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閑話・知らされる事実(クリストフ視点)

 ロスヴィータを男爵邸へ送り、その足で王城へとやってきた。顔見知りの門番に挨拶し、敷地内にある訓練場へと向かう。ここまで来ると城に勤める多くの騎士や文官、下働きの者たちと行き交う。そのことに今日は心からホッとする。


 結婚して数日だというのに、ロスヴィータと二人きりの生活は思いのほか辛かった。ロスヴィータは何一つ自分でやろうとせず、少しでも躓けばすぐに助けを求めてくる。家が一番の憩いの場だったというのに今は苦行の場に成り果ててしまい、職場に来て癒されるというのは初めてだった。


 また家に帰れば始まるのか……。来たばかりなのに帰った後のことを考えて憂鬱になる。俯き加減で歩いていて、後ろから背中を叩かれた。


「今日から出勤らしいな。元気がないが休みボケか?」


 振り返る前に、声の主は俺の隣にやってきた。その顔を見て更に憂鬱になる。


「……おはようございます。義兄上(あにうえ)


 そう。ロスヴィータの兄であるエリーアスだった。彼も王城に勤める文官だからここにいてもおかしくはないが、まったく朝からついていない。エリーアス自体は嫌いではないが、あのロスヴィータの兄だと思うと、どうしても受け入れ難いものがあった。俺の内心に気付いたのか、エリーアスは苦笑する。


「不肖の妹が迷惑をかけてすまないな。母上が甘やかすものだからあんな性格になってしまって恥ずかしいのだが……」


 わかっているなら俺に押し付けるなと言いたい。だが、俺にそれを言えるわけがない。向こうは貴族、俺は平民の、それも孤児だ。向こうが与えてくださったことに感謝こそすれ、文句を言ってはいけない。それが身分というものだろう。


 エリーアスは何故かキョロキョロと視線を彷徨わせる。俺も釣られて周囲を伺うと人の気配がないことに気づいた。エリーアスは軽く頷くと、俺の方に顔を寄せて耳打ちする。


「……あいつは養女なんだ。書類もお前に見せず、こちらが勝手に手配してしまったから、お前は何も知らなかっただろう? 黙っていて本当にすまない」


 思わず足を止めた。驚きはあったが、それ以上にロスヴィータと対峙して持った違和感に納得した。表情を変えなかった俺にエリーアスは訝しむ。


「知っていたのか?」

「いえ……。それを聞いて納得しました。ロスヴィータの話を聞いていると、あいつ自身の出来が悪いというよりも、男爵夫人が出来が悪いと決めつけて何もさせようとしなかった印象があったので……」


 血が繋がっていないから、夫人はどう育てていいのかわからなかったのかもしれない。エリーアスとロスヴィータの姉であるアレクシアの評判は悪くないから、何故末娘だけがと不思議ではあったのだ。

 エリーアスはため息をつく。


「そうだろう? 私もそう思う。だが、母上はあいつを守るためだと言ってきかないんだ。我が母ながら頑固でね」

「守る、ですか」


 また違和感だ。男爵夫人がやろうとしていることは、どうしてもチグハグに感じる。平民に嫁がせるよりも、礼儀作法を見につけさせてお金や物に不自由のない貴族に嫁がせる方が、余程ロスヴィータのためにはならないのだろうか。


 考え込む俺をよそに、エリーアスは話を続ける。


「あいつの本当の母親は、母上の遠縁の娘で、男爵家に嫁いできた当時の侍女なんだ。ロスヴィータを産んだ後も母上の侍女をやっていたんだが、母上を襲おうとした暴漢から母上を庇って亡くなったそうだ。それで母上はロスヴィータに責任を感じているのもあるとは思うんだが……」

「そのことをあいつ、いえ、ロスヴィータは知っているんですか?」

「いや。ロスヴィータは知らないはずだ。私がそのことを知っているのは、アレクシアと一緒に母上から話を一度だけ聞いたからなんだ。その際に、血は繋がっていなくても実の兄妹だと思って接するようにということと、ロスヴィータが知ったら傷つくだろうから言わないようにと厳命されている。だから、お前も言うなよ」


 勝手に知らせておいて言うなよと言われても。逆らえないのをわかっていてやっているのならタチが悪い。あからさまにならないようにエリーアスを睨むと、エリーアスは苦笑した。


「悪いとは思っているよ。何も説明もなしにあいつを押しつけて。男爵家から平民のお前に結婚の打診なんてしたら、お前が断れないのをわかっていたのにな。しかも、ロスヴィータが断るかと思いきや、あいつは母上の言う通りにお前との結婚を承諾した。それでも私にとってはアレクシアと同じように可愛い妹ではあるんだ。あいつに腹が立つだろうことはわかる。私もそうだからな。だけど、そういった事情も含めてあいつを理解してやって欲しい。ようやく甘やかすだけの母上から離れられたんだ。これからがあいつの本当の人生だと思うから」

「……俺は嫁をもらったというよりも、子どもができた気持ちなのですが」


 不敬かもしれないが、少しばかり意趣返しをしてやりたくなった。


 家族愛。立派なものだ。だが、そんなものは自分たちでやればいい。無関係な人間を巻き込んで展開されたところで腹立たしいだけだ。ロスヴィータに同情はするが、今のあいつに好感なんて持ちようがない。


 エリーアスは笑う。


「正にそうだな。あいつを育て直してくれ。あいつは素直さがある分、まだ育てやすいと思うぞ」


 ……あの妹にしてこの兄ありか。嫌味が通じないのかと肩を落として首を左右に振る。


「何かあったら相談に乗るから。よろしく頼む。義弟(おとうと)よ」


 茶化すような口調でエリーアスは俺の肩を軽く叩く。その眼差しはどこか優しい。


「……だったらロスヴィータを引き取ってください」

「それは無理だ」


 エリーアスはそう言うと、笑いながら去って行った。


「何なんだ……くそっ」


 せめて仕事中は私生活のことを忘れようと、気合を入れ直して訓練場へ急いだのだった。

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