第97話 異例の代理人2-不可能な現実-
「……もしかして、最初からそのつもりだったの?」
「まぁ半分そーかな」
うわ……素直に認めたやがったぞ。
「でも大丈夫!あんた、あの強豪東野中のキャプテンだしな!」
「元、ね」
「伊佐垣高校(対戦校)の男子ぐらいどーってことねーだろ?」
「いや、一応女子ですが……しかも見た感じゴリラみたいなのばっかですが……」
伊佐垣高は県下でもトップクラスのバスケの強豪校だ、ってどっかで聞いたような……
「そーっすよ小城先輩。いくら杉浦先輩が最強だからって……ブランクもあるだろうし……」
あ、蒼井君、最強って……あなたの中で私は一体どれほどすごい存在なんですか。
大丈夫!と言い、小城は親指を立てる。
「この前のクラスマッチで男子の群れのなかでも大丈夫だと確信した!!」
……うわ、見られた。あの暗黒のクラスマッチ……(82話~84話参照)
大丈夫、と連呼する彼はどうやら“大丈夫”が口癖らしい。
マネージャーにユニフォームの準備を頼みながら、彼は続けた。
「それに、この新生チームは率直に言うと実力者とそうでない者の格差がデカい。なるべくそうでない者も出させたいんだけど……今は実践させるより観察させることが重要だと思うんだ……」
次々と自論を唱え続ける小城……
「蒼井君、他に監督とかコーチとかの姿が見当たらないんだけど……」
「ああ、職員会で遅れるから代理の小城先輩が臨時コーチなんだ、今日は」
なるほど。だからこんなに偉そうなんだね。
……じゃあお前がやれよ、っていう典型的なツッコミは効かないわけだ。
「……ってことで、杉浦!君しかいないんだ!」
……じゃあ、どうすることもできないじゃないか。
小さくため息をつくと
「しょうがない……いっちょやってやりましょうじゃないか。代わりにアイスでもおごってよね」
「おおっ!サンキュー杉浦!アイスでもジュースでも昼飯でもおごってやるよ!」
「あ、あの、これユニフォームです……」
「ん、どうも」
タジタジしているマネージャーからユニフォームを受け取った。
「じゃ、蒼井君、部室か更衣室まで案内してくれる?」
「ああ、うん」
「ほんとに大丈夫?」
バスケ部男子の部室に入って、完備されているシャワー室で着替えをしていると……衝立越しに蒼井君がそう言った。
「何が?」
「いや何がって……伊佐との試合」
伊佐、とは伊佐垣高校の略称だ。
「君、言ったじゃん?私は最強だって」
「まぁそうだけど……いくらなんでもあぶねーじゃん。阻止しようと思ったら沙彩さん呆気なくオッケーしちゃうし」
「……蒼井君。普通、チームメイトにそんな心配する?」
着替えが終わりシャワー室から出て、鏡の前に立ち髪を高い位置で結ぶ。
伊佐、とは伊佐垣高校の略称だ。
女子の部室から借りてきたメイク落としでマスカラ、アイシャドウ、チーク、口紅を落とした。
「チームメイトって……」
「今から、蒼井君と私は彼氏彼女じゃなくってチームメイト。これならそんな余計な心配はいらないでしょ?」
コンシーラーで唇の色を抑えて、アイブローペンシルでいつもの眉に少し濃さを出す。
「まぁ、同じチームでやるわけだからそうかもしんないけど……あ、そういえば演劇部の部室で何借りたの?」
……とうとうきたか。実は、演劇部の子に借り物をしたんだ。
「フフ……さらしとネットとショートウィッグ」
後者2つを取り出しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ウィッグ……って、まさか」
「そう、そのまさか」
ネットをかぶって、男子用のショートウィッグをかぶる。
ずれないようにピンで固定して……っと。
「男装……ってとこかな」
……よし。なかなかのイケメンが出来上がったぞ。
「どう?」
「いや、どう?って……それじゃあますます危ないじゃん。本気でかかってくるぞ、伊佐のメンツ」
「……って思うほど、男子に見えるってわけね?よかった」
棚の上に置いてある、予備のバッシュとアンクルソックスを取った。
