小さくなった剣聖を魔王のワシに育てさせるな
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「ハーハッハ!いいぞ!もっとじゃ!ワシを早く殺してみろ剣聖ユキト!!」
「……言われなくともッ…貴女はここで倒します…!」
白く輝く剣を閃かせ、ユキトは魔王ヴィルデアに切りかかる。だが必死に食らいつくユキトに対して、ヴィルデアは黒髪を靡かせまるでダンスを踊るかのよう。露出の高い服も高いヒールも優雅にひらめく。ヴィルデアの闇のように黒い剣は、ユキトの剣戟を受け流しているが少しずつ余裕が無くなっていた。ヴィルデアの笑みが楽しさの余り深くなる。自分を楽しませる人間が現れた歓喜。ユキトの長い銀髪は汗や血で顔に張りつき、端正な顔や身体にある傷跡は数えられない。
魔王宮の最深部。今の代の勇者パーティーは歴史上でも指折りの強さだが、今代の魔王もまた最強と言われている。既に他のメンバーはヴィルデアに倒され、ユキト以外は気を失っている。ボロボロになりながら、ユキトが最後の砦として踏ん張っているが勝敗がつくのは時間の問題だ。
「楽しいなあ剣聖よ!ワシはこんなに楽しいのは生まれて初めてじゃ!!ほら、そんなに剣を振り上げていいのか?心臓がガラ空きじゃぞ!」
「ッ!」
ヴィルデアはユキトとの戦いを心底楽しんでいた。ぴりぴりする緊張感、少しでも気を抜けば命が奪われかねないスリルに身を焦がす。より強く激しい攻撃を戦いを求めている。根っからの戦闘狂なのだ。それもユキトには伝わっている。彼には楽しむゆとりなど無いのだが。
この戦いで少しずつ自分が強くなっているのを感じているユキトだが、まだヴィルデアを倒すには及ばない。しかし引く訳にはいかないのだ。王国民、いや、人類全ての念願がかかっているのだから。
「ユキト…!」
目覚めた勇者がユキトを見て悔しそうに呟く。勇者エリックは聖女シャルルを庇いやられてしまっていた。
「う…!」
「エリック、シャルル…!大丈夫…?」
エリックに続きシャルルも魔法使いのジーナも目覚めた。魔王の魔法相手に2人とも魔力が尽き攻撃をくらい、気絶してしまっていたのだ。
「ユキト!お仲間が目覚めたようじゃ!貴様らも早くこちらに来い!何のためにユキトと剣のみで遊んでやってると思っておるのじゃ!貴様らの得手をワシにぶつけてみよ!」
「遊んでいる…だと…!?」
ヴィルデアの言葉にエリックは絶望する。2人の戦いは、残る3人が入っていけるようなものではなかった。エリックもシャルルもジーナも国1番の実力を誇ったが、ヴィルデアとユキトの戦いは人外の境地だ。
「エリックさん!シャルルさん!ジーナさん!とにかく攻撃してください!私だけではもう持たない!!」
「でもッ…!」
ユキトの必死な言葉に、ジーナが言いかけて止める。ジーナの魔法はヴィルデアに全く歯が立たなかったのだ。
「ワシは何だって良いぞ!もっと楽しませろ!」
「そうだ…!2人とも耳をかせ…!」
エリックが2人に耳打ちする。一瞬驚いた顔をしたものの、2人はすぐに頷いた。
ジーナとシャルルは最後の力を振り絞り、エリックの剣に魔法をかける。
「魔王、お前は強い!だから我ら3人の全力を尽くす!」
エリックの勇者の聖剣が7色に輝く炎を纏う。
「まさかその魔法は!?」
ずっと笑っていたヴィルデアの顔に驚きが刻まれた。
「そうだ!聖女にしか使えない浄化魔法と、ジーナオリジナルの弱体魔法だ!!」
「浄化魔法は他の魔法と一緒に使えないはずじゃ!」
「ジーナを舐めるな!王国1の魔法使いなんだよ!」
