クリストフとの話・2
話が変わってしまった。そうじゃなくて。私はクリストフ様のことが知りたいんだった。
「それは置いておいて。クリストフ様は、どうして騎士になったんですか?」
俯いているクリストフ様に尋ねると、クリストフ様はゆっくりと顔を上げた。
「……父の影響だろうな。俺が子どもの頃に亡くなったが、父も騎士だった。体が大きい人だったことは覚えている。母は俺を産んですぐに亡くなったらしく、父が一人で育ててくれていたそうだ」
「そうなんですか……。大変だったんですね」
私には両親がいるから、クリストフ様がどんな風に生きてきたのか想像もつかない。相槌を打ったらクリストフ様は鼻で笑った。
「大変? 言うだけなら簡単だよな。俺にとってはそれが当たり前なだけだ。口先だけで同情されたところで嬉しくもなんともない」
「申し訳ありません、そんなつもりでは……」
「ないだろうな。わからないから簡単に、俺の人生をそうやって片付けられるんだろう。そこにどんな思いがあるかなんてわかろうともしないで。お前は恵まれているから仕方ないんだろうが」
怒らせてしまったのだろうか。だけど、どう答えるればよかったのかわからないのだ。私には深い話をする相手なんていなかった。申し訳なさに頭を下げると、「悪かった」と頭上から声が聞こえた。
「言い過ぎた。俺がいた孤児院に、貴族が慰問に来ていたんだが、可哀想だとか大変だとか言われてうんざりしていたんだ。綺麗に着飾って上から目線で同情されればされるほど、こっちは惨めな気持ちになるってわからないんだろうな。俺は、無いなら無いで、諦めることを覚えた。なのに、手に入らないものを目の前で見せつけられるんだ。しかも、やっぱり手には入らない。俺は捻くれた子どもだったから、それが嫌味に見えて腹が立った」
「ああ、それはわかります……」
私もそうだった。
家に篭りきりの私と違って、お姉様やお兄様は、友人ができて楽しそうに出かけて行った。その時に必要だからと新しいドレスや装飾品を買ってもらっているのを見て、どうして私は二人と違うのかと最初は思ったものだ。
駄々をこねると、お母様が悲しそうに「これもあなたのためなのよ」と言うから、言うのをやめた。お母様の辛そうな顔を見る方が辛かったから。
欲しいものを欲しいと思えば思うほど、手に入らないと知って落胆する。その気持ちは私にも覚えがある。
クリストフ様は意外そうに眉を上げた。
「お前も? 恵まれてたんじゃないのか?」
──あなたは恵まれてるから。
お母様の言葉が蘇る。繰り返し言い聞かせられてきたのだ。無意識に浮かび上がるくらいに。
恵まれているから欲しがってはいけない。欲しがらないためにはどうすればいいか。初めから目を向けなければいいのだ。そうすれば、今あるもので満足できるから。
「……恵まれているって、何でしょうね。与えられているのだから、それに満足しなきゃいけないんですか? それ以外のものを望んだら贅沢なんですか?」
「それはお前にも欲しいものがあるということか?」
クリストフ様は嫌そうに顔を顰める。クリストフ様からすると、私は充分過ぎるほど恵まれているから贅沢に見えるのだろう。私自身もそう思う。
私はどこか後ろめたい気持ちで、目を伏せる。
「……お母様の気持ちを知りたいんです。どうして私はお兄様やお姉様と同じではいけなかったのか。恵まれているのだからわがままを言ってはいけない、そう思っていましたけど……」
「気づいたのか」
「……はい。ナイフや包丁を使えるようになったと言ったとき、お母様の顔色が変わりました。そんなことはしてはいけないと、未だに手紙も来ます。それに、お母様は……私とクリストフ様の離縁も考えているようです」
聞くや否や、クリストフ様は声を荒げた。
「……っ、ふざけるなよ! こっちが断れないのをわかっていて縁談を持ち込んだのはそっちだろうが! 誰が好き好んで……!」
その剣幕に私は目をみはった。好かれているとは思っていなかったけれど、これはきっと──。
「クリストフ様は、私のことが、嫌い、ですか……?」
ぐっと、クリストフ様は言葉を飲み込んだ。勢いのままに言葉をぶつけることはしたくなかったのだろう。しまった、という顔をしている。彼は顔を背けてぼそっと言った。
「……好きじゃないだけだ」
「嫌いとどう違うんですか?」
「どうでもいいだろう……」
「よくありません。じゃあ、クリストフ様は、離縁できるならしたいですか?」
自分が話せば話すほどに、身を切られるような痛みに苛まれる。それでも、私ははっきりさせたかった。だって、お母様は確かに言ったのだ。「クリストフ様となら幸せになれる」と。だけど、これではクリストフ様は不幸になるし、一緒にいる私もそんなクリストフ様を見て辛くなる。
じっとクリストフ様を見るけれど、何も言ってくれない。その沈黙が答えなのだろう。
「……わかりました。お母様に離縁できるか、聞いてみますね」
「あ、おい、ロスヴィータ……」
「いいんです。少しだけでも外の世界に触れて楽しかったので。お気になさらないでください」
意識して笑顔を作る。
そう。私は恵まれているのだから、多くを望んではいけない。少しの間でも、自分の力で何かができるということを知った。それだけで充分幸せだ。
──そう思わなければならない。
「それまでの間、我慢していただくことにはなりますが、ご指導をお願いします」
「……お前はそれでいいのか?」
「……はい」
お母様の言いつけに背いて難しいことを考えてしまったから、クリストフ様が私を嫌っていることに気づいてしまって、自ら幸せを手放そうとしているのかもしれない。
それでも、自分の幸せのためにクリストフ様を犠牲にしたいとは思わなかった。




