第96話 異例の代理人1-VIP-
「あーもーっ!!!全っ然終わんなぁぁぁい!!!」
後期補習も、もう終盤。3日後には二学期が始まる。
今、私たちは二学期の期首テストという学期始めのテスト……いわゆる、“夏休みの宿題サボッてたらバレまっせテスト”に向けて勉強をしている。
「夏姫、うるさいよ」
「東郷先輩、宿題すら終わってないってキツくないっすか?」
「休みの間ずーっと俺と遊んでたからこーなるんだよーハハハ」
メンバーは私、蒼井君、夏姫にたっくん。
3-Aに、“このクラスの女子2人”“他クラス男子”“2年男子”が集まっている少し異様な光景に周りからは注目買ってるが……そんなことは気にする間もない。
「ううう……同情の声がひとつもない……」
私立を志望校にしている夏姫。もちろん、彼女の学力では合格圏内バッチリだ。
だから高校生活最後の夏休みを満喫しようと、ずーっと遊んでいたらしい……
「しかし……やっぱすごいなぁ、3年生……教室の空気がピリッとしてる……」
周りを見渡して蒼井君が言う。
手元には、文系の私たちには理解不能なアルファベットと小文字が連なっていた。(おそらく化学だろう)
普通期首テストは国数英の3教科だが、教科ごとの先生によって理社科目の期首テストが出される場合がある。
もちろん、文系進学コースのA組は日本史と政経、生物の期首テストが予定されているから……勉強ばっかしなくちゃいけないのだ。
でも、だからといって……このピリピリ感はヤバい。
「体育祭だってあるっていうのにねぇ。まぁ、シーズンになったら一気に騒ぎ出すよ」
「さーやは騒ぎ出すどころかサボりそうだよねぇ……」
「えー?人聞き悪いなぁ夏姫ー」
1、2年と、あまり準備に協力する方じゃなかったから……今年は多分一生のうちで最後の体育祭だから、準備からしっかり手伝おう……と思う。
そう思いながらペンを走らせていた。
「蒼井君、ちょっと聞いていいかな?」
「ん、何?」
「ここの問題だけど、内接円の面積ってどうやったら分かるの?」
「ああ、これだったらまず余弦定理使って各辺の長さ出してから……」
隣にいる蒼井君に、数学で分からなかったところを聞く。
聞きつつも……やっぱ気になってしまうのは、彼の髪。
「……ってこと。分かった?」
「バッチリ。ありがと。さすが数学の神だね」
蒼井君の頭の上に手を置きながらそう言う。
後期補習入るときに、気合入れたいからって言って結構切って……
「沙彩さん、最近会う度に髪触ってますよね……」
「え?いーじゃん。この髪型好きだもん」
「まぁ最近またちょっと伸びたけどね」
できあがった髪型が、自分の中で結構ウケて……こうして触るのが、ひそかな楽しみでもあったりする。
「こらこらーそこのバカップル!テスト勉強はー?」
「はいはーい」
時刻は15時。午前中は補習で午後からずっと勉強して……いつのまにかそんな時間になっていた。
「あっ、ヤベッ。30分からだった……早めに行ってウォーミングアップの指揮とらないと」
時計を確認するや否や、蒼井君は自分の勉強道具を手際よく片付け始めた。
「それじゃ、さよならみなさん!勉強がんばってくださいね」
「おう!じゃーなー蒼井!」
「またね、蒼井君」
大変だなぁ蒼井君……勉強に部活動に。キャプテンらしいから、なおさらだよね。
「……おっしゃああああ!!!宿題オワタァァァ!!!……って、あれ?大翔くんは??」
「うん、さっき部活に行ったよ」
集中の魔の手から解き放たれた夏姫は、数時間ぶりに顔を机から離した。
たっくんも私もひと段落ついたし……
「どーしよっかなぁ……早めの電車で帰ろっかな……それともどっか寄ろうかな……」
「おっ、帰る系っすかぁ?さーやさぁん」
テンションが上がっている様子の夏姫さんは、意味もなく隣に来て私の肘をつつく。
「じゃーさ、3人で新しくできたカフェにでも行かない?ケーキいっぱいあるんだよ!」