「ハッ!じゃが勇者も長く剣を握っていられないじゃろう!?どちらの魔法も強く作用するのは魔族だけではない!」
「ああ、だからこうするのさ!」
エリックがヴィルデアに向かって剣を投げる。唯一魔王を滅することが出来るという伝説の剣は、7色の炎を靡かせて一直線に向かう。
ヴィルデアと鍔迫り合いをするユキトの背へと。
「待て待て待て!投げるならワシに投げろ!!ワシを倒せ!!ズレとるぞその位置じゃ!!」
「黙れ魔王め!!適当なことを言いやがって!!」
「大人しく滅しなさいませ!」
「アタシたちの奥義を喰らえ!!」
「節穴ノーコンたちめが!!」
ヴィルデアは目の前で必死に自分を押さえ込もうとするユキトに言う。
「おいユキトそこじゃオヌシに当たる!!ワシと場所代われ!!後ろ見ろ!!避けるんじゃ!」
「そう言って油断させる気でしょう!私をなめないでください!」
「おい!!ワシが当たりたいから言っとるんじゃ!!!!」
「冗談を言う余裕までありますかッ…!」
「畜生何で今なんじゃ!もう少し早く投げろ!ユキトが成長した今無理に位置代われんぞ!!」
「「「行けーーー!!!!!」」」
エリックとシャルルとジーナのぴったり揃った叫びが聞こえる。アツい。魔王に当たりさえすれば。
「馬鹿!!もう馬鹿野郎たちめ!!!!」
魔王の嘆きが響く。直後に真っ白な閃光と爆発音が魔王宮を満たした。
○○○
エリック、シャルル、ジーナは再び気絶していたようだ。目を覚ますと先程まで戦っていた魔王宮内の広間だった。だが、魔王もユキトも死体どころか影も形も無かった。
「魔王は…?」
「魔力は検知しない。ということは…」
「ええ、魔王は私たちが倒したのですわ。」
「「「やったーーーー!!!!」」」
3人は泣きながら喜び抱きしめ合う。長く苦しい旅と戦いの果てに、ようやく魔王を倒せたのだ。
「あれ?ユキトは?」
ジーナがようやくユキトがいないことに気づく。
「もしかして、私たちの攻撃を避けることが出来なかったのかしら…。」
「え!?巻き添えってこと!?」
「聞こえが悪いですわジーナさん。パーティメンバーの攻撃を避けることが出来ないユキトさんが悪いですわ。」
「…まあ、ユキトは鈍臭いところあったしねえ。」
「真面目くさって自分のルール押し付けるところもありましたわ。」
「ケチだしね!!時間もうるさいしマナーもちまちま言うし、それで男かよって感じだった。」
「そうそう!そのくせ外面良くするのがお上手で」
「待て待て。ユキトへの愚痴は一旦そこまでだ!アイツだって一応パーティメンバーだったんだ。惜しいやつを亡くし……いや!!惜しくないか!!!」
3人はどっと笑う。実は勇者パーティでユキトはずっと嫌われていた。剣聖としての強さは欲しいためパーティにいたが、ずっと仲間外れのようなものだった。王国から支払われる金や手に入れた宝物は3人で分配したし、正体を隠しつつ3人だけ高級宿に泊まりストレス発散に豪華な食事に酒池肉林していた。質素に人類のため身を切り戦うユキトと、名誉と金と欲望の為の3人だったのだ。
「俺たちの実情を知るやつも一緒に消えて丁度良かったか。王国に帰って報告するとしよう。魔王は俺たちが殺したってな!」
「そうしましょう。そうですわ、ちょっとだけ寄り道して…。」
シャルルがエリックの手をそっと自分の腰にまわす。
「あ!アタシだって!久しぶりなんだからあ!」
ジーナがエリックの腕に絡みつく。
「しょうがないなあ!!1泊…いや、3泊だけだぞ!」
「「はぁーい!」」
そうしてイチャつきながら3人は魔王宮を去っていった。
