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クリストフとの話・1

 その日の夜。カチャカチャと食器が奏でる音だけが食卓に響く。まるで何も(しゃべ)るなと言われているようだ。向かいの無表情なクリストフ様に気後れしつつも、意を決して口を開いた。


「あのっ、クリストフ様に聞きたいことがあるんですが!」


 テーブルが小さいせいで距離も近いのに、思った以上に声が大きくなってしまい、クリストフ様が仰け反った。


「何だ? 話は聞くが、もう少し声を抑えてくれ」

「申し訳ありません。あのですね、クリストフ様のことを教えていただけないかと思いまして……」


 クリストフ様は眉を顰めた。もう見慣れてしまった表情だけど、こんなにも眉間に皺を寄せていたら、皺が戻らなくなりそうだ。


「俺のこと? そんなことを聞いてどうするんだ?」


 その口調もつっけんどんだ。これは怒っているというよりは不思議に思っているのだろう。そう思わないと、これ以上突っ込んで聞く勇気がなくなる。


「聞いてどうするではなくて、知らないから知りたいんです。私は何も知らなかったし、知ろうともしませんでした。だけど、それじゃあ駄目なんじゃないかと思って……」

「へえ、少しは考えるようになったんだな。それが俺のことというのが、よくわからないんだが」

「……今日、お兄様が来て話しました。それで気づいたんです。私はこれまでクリストフ様に個人的なことを聞いたことがなかったって」

「お前は俺に興味なかったんだから当たり前だろう。今だってそうだ。俺に興味が湧いたから聞いているわけじゃないだろう?」


 そう言われて言葉に詰まった。


 確かにそうだ。私はクリストフ様に興味が湧いたというよりは、お母様への違和感の正体を知るためにクリストフ様のことを知りたかった。頷くこともできずに黙り込むと、クリストフ様は苦笑する。


「嘘のつけない奴だな。それで、何が聞きたいんだ?」

「怒らないんですか?」

「お前がまた、お母様に聞けと言われた、とかふざけたことを言い出したら怒るつもりだったが。これはお前自身が自主的にやろうとしたことだろう? それなら別に。お前は悪巧みもできそうにないしな」

「悪巧み?」

「ああ。例えば、俺に隠している金があって、それを掠め取るとか、家を乗っ取るとかな。まあ、男爵家のお嬢様が俺の財産を狙う理由はないだろうが」


 クリストフ様の言葉をすぐには理解できなかった。まったく考えたことがなかったからだ。何度も噛み砕いて、少しずつ理解が追いついてきた。だけど、何故そう思うかまではやっぱりわからない。私も顔を顰めて首をひねる。


「考えたこともなかったんですが、何故そう思ったんですか?」

「だから例え話だと言っただろう。俺の話であっても、俺自身に興味がないのなら、俺に付随する何かに興味があると思ったからだ。となると、金か財産だろう?」


 だろう、と言われても。さも、それが当然だろうと言いたげなクリストフ様が余計にわからない。


「お金は確かに生きるために必要かもしれませんが、こうしてクリストフ様に養ってもらっているのに、どうして奪わないといけないんですか?」


 私の言葉に、クリストフ様の方が顔を顰める。


「俺が金を管理しているからだろう。自分の自由になる金があった方がお前だっていいんじゃないのか?」

「私がお金を持ったところで困りますよ。食材だって、生活に必要な物だってクリストフ様じゃないとわかりませんから」

「いや、でも、お前だって新しい服とか装飾品が欲しくなるだろう?」


 クリストフ様は、何故か前のめりで私に追及してくる。これには本気で首を傾げた。


「だからそれが何故なのかわかりません。私は庭くらいにしか行かないのに、何故新しい服や装飾品が必要になるんです?」

「は?」


 クリストフ様は目を丸くしている。それは私の方なのだけど。さっきからクリストフ様は、それが当然だと決めつけてくる。そんな風に私の気持ちも決めつけないで欲しいと考えて、また気づいた。


 ──お母様も同じだった。


 私がこうしたら幸せになる、それがあなたのためだと決めつけて、私の気持ちを聞いてくれていなかった。私は馬鹿だから、自分の意思を無視されていることにこれまで気づかなかった。


 クリストフ様に言われて少し不愉快になったのは、クリストフ様が知り合ったばかりの人だから。そんな人に私の何がわかるのか、という思いによるものだ。お母様は私が生まれた時から私を見てくれていたから、わかってくれていると思い込んでいた。だけどそれは違う。私を一番わかっているのは私自身。なんだか少し視界が開けた気がした。


 クリストフ様は私の言い分に納得いかないようで、まだ言い募る。


「いや、お前が外出したいと言わないから、てっきり自由に出歩いているのかと……。それに、女性は綺麗な物に惹かれるものなんじゃないのか?」

「え? 外に出ていいと言われていないのに勝手に出歩けませんよ。実家にいたときだって、屋敷からは出てはいけないと言われて、ほとんど出ることはありませんでしたし。それに……」


 お母様が、と言うとまた怒られるかもしれない。言葉に詰まってクリストフ様の表情をうかがった後、視線をさまよわせながら続けた。


「……お母様が、あなたは社交をしないのだから服も装飾品もそんなに必要ないって。世の中にはあなたよりもっと恵まれない人がいるのだから、欲しがってはいけないと言い聞かせられてきたので……」

「物を欲しがるな? どういうことだ?」


 クリストフ様は俯いてそう呟いた。私への問いというよりは、自分に問いかけているような小さな声。返事をするべきか悩んでいる間に、クリストフ様は顔を上げた。


「気づかなくて悪かった。次の休みの日にでも、一緒に街に行ってみるか?」

「え、でも……。私はお金を持っていませんし、欲しいものもありませんから」

「俺が金を出す。高価なものは無理だが。それに見るだけでも気分が変わるだろう。あと、俺が買い物に行けないときに、代わりに食材を買いに行ってくれると助かるから覚えて欲しい」

「そうですね。いずれは私が作るのだから、今のうちに材料を見ておいた方がいいかもしれませんね」


 できることが増えることを想像して、私は頬が緩むのを止められなかった。


「……本当に、甘やかされただけなのか?」


 反対に渋面になったクリストフ様が、また俯いて独りごちていた。

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