「アホかと思われるだろうけど……結構ワクワクしてるんだ。久々に本気でバスケできること。授業じゃどうしても手加減しちゃうから」
バッシュの中に足を入れ、紐の調節をしながら続けた。
「しかも、蒼井君と同じチームで試合できるなんて……普通ないじゃん?あ、男装してるのはこっちのハンデを減らすため……んで伊佐垣高校に本気できてほしいからよ。やっぱやるからには両チームに利益があるようにしないと」
紐の調節が終わり、立ち上がった。
「まぁこんなこと言うと、小城の策略通りに動かされてるような気がしてちょっと悔しいんだけどさ」
「ハァ……ほんっと沙彩さんはズレてんなぁ」
蒼井君は隣に来て、運動靴を履く。
「そこまで考えがあるんなら、キャプテンとして許す。でも、頼むから無理だけはすんな。性別も体格も違うんだから」
「分かってるって。ほら行こ」
さて……いっちょ暴れてやりますか。
男相手なら容赦しないもんね。
―――……
ショートウィッグを取り出した時点で、「まさか男装するんじゃ……」って思った。
昨今流行っている“男装女子”……それに萌えて取って喰っちまう男子がいるんじゃないか、っていう危機感も生まれ……否。そうはさせるか。
そう思った時に見た、沙彩さんの男装は……完璧な男子だった。
「あっ、そうだ。私……いや、俺の名前は1年の杉浦涼二で」
「え?なんで涼二?」
「お父さんが“涼太郎”だからさ。男だったら涼二にしたのに……ってこの前ぼやいてたし」
そう言いながら隣を歩く彼女……いや、今はメンバーか。
薄い色の唇、少し濃く太い眉。チークがかかっていないフラットな色の肌……
顔は元から綺麗なつくりだから、男装しても全然違和感がない。
しかも、背も“ちょっと小柄な1年男子”で通用する166㎝。(3年になってからまた1cm伸びたらしい)
「蒼井君も女装したらいいのにー名前は蒼井ヒロコで」
「やめてくれ……」
多分見れたものじゃないだろう。
「おー杉浦!似合うじゃねーかそのユニフォー……って、あれ?」
「杉浦先輩なら先生に呼ばれて職員室行きました。代わりに……て言っちゃなんですが、杉浦先輩……の弟呼んできましたよ。1年です」
「ほー。杉浦の弟か……そういや似てるな……さっすがアイツの弟。結構な美少年じゃねーか……」
……そんな見んといてください……って言っているような表情を沙彩さんは浮かべていた。
「……い、今は部活入ってないんスけど……去年、東野中でキャプテンやってました。お役に立てたら嬉しいです」
やや引きつった表情で沙彩さんは言う。
そりゃ引きつるよな……同級生に敬語使うなんて。しかも声をワントーン下げてしゃべっているから、なおさらだ。
「んー、でも3年の時練習試合に行ったときは“杉浦の弟”なんていなかったような……」
「あ……そん時はまだレギュラーじゃなかったっスから……1年なんで当たり前っス」
「そーかそーか……まぁいい。名前はなんてゆーの?」
「涼二っス」
「涼二な。分かった。ヨロシクな!」
いつもより数倍先輩風吹かしている小城先輩を目の前にして……沙彩さん、なんか嫌そうだ。
「おーっし!練習終了!全員こっち集まれーい!」
小城先輩……いや、今日は小城コーチが召集をかけ、メンバー全員が集まった。
コーチの話が終わると、給水してからゲームスタート。
「す、杉浦君!ドリンクどーぞ!」
「あとタオルも!」
女子マネージャー3人が、話が終わったとたんに沙彩さんのところへ駆けつける。
「おーサンキュ。ちょうどどうしようか迷ってたとこだった」
……そーだった。タオルとかドリンクとか渡していなかったんだった。
「しっかしマネージャーも大変だよなぁ……コート整備とか部員の面倒見るとか大変だろ?」
「い、いいえ!それがしたくた入ったようなもんですから……」
「俺だったらできねーなぁ、雑用なんて……ほんと君たち偉いよ。がんばってね」
沙彩さん、男喋りがだいぶ板についてきているけど……
その分、内容が“沙彩さん”っぽいっていうか女子視点というかなんというか。