○○○
「馬鹿ではなくクズじゃったか…。」
無傷の魔王が姿を現す。
魔王は勇者たちに倒されていなかった。寸前で同等の闇魔法と強化魔法を混ぜてぶつけ相殺したのだ。
「……だが、まさかおヌシがこうなるのは誤算じゃったのう……。」
そうして抱えている子どもに目を落とす。2歳くらいだろうか。むちむちのほっぺや手足にさらさらの銀髪。今は穏やかな寝息をたてている。
ヴィルデアは無傷だったが、ユキトは勇者側と魔王側両方の魔法の余波を受けたようだ。それがどう混ざりあったかは分からないが、小さな子どもになってしまったらしい。今は大きくなってしまった服を、おくるみのようにまとっている。
「おヌシも剣聖なら結界の1つも張らんか!」
ヴィルデアの声にユキトが起きる。薄い水色の瞳がヴィルデアをとらえた。思わずヴィルデアは声を詰まらす。
「ッ…なんじゃ!泣くのか!泣け泣け!ワシはそういうの慣れとるんじゃ!」
びっとヴィルデアはユキトを指さす。
ヴィルデアは幼い頃からとんでもない魔力量と強さがあった。その上豊かな才能があった。両親からは血が繋がっているとは思えないほど厳しく育てられ、友も心を許せる者もいなかった。配下達も恐怖と力で縛っており信頼など露ほどもない。小さい子どもや弱い生き物などは、ヴィルデアを見かけただけで泣き気絶する程恐れられていた。
広い魔王宮にいるのもヴィルデアだけだ。ヴィルデアの身の回りの世話や魔王宮の維持や結界も、意思のないゴーレムとヴィルデアの魔力のみでまかなっている。
「…慣れとるんじゃ…。」
「…うぃ!」
ユキトはヴィルデアの指を握る。
驚いてヴィルデアはユキトを見つめた。その目には恐怖も敵意も無い。
「うぃううぇあ!」
ユキトがきゅっと力を入れる。
ぷくぷくの指は力を入れているが、痛くもなんともない。あの時の自分を楽しませた強さはどこにも無い。
何も言わず見つめるヴィルデアに、ユキトは顔をくしゃりとゆがませた。表情を変えないヴィルデアに、ユキトは今度は頬を膨らませたり目をきょろきょろさせる。
「…なんじゃ、元気づけてるつもりかの。」
「うぃう!」
ユキトはその呟きが聞こえているのかいないのか、不器用そうに口元を曲げた。
「おヌシ、それで笑ってるつもりか。」
「…あう。」
「下手くそな笑顔じゃな。」
「…あう。わあうわうぃあうわわ、うぇわおわ」
「フン、分からん分からん。頑張って話そうとしてることは伝わるがな。」
そもそも、ヴィルデアは剣を投げた後の勇者たちを殺すことは出来た。なのに何故しなかったのか。
魔法が炸裂した直後、小さくなったユキトを抱き上げてしまったのは何故なのか。
隠匿魔法は触れていないと発動出来ない。小さなユキトを彼らがどうするのか心配になったというのか。
「あ〜!ただの暇つぶしじゃからな!!またワシと遊ぶためじゃ!!育てたくて育てるんじゃないぞ!!仕方なくじゃ!!勇者たちが信頼できんからワシが情けをかけてやるだけじゃからな!!」
誰かに必死に弁明するようなヴィルデアに、分かっているのかいないのかユキトは真剣な顔で「あう。」と答えた。
○○○
ヴィルデアの子育てが始まった。
「メシは…人間は何を食うんじゃ?魔物の肉で良いのか?」
試しに普段自分が食べている焼かれた魔物の肉を目の前に置く。ユキトは一瞬戸惑ったものの、なんとか食べようと食らいつく。だが大きく硬い肉は一切ちぎれない。あうあうとしばらく格闘していたが、途中で諦めたように力尽きた。
「なんじゃ、硬いか?」
「あぶ。」
「早く言え。」
「ぶ…!」