「いや、やめとくよ。“ご褒美デート”として2人で行ってらっさい」
こう見えて私にも、お邪魔虫の概念ぐらいあるんです。
「そう?もったいないなぁ……んじゃあたっくん、2人で行こ!」
「オッケー。んじゃーなさーや……あ、そういや蒼井部活行ったよな?見学でも行ったら?」
「ん、そーしよっかな」
そんなこんなで、体育館前。
「おおお…………」
ギャラリーが結構いる中で、新生海宮バスケ部はウォーミングアップをしていた。
今日はバレー部が休みらしく、コート両面使っていて……片面を海宮、もう片面を見知らぬユニフォームの高校が使っていた。
ていうか……ここからじゃ遠くてあまり見えないな……と思っていたところ
「よっ!蒼井の彼女じゃねーか!」
肩をポンッとたたかれ、振り返ると……腹。さらに見上げると……とんでもない巨男がいた。
身長推定190センチの……
「……誰だっけ……」
「おいおいおい、「誰だっけ」はねーんじゃね?小城だよ、忘れちまったか?」
「…………ああ、そっか」
彼がそう言い、やっと思い出した。
そーだ小城だ。1年の時同じクラスだった……
「今日はさ、新生チームになってから初めての練習試合なんだぜ!杉浦は新キャプテンの彼女だから特別にVIPルームに連れてってやるよ!」
「あ、ああ……そりゃどうも……頼んでないけど……」
脚が長い高身長で結構なイケメン(でもゲイ)でモテるとして有名な小城だが……なんか押し付けがましいところが癪に障るんだよなぁ。ギラギラした生粋の肉食男子っつーかなんというか。
VIPルーム、というのはステージの下だった。
「どう?ここだったら、他のギャラリーと違って超間近で見れるぞ」
「……ん、そだね」
窓や入口出口付近で群がっているギャラリーたちを見て小城が言った。
若干視線が気になるけど……そんなのはどーでもよくなるくらい、練習に見入ってしまった。
ボールが床にたたきつけられる音、シューズのこすれる音、ゴールに吸い込まれていくボール……シュカッていう擬音がぴったりなシュート音。ただのシュート練習なのに見入ってしまう。
そして何より、蒼井君……ボールさばき、そして計算されつくした外れのないシュート……
「……浦、杉浦……杉浦!」
「え、あ、はい。何?」
「あんたただのシュート練習に見入りすぎ!よっぽど蒼井に惚れてんだなぁ」
「……まぁそれもあるけど……ちょっと懐かしくってね」
4年ぐらい前の今の時期……私も蒼井君と同じ東野中女子バスケ部キャプテンだった日を少し思い起こしていたのだ。
「私、中学校の頃……」
「知ってるよ。杉浦、東野中のキャプテンだったろ?」
「……知ってるの?」
「ああ。東野中って基本的に男女別だろ?東野中に練習試合行っても野郎ばっかでさ……んで、合同ミーティングの後男子の中で結構話にあがってたんだ。「ウチの女子キャプテンの杉浦、超すげぇんだぜ」ってな。まさか高校で一緒になるとは思ってなかったけど」
淡々と、その巨人は語る。
「そんなスゲェ奴だったら高校でもバスケやんのかな……って思ってたら……」
「ごめん……電車通だから運動部入ってたらいろいろと不便なんだ。しかも、片親は出稼ぎで片親は不在気味だから帰ったら家事とかいろいろしなきゃで……」
って、何弁明してんだ私は。
「いやいや、別にいーんだけどよ……まぁちょっと見てみたかったなーっていうかなんというか……ということで!蒼井ー!マネージャー!ちょっと来てくれ!」
……ん?なんか妙な流れに……
「なんすか……って、あれ?沙彩……いや、杉浦先輩?なんでここに……」
「んー、なんか連れてこられたっていうか拉致られたっていうかなんというか……」
蒼井君は私を見るなり“杉浦先輩”呼ばわり。やっぱ隣の巨人が関係しているんだろう。
「蒼井、今日たしか山西休みだよな?」
「ああ、はい。夏風邪ひいたみたいで……」
「山西の代わりに、杉浦を入れる!異存ねーな?」
「「……は!?」」
蒼井君と私の声が重なって、二人で目を合わせた。