ちっちゃいとこもちゃんと見てて褒めてくれる沙彩さんの話は、俺も他の人も聞いててうれしいものだけど……仮にも男子から女子に、だったらちょっと違和感あるんだよな。
“口説き慣れたホスト”みたいな……
って、何変な解釈してんだ俺は。あーいう奴もいるぞ、うん。……いないけど。
しかも、相手のマネージャーときたら……はにかんで若干視線逸らしている。
あー、なんでこんなイラつくんだろう……沙彩さんは男装してるけど女子で、その相手も女子マネ(でも3人)で、実質上女子同士の会話風景……
……もし、自分が女子で彼氏が女をはべらしているところを目撃したらこんな気持ちになるんだろうか……
「おい、大翔」
「あ?」
「すんげぇ怖ぇ顔してるぞ。なんか作戦あんの?」
無意識にひきつっていた顔をメンバーから指摘されて直し、別に、とつぶやいた。
そのメンバー……もとい、副キャプテンの田中真彦は「じゃあどうしたんだよ」と聞いてきた。
「お前にだけは言うけど……代理の杉浦っていう1年……実は3年の女子なんだ。しかも俺の彼女の……」
「え?アイツ、杉浦沙彩本人なわけ?」
クールな真彦は特に声をあげるわけでもなく、沙彩さんを凝視した。
そりゃそうだよな……男子にしか見えないし。
「まぁどーりでアンタの彼女みたくキレーな顔してるなーとは思ってたよ。細いし。でもまさか本人とは思わなかった」
「だからさ、危なそーだったらさりげなくカバーしてくんないかな。前半」
キャプテンの俺は、監督から最終兵器として前半にはできるだけ出ないように言われている。
まぁそんなすごい奴でもないけど……
「オッケー。東野中の女豹を傷つけるわけにはいかねーもんな」
「お前……それ本人の前で言ったら殺されるぞ」
遠藤崎が“右京”と呼ばれるのを嫌うように、沙彩さんにとって“女豹”はワーストワードなのだ。
「おっしゃ!!3分後に試合開始するんで両チームのスタメンはコートに入ってください!」
小城コーチがそう声をかけると、向かい側では伊佐垣高校のメンバーが円陣を組み始めた。
何言ってるか分かんないけど湧き上がってくるムサい声……そういや伊佐高は男子高だっけ。
「先輩っ!俺らもやりましょーよ円陣!」
1年エースの槙村がワクワクした目で相手の円陣を指差す。
「じゃー俺らも円陣組もーか、久しぶりに」
何気に2年になって初めての円陣だ。
県の総体では、準決勝までいったものの……ピリピリしててそんなことするヒマなかったしな。
何を隠そう、その準決勝の相手がヤツらなのだが。
メンバーを集合させて肩を組む。……総勢10名。(スタメン5人+補欠5人)
「ウチの伝統は、それぞれゲームの目標言って、足踏み入れて「オー」みたいなそんな感じなんでそれに則ります。順番は……槙村からこの円陣の順番で」
隣には沙彩さん。その隣には真彦。
沙彩さんはしきりに咳払いをしている。……もしかして、ゴロリスの内藤拓哉(71話参照)みたいになるのか!?
コートに入る直前、ベンチに座ってる俺に沙彩さんが近づて耳打ちしてくる。
「ねぇねぇ蒼井君、私、ちゃんと男声になってた?」
「ああ、なってたなってた。もうバッチリ。ハハッ」
「な、なぜ笑う!?」
元々あまり声は高くない沙彩さん。意識的にドスをかけたら……もう、タカラジェ○ヌの男役みたいで。
「ちゃんと見ててよ?わた……俺のボールさばき」
「おー、しっかり見とく。後半よろしくな」
「うん、待ってる」
コートに入っていく後姿を見て……もし、沙彩さんが男子で、同じ高校で同じ部活やってたらこんな感じなのかな……と思った。
でもきっと、ありえない。同じ場所、同じ時代に生まれて、同じ時を一緒に過ごしていることは……すっげぇ奇跡だから。
もし何かひとつが欠落していたら……彼女に逢うことすら不可能だっただろう。
でも……今日ぐらいは、いろいろ置いておいて……
ゲーム開始のホイッスルが鳴り響きジャンプボールを敵から奪う、185㎝の真彦。
即座に速い動きでコート移動をする沙彩さん……いや、今は“涼二”だ。
不可能な現実が今、幕を開けた。