ヴィルデアはさも当たり前のようにそう言うと、小さく肉を切り分け始めた。その顔には皮肉や嫌がらせなどは無い。子どものことをヴィルデアが知らないだけなのだ。
「ほれ。」
切り分けた肉をフォークに刺し、ユキトの目の前に出す。
「顔やら手やらおヌシ汚すじゃろ。カトラリーが使えるようになるまでワシが食わせてやる。ありがたく思え。」
「…あうあ。」
ユキトが遠慮がちに口にする。独特の風味と血の味が口いっぱいに広がり、硬さと必死に格闘する。小さな子どもには辛い食事だ。
「ユキト、美味いか?ワシの好物なんじゃ。小さいんじゃから遠慮なぞするな。」
ヴィルデアがにっこり笑う。その笑顔に応えようと、ユキトも不器用に口元を曲げ笑顔を作り、差し出された肉をなんとか食べ続ける。
裏ルートから人間の育児書を手に入れ、ユキトの食事に魔物肉が全く相応しくないことを知るのはもう少し先である。
○○○
「ほれ、ユキ寝るぞ。」
「あい。」
「トイレは大丈夫か。」
「…あい…!」
「今更じゃ。何度おヌシのオムツ変えたと思ってるんじゃ。」
恥ずかしさで顔を真っ赤にするユキトに、フンとヴィルデアは鼻で笑う。
1年経ち、ユキトは今4歳だ。大きな時の記憶や知識はあるらしく、意思疎通も前よりできるようになってきた。
ヴィルデアの部屋で2人は寝起きしている。ユキトは大人の意識はあっても子どもの身体に引っ張られるらしく、その方が世話しやすいからだ。
広いベッドは2人でもまだまだ余りある。ヴィルデアは布団をユキトにかけ自分も横に寝転がる。
「…子守唄でも歌ってやろうかの。」
「うた?」
「人間の本に、そうするとジョーソーキョーイクに良いと読んだんじゃ。それが何かは知らんが。」
「…じょーしょーきょーいうちょは、ちいしゃなこじょもに」
「まだそんな説明はおヌシには早いぞ。言葉がふわふわで分からん。もう少し経ってからじゃな。」
ぽんぽんとユキトのお腹を叩き口を開くが、少し逡巡した後ヴィルデアはそっと口を閉じた。照れたように寂しく少し笑う。
「…ワシ、子守唄なんぞ1つも知らなかったわ。」
「うぃる?」
「まあおヌシ大人じゃしな。無くても寝れるしな。早く寝ろ。」
布団に潜るヴィルデアに、ユキトはそっと頭を撫でた。
「…おーしゅきしゃーま、まりゅーいよじょらのおしゅーきしゃーま、あわいいーこじょもを」
「おヌシ音痴じゃ…。」
「…あう。」
「じゃが、悪くないな。」
「……おーしゅきしゃーま、まりゅーいよじょらの…」
先に眠ったのはユキトだった。ユキトに布団をかけ直し、ヴィルデアも眠った。
○○○
「おふろは、もうわたしだけではいれます!」
「馬鹿言うな!前も溺れかけたじゃろ!」
「だいじょうぶ!もうおとななので!」
「そんなぷくぷくほっぺで何が大人じゃ!冗談も休み休み言え!」
ユキトも今は6歳くらいだ。食事もカトラリーが満足に使えるようになり、会話も成り立つ。
「ははーん、さては恥ずかしいんじゃな?」
「いいじゃないですかべつに!」
「恥ずかしがるのは自由じゃが、それで死なれたら寝覚めが悪いんじゃ!1人風呂はもう少し経ってからじゃ!」
「シャワーでよいです!」
「疲れがとれんのじゃ!強さとは身体の健康からじゃ!」
「強さ…!」
ヴィルデアの言葉にハッとする。最近ヴィルデアがユキトに稽古をつけるようになったが、お遊びにすらなってない。
「そうじゃ。まだまだおヌシは全盛期には及ばんじゃろ?」
「はい…!」
「早く強くなるには、まずお風呂にしっかり入ることじゃ。」
「はい!」
「どうせあとちょっとしたら大丈夫じゃ。我慢せい。」
