだとしか。


「それで結婚式はどうしますか?」

「……わかった。二人で決めよう……」


 クリストフ様は再び席に着いた。勢いよく立ち上がったかと思えば力なく座る。忙しない方だ。

 何にせよ、一人ではないのならきっと大丈夫だろう。


「よろしくお願いしますね」

「……ああ」


 クリストフ様は頷きながら目を逸らした。それが何故なのかもまた私にはわからない。


 わからないことばかりで大丈夫なのかと不安になる。だけど、そんな時はお母様の言葉を思い出すようにしている。『あなたは難しいことは考えなくてもいいのよ』という言葉を──。

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