考えて動くこと
昼食は男爵邸で食べて、昼過ぎには家に帰ることにした。クリストフ様が何時に帰ってくるかわからないし、今日はクリストフ様に教わったことを一人でやってみたくなったのだ。家の合鍵はクリストフ様が用意してくれていたので、自由に出入りすることもできる。
お母様はしなくていいと言うけれど、家主であるクリストフ様はやれと言う。しかも、しなければ食事は食べられない。だとしたらやっぱりクリストフ様に従わないといけないのではないか、と思うようになったのだ。
それに──お母様は褒めてくれなかった。私だってやればできるところを見せたかった。頑張っていると認めて欲しかったのに。
反対にやる気になった私は、家に帰るとすぐに掃除に取り掛かった。ほうきの使い方は覚えたから、床を掃くのはお手のものだ。鼻歌混じりに廊下を掃き始めて気づいた。
「あ、上から埃を落とすのが最初だってクリストフ様が言っていたような……」
気づいてほうきをその辺に転がすと、はたきに持ち替えて埃を落としていく。そうすると今度は曇った窓ガラスが目に入ってきた。
「そうだった! 窓も拭かないと」
今度ははたきを放り投げて、布巾を水に濡らして拭き始める。窓から差し込む光が明るくなった気がして、夢中になって家中の窓を拭いて回る。そうするうちに、日が陰っていることに気づいた。
「夕方には洗濯物を入れないといけないのよね」
布巾をそのままにして、慌てて庭へ向かう。額の汗を拭きつつ、洗濯物を抱えて家の中へと戻った。畳み方も教わったので、言われたことを思い出しながら畳んでいく。我ながら上出来だ。
そこで時間に正確な私のお腹がぐうっと鳴って主張する。
「……夕食の準備をしないと」
料理に関してはあまり自信がない。でも、疲れて帰ってきたクリストフ様が用意してある夕食を見たら、元気が出るかもしれないと思って、やってみることにした。クリストフ様も、初めからやろうとしない私の態度が気に入らないと言っていたし。
難しいものはできないから、スープを作ってみよう。そう思い立った私は、台所へ急いだ。昨日クリストフ様と一緒に作ったスープに使った野菜を思い出しながら用意をする。二人分ならこのくらいだ、とクリストフ様が説明してくれていたおかげで、そこまではすんなりとできた。
次は皮を剥いて切るだけ……なのだけど、それが難しい。名前のわからない野菜の皮を剥いていく。クリストフ様にもっと薄く剥けと何度も言われたけれど、まだうまく剥けない。時間をかけて剥き終わった野菜は、ひと回り以上小さくなってしまった。その小さくなった野菜を、食べやすい大きさに切っていく。これまたバラバラの大きさになって思わず首を傾げてしまった。自分ではちゃんとやったつもりなのに。
まあ、なってしまったら仕方ない。次は鍋に入れて煮込む。これは簡単。あとは勝手に煮立ってくれるはずだから。
しばらくして鍋が吹きこぼれそうになったところで火を消した。
そこで、掃除が途中だったことに気がついた。続きをするべきか片付けるべきか悩んで、廊下をうろうろしていたら玄関の扉が開いた。
帰ってきたクリストフ様の顔が険しくなる。
「……何をしているんだ?」
悪いことをしていたわけじゃないけれど、全部が中途半端だから説明しても怒られそうだ。首をすくめて素直に謝ることしかできなかった。
「申し訳ありません……」
「いや、だから。俺は何をしているんだ、と聞いているだけだが」
「何って……掃除をしようと思ったんです。それで最初にほうきで掃いていたのですが、掃除は上からとクリストフ様が言っていたのを思い出してはたきで埃を落とすことにしたんです。そうしたら、窓が汚れていることに気づいて家中の窓を拭いていたら夕方になって洗濯物を入れて、夕食の準備をしていたら掃除を忘れてしまって……」
話しながらだんだん語尾が小さくなる。やっぱり怒られると目を瞑ってその時を待った。だけど──。
「……そうか。努力しようとした気持ちは伝わった。頑張ったな」
「え?」
聞こえてきた言葉が信じられなくて恐る恐る目を開くと、クリストフ様の口角は上がっていた。それに驚いて目をみはると、クリストフ様はまた顔を顰めてしまった。
「失礼だな。俺はやる前から諦める奴は嫌いだが、やってみてできなかったと反省できる奴は嫌いじゃない。だが、どうしたんだ? 帰ってくるのが早かったんだな」
それを言われて私は俯く。褒められると浮かれて行ったにもかかわらず、結局否定されて帰ってきたのだ。しかも、褒めてくれたのはクリストフ様の方だった。
頭に重さを感じてふと顔を上げると、クリストフ様と目が合った。置かれていたのはクリストフ様の手のようだ。じんわりと頭から温かさが伝わってくる。
「……とりあえず片付けるか。そうしたら夕食の準備をしよう」
「あ、そうでした。スープを作ってみたのですが……」
「そういえばそんなことも言っていたな。わかった。順番に片付けるぞ」
荷物を置いたクリストフ様の指示に従って、道具を片付け、夕食の準備をする。私はちゃんとスープを作ったつもりだったけれど、灰汁をとるのを忘れていたり、一番肝心な味付けを忘れたりと、やっぱりちゃんとできていなかった。
「……やっぱり駄目ですね、私」
「一度に全部やろうとするからだろう。一度に複数のことをこなすのは、俺だって難しい。まずは一つを完璧にできることを目指すようにしてみたらどうだ? それができればまた別の一つを、と増やしていけばいいと思うが」
スープだけではお腹が満たされないので、肉料理をもう一品クリストフ様と作りながら話す。
──やっぱりクリストフ様は、私の努力を否定しない。
できなくてもいいというお母様の言葉よりも、少しずつでもできるようになる道を示してくれるクリストフ様の言葉に、少しずつ私の心が傾いていくのを感じた。
お兄様やお姉様が、教育係に怒られつつも、褒められて嬉しそうにしていた気持ちがようやくわかった。
怒られないのはいいことかもしれない。だけど、怒られた分だけ頑張りを認められた嬉しさは、何もせずに褒められた時よりもずっと嬉しいものだ。
お母様の言いつけを破ることになっても、私は自分で考えて動くことをやめようとは思わなくなっていた。