「はい!」
「なんかその良い返事は腹立つのう!」
2人は浴室へと向かう。
「おふろはしっかりはいったほうがよいんですよね?」
「そうじゃ。」
「では、きょうはあわあわのやつにしてもよいですか!しっかりはいるので!」
「良い良い。ものすごい泡のやつやってやろう。」
今日溺れかけたのは、はしゃぎ過ぎたヴィルデアだった。
○○○
ノックの音。扉が開き銀髪の美少年が入ってくる。
ユキトも今や12歳だ。とっくに部屋も風呂も別だし、自分の身の回りの事は出来る。逆にヴィルデアの食事や細々した世話などは、ユキトがやっているくらいだ。
「ヴィル。この本の記述を見てください。」
「なんじゃユキ。また小難しい本読みおって。」
「小難しいどころじゃなくて、死ぬほど難解ですよ。王国どころか世界で禁書になるレベルの秘術が書かれてます。」
「はーん、ワシにかかれば秒で出来るがな!出来ない魔法なかったからのう!」
「天才なんですね。」
「褒めても何もでんわい。」
軽口を叩きながら、ヴィルデアはユキトの指し示した場所を覗き込む。
そこには、若返りの魔法についてと老化の魔法についての記述があった。
「これは…!」
「これで私は大人に戻れます!もうヴィルの世話になることもない!」
嬉しそうに頬をバラ色にし、ユキトが微笑む。小さな頃の不器用な笑顔はどこへやら。美しく笑えるようになった。
「…そうか…。」
「…やっぱり、難しいですか?」
小首を傾げてヴィルデアを見上げる。仕草は可愛らしいが目に浮かぶ表情は大人だ。いつまでも子どもだと思っていた。共にいると思っていたが、ユキトの中身は大人だし戻りたいのは当たり前だ。
「…出来るに決まっとる。天才じゃから瞬きの間に終わる。」
「そうなんですね!!さすがヴィルです!!」
「……そうじゃよなあ……。」
「ヴィル、今何か言いました?」
「おヌシの世話しなくて良くなると思うと清々するわ!!」
強がってヴィルデアが毒づくと、ユキトは微笑んで言った。
「はい。私もやっとヴィルの世話にならずに済むと思うと嬉しいです。」
「……おヌシも馬鹿じゃ!!」
「え!?」
「勇者パーティは馬鹿の集まりじゃったんじゃ!ようやく分かったわ!!」
「…ヴィル?」
「……いつ戻りたいんじゃ?」
「…出来れば、今すぐにでも。」
ヴィルデアはその言葉を聞いて鼻の奥がツンとした。目がジクジクと痛む。この10年か、共に過ごしてきた。勝手に心通い、楽しく過ごしていると思っていた。そんなに世話になるのが嫌だったのか。一緒にいたくなかったのか。
自分が魔王だと忘れていた。恐れられる存在だと忘れていた。だがユキトの言葉でやっと思い出した。自分は孤独な存在であるべきなのだ。
「こんな思いをするなら、育てなきゃ良かったのう…。」
「え?」
ヴィルデアが、パチンと指を鳴らす。眩い光がユキトを包むと、魔王宮に挑んだ時と同じくらいの大人になっていた。だがあの時に顔や身体中にあった傷跡は無い。美しいままだった。
「出てけ。」
「ヴィル?」
「ユキなんて嫌いじゃ!あの時勇者に渡せば良かったんじゃ!いや、全員殺してそのままワシは1人で過ごせば良かったんじゃ!!」
「ヴィルどうしたんですか?」
「ワシともう一緒に居たくないから戻りたいんじゃろ!これでおさらばじゃ!!」
「聞いてくださいヴィル!」
「うるさい!!…そうか、魔王は倒さなきゃ帰れないのか?なら剣を持て。あの時の続きをしよう。あれは楽しかったからのう。」
「…私の話を聞いてくれませんか?」
