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心が揺れ動くのは

 そうしてクリストフ様に連れられてやってきたのは、一軒の小さなお店だった。店内は女性客でひしめき合っていて、唯一の男性であるクリストフ様は目立っている。


「ここは……?」

「雑貨屋だ。お前、実家から持ってきた物しかないんだろう? その、髪留めとか、櫛とか、エプロンなんかがあった方がいいんじゃないのか?」


 ぐるりと見回すと、クリストフ様が言った通り、髪留めや櫛、エプロン、その他にもブローチやブレスレットなどが所狭しと置いてあった。


 だけど、いずれ実家に帰る私には必要のないものだ。その気持ちだけで嬉しくて、笑顔で首を振った。


「いえ。私はいずれ実家に帰りますから。いただいても……」

「だが、それまでの間、困るんじゃないか? 髪をまとめた方が動きやすいだろうし、服だって濡れるし汚れるからエプロンはあった方がいいだろう」

「ないならないで構いません」


 欲しいという気持ちはとうの昔に消え去った。外に行く機会もなかったし、見なければ欲しいという気持ちは無くなるものだ。


 クリストフ様は眉を顰めてしばらく私の顔をじっと見ていた。それから小さくため息をつくと、私の手を離し、女性の間をかいくぐっていろいろと物色し始めた。もしかしてクリストフ様が使うんだろうかと、想像して笑ってしまった。


「ほら」


 戻ってきたクリストフ様に琥珀色の髪留めを渡された。笑いをおさめて顔を上げると、クリストフ様は仏頂面になっている。


「クリストフ様が使うのですか?」

「そんなわけないだろうが! お前が使うんだ。これでいいか?」

「え、でも」

「気に入らないんじゃないなら使え」


 いいのだろうかと思いながらも、頷いた。何だかんだ言いながらもクリストフ様は面倒見がいい。少し赤い顔が可愛くて、顔が綻んでしまった。


「ありがとうございます。大切にしますね」

「ああ。だけど使ってくれ。物は使ってこそだからな」


 クリストフ様はそう言って私の手から髪留めを取ると、今度はエプロンの方へ行く。藍色の質素なエプロンを手に取って、今度はお金を払いに行ってしまった。男性でもおかしくない色味を選んだところを見ると、きっとクリストフ様が使うのだろう。近くにあった白いフリルのエプロンを付けたクリストフ様を想像して思わず吹き出してしまった。


「何か面白いものでもあるのか?」


 そこにクリストフ様が戻ってきたものだから、余計におかしくて笑いが止まらない。


「……っ、いえ、な、なんでもありませんっ」

「変な奴だな。まあ、いい。それじゃあ、次に行くぞ」


 またクリストフ様に手を繋がれて、足早に店を後にした。クリストフ様は、よほど居心地が悪かったらしい。


 ◇


「嫌いなのに、どうしてこんなに親切にしてくださるんですか?」


 のんびりと食料品のお店へ向かう途中で聞いてみた。贅沢はさせられないという割に、必要だからと与えてくれるのは何故なのか気になったのだ。


「そうだな……。まあ、お前の実家のことを考えたら、お前を虐げたりすると後が恐ろしいのが一つ。あと、お前があまりにも危なっかしいからだな。放っておいたらその辺で野垂れ死にしそうで寝覚めが悪い」

「危なっかしいって何がですか?」

「……自覚はやっぱりないか。お前、この辺を歩いてみて、何か気づかないか?」


 クリストフ様に聞かれて、周囲を見渡してみた。だけど、特に変わったことはないように見える。人通りが多いのと、馬車が行き交っていて、賑やかだと思うくらいだ。


「特にはありませんが……」

「通行人の身なりとか、あの路地裏とか見てみろ。それでもわからないか? この辺はスラムに近い。隙を見せたら物盗りにやられるし、路地裏にでも連れ込まれたりしたら娼館行きか、奴隷落ちだ。今はお前も平民らしい服装だから目をつけられにくいかもしれないが、もし騙されでもしてついて行ってみろ。死ぬよりも辛い目に遭わされるぞ」

「そんな……」


 予想だにしなかった言葉に言葉を失ってしまった。お母様が言う通り、外の世界はやっぱり危ないのだ。娼館がどんなところかもわからないし、奴隷の扱いがどんなものかも想像はつかない。それでも、クリストフ様が言う死ぬよりも辛い目という言葉に背筋が寒くなった。


「だから、ちゃんと覚えて、危ないところには近寄らないようにしろ。もし絡まれたら大声で助けを呼べ。わかったか?」

「……それなら外に出なければいいのではありませんか?」

「それだと生活ができないだろうが。貴族だったら、服を仕立てるにも仕立て屋が屋敷まで来るだろうし、食料品もまとまった量を買い付けるから配達をしてくれる。俺たちみたいな少人数で生活する、裕福ではない平民は、自分たちで安いものを探して歩くんだよ」

「クリストフ様は怖くないんですか?」

「俺はずっとここで生活してきたからな。危ない場所はわかるし、騎士団員でもあるから、滅多なことでは喧嘩は売られない。まあ、お前もあと少しの辛抱だろうから。俺と別れたら実家に帰るんだろう? それまでの間だけ気をつけるようにすればいい」


 ──辛抱?


 私はこの生活を嫌がっているんだろうか。いえ、それは違う。確かに辛いこともあるけれど、楽しいこともあった。これまで生きてきて、こんなに心が揺れ動くのは初めてかもしれない。それだけ外は多くの刺激があるということ。


 実家に帰りたいという思いはある。だけど、これまでと同じように、閉じた世界で暮らしたいとは思わなくなっていた。もし帰るとしても、これからは自分でできることは自分でやるようにしよう、そう決めたのだった。

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