五
ドリアは熱かったけれどもおれは猫舌でもないし激アツと言う程でもないからさっさと食べ進められた。あいつに先に料理が来たがあいつの食べる速度は並でまだ半分食べたか食べないかくらいでありおれはさっききてもう半分食べたか食べないかくらいまできたのであり改めて自分の早食い加減を認めざるを得ないと同時にすこしあいつの食べる速度を測って調整しなくてはならないのだがいきなり速度を落としては不自然に思われはしないかと口に入れる前に息を吹きかけ冷ますふりをしてみるもさて先程まで大して熱くなさそうに食っていた男が冷ますふりをするほうが不自然に思われるし冷ますふりといってもいくらか冷めるのだから温度にかこつけて食べる速度を落とすのはいろいろと不合理であるというわけで食べては水に食べては水に手を伸ばしてみるのだが結局はそれが常套手段としてもはたから見れば怪しさ満載なのであってやっぱり満腹を装ってちびちび箸いやスプーンをすすめなくてはならないようだ。
といってもおれは空腹なのだしそもそもこういうファミレスのドリア一人前の量などたかが知れていてあいつもそうこうするうちに食べ終えたらしくもぞもぞ身の回り所持品を整えだしたのをみておれも料理の残りを二口で平らげ会計に備える。たがあいつなかなか立ち上がらずコップ半分もない水でねばってちびちびやっていやがるがおれは先程いつもの癖で食後一息に残りの水を飲んでしまってだからといって空の料理皿前にして水を頼むのは気がひけるのかほんとうにいやそうは思わないと店員を呼んで水を注いでもらったがこれまたさっさと飲んじまってあいつをみるとまだ飲んでいやがるしおいっ待っておいっ店員の野郎あいつに水を注ぎにいきやがったしあいつもあいつだどうして食べ終えたのにああどうもなんていって受け取ってしかも律儀に飲もうと思うのかああいう水は残してもいいんだよしかしあいつはまたちびちびコップの水に口をつけ始めその顔はどこか飽満の苦しさがみえるしおれはおれで苦しいのだというのも腹立ち紛れにまた店員を呼びつけて今度はピッチャーをもってこさせてガブガブあいつが席を立つまで飲んでいようと決心して尻を全然上げる素振りをみせなかったのがあいつはあいつでコップを空にするのと席を立つのをほとんど同時にしようさもなければ永遠に店員に水を注がれると思っているらしく周りをキョロキョロしだしてちょっとずつ店員と自分の座席の距離とコップの水量を測っているのである。
おれとあいつはいまコップいっぱいの水相手に悩みを抱えているわけであるがこれではあいつに目立って仕方がないではないかしかもあいつはいまになって周りをキョロキョロみているのであって当然あいつの視界におれはいるしくわえておれの様子は空の皿前にピッチャー片手に何度も何度もコップに注いでは飲んでを繰り返しているのだしその視線はそれとなくあいつに向かっているのだから気に止まらないほうがおかしいではないかしかしあいつより先に席を立ってはあいつの後をつけるという仕事を放棄することになるしどうしようかとおもっていたらそうだ尿意を使おう幸いあの量の水を飲んでトイレにたたないほうが不自然ではないかと便所にいって流石に用を足すふりはせず飲んですぐ来る尿意などないことにいまになって気づき先程の論理の欠陥に恥る心持ちが傾きかけたがこれからの追跡行を考えるとここでおしっこしておかないと面倒だと思われたのでそれではと便器に向かうと思いの外ジャージャーとでていくではないか。すっきり便所から出るとあいつはもう席におらずどこにいったとキョロキョロすると出口の鈴の音に顔を向けるとあいつの背がみえたと書くのも追跡中は背ばかりみていたがファミレスに入って一時的に中断されていたので。