「ワシに勝てたらいくらでも聞いてやるわ。ワシの生首にでも話しかけてろ!」
「ヴィル!そっちがその気なら勝たせていただきます!」
「ハン!稽古で1度も勝てたことが無いくせに!弱いくせに勝てるかのう!!」
「絶対に勝ちますよ。」
○○○
魔王宮広間で、10年前のように2人は切り結んでいた。
あの時と違い、ヴィルデアに笑顔はない。顔を歪ませ形振り構わずユキトへ攻撃を続けている。
「相変わらず弱いのう!とっとと降参して出て行け!」
「うるさいです!私は絶対に勝つので!」
「勝てる訳なかろうに!」
ヴィルデアの剣が振り下ろされる。その隙にユキトは懐に入ろうとするが、ヴィルデアの太刀筋が代わりユキトを凪払おうとする。バックステップで避け、今度はユキトが攻めに転じる。なかなかお互いに攻めきれない。倒せる程の隙がない。両者の実力は拮抗している。
10年前よりユキトは強くなっていた。剣を交わしながらユキトが叫ぶ。
「楽しいですか!?」
「なんじゃ!?」
「私と戦って楽しいですか!?」
「前は楽しかったがのう!今はそうでもない!何故じゃろな!!」
「私は楽しくないです!」
「なんじゃ急に!」
「ヴィルを傷付けたくないので!」
「ワシに勝てる気でおるのか…!」
「ええ!貴女が私に稽古をつけたのですよ!!」
激しい戦いは続く。だが終幕は一瞬だった。
ヴィルデアのほんの少しの隙を見逃さず、ユキトがヴィルデアの剣をはじき飛ばしたのだ。
そのままヴィルデアは倒れ、その上に覆い被さるようにユキトが首筋に剣を突きつける。
「…どうでしょう?」
「…おヌシの勝ちで良い。」
「勝ちな訳ないでしょう。魔法も身体強化も使ってないくせに。」
「ワシのポリシーじゃ。剣で戦う時は剣のみ。相手は何しても良いがな。それくらい実力差はあるんじゃ。」
「…そうですね、もし使っていたら私なんてひとひねりでしょう。」
「そうじゃぞ、ワシ強いんじゃから。」
「そうです、貴女は天才で魔王なんですから…。」
ぽたぽたとヴィルデアの顔にユキトの涙が溢れる。
思わずヴィルデアは慌ててユキトの頬を両手で挟む。
「ユキ!?痛かったか!?どこか怪我したか!?」
「大丈夫です。…話をきいてくれますか?」
「おう…。」
ユキトがヴィルデアを起こす。
「…私は孤児院で育ちました。頼る相手のない子どもは沢山いまして、空腹と貧しさと汚物の中でなんとか育ちました。剣士になったのは、パンを腹いっぱい食べられるという噂を聞いたからです。血反吐を吐きながら死に物狂いで修行して、それでも理不尽なことや悔し涙を流すことが山ほどありました。勇者パーティに入れたのは、それでも耐えて強くなったからです。貴女には及びませんでしたが。」
ユキトがにこりと寂しく笑う。
「勇者パーティも…あまり良くはありませんでしたね。それでも私のような子どもがもう生まれないように、勇者パーティに相応しくあるようしていたつもりです。でも、彼等の言い分も分かるんです。私はきっと自己満足と偽善だったのでしょう。」
「ワシは魔王じゃが、勇者だったらもっとまともに過ごすぞ。爛れすぎじゃアイツら。」
「…ありがとうございます。ヴィル、私は笑えたことがありませんでした。笑顔が作れませんでした。こうして笑えるのは貴女のおかげです。」
「そうかそうか。それは良かったのう。おヌシ笑った方が更に良い男じゃ。」
ユキトがヴィルデアの手を握る。
「ヴィル、私が早く戻りたかったのは貴女を好きだからです。」
「…スキ?」
「愛しています。最初は魔王が人間を世話することに何か裏があると思ってました。でも違う。貴女は愛情をもって私に接し、大切にしてくれた。慣れないことや大変なこともあったのに。貴女に世話をされるのでは無く、対等になりたかったのです。」
ユキトの手に力が入る。
「…え?え?」
「…私のことは嫌いですか?」
「え!?ちょっと待つんじゃ!!」
顔を真っ赤にしてヴィルデアがユキトの手を振り払う。
「なんでしょう?」
「ワシ魔王なんじゃけど!?」
「知ってます。」
「いやいやいや駄目じゃろ魔王と剣聖が!!」
「…私が魔王宮で過ごす間、何もしないとお思いですか?貴女が魔王になったこの100年程は、今まで最も平和な時代とも言えたでしょう。侵略せず強奪せず、ただ来る相手と戦うだけですから。ちなみに、魔王軍や他の魔族にも根回し済みですし魔国中公認です。人間と魔王の婚姻で、真の平和が訪れると思いませんか?」
「……ワシが断ったらどうするんじゃ?」
ユキトは悪戯っぽくヴィルデアに笑う。そして剣をヴィルデアに渡した。
「私が勝ったら結婚してください、そうお願いするだけです。」
「そうか…。」
「でも、嫌なら良いんです。貴女を苦しめてまで自分の気持ちを押し通したくない。」
ヴィルデアが剣を握り、ユキトもまた剣を握る。ヴィルデアが剣を構えるのに合わせ、ユキトも剣を構えた。
眉根を寄せて剣とユキトを見比べていたヴィルデアだが、しばらくして剣を放り投げた。
「負けじゃ!!」
「え?」
「勝てん!!ワシは今まで見えた勝ち筋に乗ってきた。だが今回はそれが見えんのじゃ。勝つのがワシの存在意義で強者と戦うことだけが楽しみじゃったのに…ワシは今おヌシに勝ちたくない。」
「じゃあ…!」
「…まあ、今後も頼む。」
ユキトが剣をしまいヴィルデアに駆け寄る。
「…抱きしめても?」
「そういうのは、聞かずにするから決まるんじゃないか?」
「すみません、でも貴女の嫌がることはしたく」
ヴィルデアがユキトを抱きしめる。
「嫌がらんわ!!ユキ!!一生離さんからな!!死ぬまで傍にいさせるからな!!」
「もちろんです。」
ユキトがヴィルデアの頬に手を添える。その愛おしそうな顔に、ヴィルデアの顔が熱くなる。
「…あんなに小さくて可愛かったのに、今まで抱っこなんて何回もしてきたのに、なんか変な感じじゃ…!」
「嬉しいです。男として見てくれて。」
「いやっ!その…!そうかもしれん、分からん。でも、離したくないのは変わらん。」
「…今度は聞きませんから。」
「えっ」
ユキトがそっとヴィルデアに顔を寄せた。
○○○
10年前死んだはずの剣聖ユキトが生きており、魔王ヴィルデアと婚姻を結んだというニュースは国中を駆け巡った。驚きをもって迎えられたが、過去に成しえなかった平和同盟を結んだことや交流や貿易を行い国に大きな利益が生まれることが分かると、驚きは喜びへと変わった。
魔王を倒したはずの勇者パーティは、派手で豪華な暮らしをしていたせいもあり国で反感を買いつつあったのだが、魔王ヴィルデアの「ワシの力が圧倒的じゃから、悪戯でそう思い込ませたのじゃ。弱くて倒すに値しなかったからのう。ついでに呪いでワシ好みの派手好きにしたのじゃ。今は解いたから『元の勇者パーティらしく』人々の為に生きるじゃろう。」の言葉通りになった。今では魔王に挑んでいた時のような、質素かつ人民のために過ごしている。
魔王ヴィルデアと剣聖ユキトは、生涯を魔国で暮らした。ユキトは魔物の肉によって非常に長命になり、ヴィルデアと末永く幸せに過ごしたという。
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