第91話 ひと夏めぐり2
そう、あれは1時間前……
「終了―――っ!!!5分ミーティングの後解散!」
部長の掛け声で、1日練習が終わった。
正直……疲れた。午前中はずっとロードワーク、午後からは1on1や5on5のオンパレード。
ミーティングでも、みんな屍状態だった。
「蒼井、この後時間あるか?海宮花火見に行かねぇ?」
「あ、すみません。彼女と約束してるんで……」
とりあえず暑かったから水道水をかぶって更衣室に戻って髪ふいてると……3年でいちばんデカいと有名な小城先輩がそう言ってきた。
「ふーん、そっか。彼女って、あれか。A組の杉浦か」
「はい。そうですけど……」
「杉浦か、いーな」
「……あの、一応言っときますけど渡しませんよ?」
「いや、そーじゃなく……」
……だったら何なんだ。
背がデカいことに加え、結構なプレイボーイとも名高い小城先輩。
カイジ並みのハスキーボイスと2人だけという空間が手伝ってか、なんか口説かれてる気がする……恐るべしプレイボーイパワー。
手っ取り早く着替えると、更衣室を出た。
「蒼井、蒼井!」
体育館の出口に向かっていると……アク○リアスを片手にした遠藤崎が走ってきた。
「遠藤崎。どした?」
「自販機のとこで蒼井狙いの女子約30名が待機中ですぜ。みんな今日のお祭りに誘うって言ってたよ!」
「んなまた、変なジョーダン……」
「嘘じゃないもん!このままだったら、あんた完璧に30人の餌食だよ!うまく自販機避けて行きな!」
遠藤崎の表情からして……マジっぽい。
「……ああ、分かった」
「さーやちゃん待ちぼうけにさせたら許さないからね!んじゃーね!」
「イダッ」
去り際に、胸板に強烈なパンチを食らった。
遠藤崎の言う通り、別の出口から出て校門を出ようとした時……
「おー、蒼井じゃねーか!ちょーどよかった。ちょっと来い!」
「げっ……マジかよ……」
担任のブッチ(田渕)が職員室の窓から手招きしてきた。
―――……
駅のロッカーに部活用品を預け、祭り会場に行く途中に事の成り行きを話した。
「……んで、雑用頼まれて遅れちゃったわけだよ。ほんっとごめん!」
「ん、いーよ……にしてもキョン、グッジョブだね。キョンいなかったら1時間ぐらい待ちぼうけしてたよ」
フフッと笑う沙彩先輩の顔には、怒りの色ひとつ見えない。
こういう時ヒステリックにならないところが、大人っぽいっていうか憧れっていうか……
「でも、今度はうまく撒いてね。1人で結構寂しかったんだから」
「……ん、了解」
でも可愛く拗ねたりして……本当、遠い存在なのか近い存在なのか、よく分からない。
……付き合って、もう約半年。
月日の流れと一緒に彼女のいろんな面を知っていくにつれて、どんどん近い存在になっていって……自分でも怖くなるくらい、どんどん好きになっていく。
「あ、ちょっと飲み物買ってっていい?」
「ああ、うん。いいよ」
傍にあった自販機へ駆けていく沙彩先輩。
薄い紫の生地に赤や黄色の花がプリントされている浴衣姿が、思わず見とれてしまうほどすごく綺麗。
「お待たせー……どーしたの?ボーっとして。気分でも悪い?」
「……あ、ううん。浴衣すっごい似合ってるなーって思って見てただけ」
「……そっか。ありがとう」
そう言うと、彼女は照れくさそうに笑った。
「結構混んでんなー」
海宮花火祭りは、車道を封鎖した海沿いの商店街で行われる。
食べ物の匂い、はしゃぐ子どもの声、威勢のいい屋台主の声。
今更ながら……この場所に部活帰りのジャージ男が居ていいものなのか……(部活道具が入ったエナメルは駅のロッカーに預けた)
沙彩先輩みたく、甚平とかに着替えてTPOをわきまえた方が良かったかな。
「花火って8時からだったよね?あと1時間ちょいあるから屋台とかまわってみない?晩ご飯を兼ねて」
「ん、そーしよっか」
実は結構、腹がヤバい。
沙彩先輩の提案に即賛成した。
「お祭り……といったら、やっぱヤキソバ?あと、たこ焼きかな。しぐれ焼きとか?あ、ホルモン焼きも……」
「B級グルメが何でもかんでもお祭りであるとは限んないよー!てか、やっぱから揚げっしょ?」
「あ、そっか。紙コップに入ってるやつ?あれなんで紙コップに入れるんだろね」
「さーねー」
そんな話をしていると、前方から見知った人物がやって来た。
「お、大翔に沙彩先輩。あんたらも来てたんだ」
TPOなんて微塵も気にしちゃいない、バリバリの制服姿のユウヤだ。
隣にセーラー服を着ている女子を連れている。
「ユウヤ君じゃん。久しぶり」
「久しぶりっす先輩。大翔がお世話になっております」
「あ、いえいえ……」
……ユウヤ、お前は俺の親父か。沙彩先輩は少々キョドっている。
「そちらの可愛らしい子は?その制服、東野中だよね。妹さんとか?」
若干ユウヤの影に隠れ気味のその女子について、沙彩先輩は尋ねる。
「いや、妹じゃなくって……」
「う、牛川美玲ですっ!東野中学校3年C組18番です!!」
すんごい高い声でいきなり喋りだしたから、かなりビックリした。
「ゆ、裕也先輩とは、その、あの……」
「あ、分かった。例の彼女って、この子のこと?」
「うん、そーだよ」
いつか、ユウヤに2つ年下の彼女がいるって話を聞いたことがある。
「へー……にしてもかわいーねぇ。ユウヤ君って年下好きだったんだ?」
「それを言うなら先輩もでしょーがっ」
ハハッと笑うユウヤの傍らで……明らかにタジタジしている牛川さん。
どうやら、人見知りのようらしい。
「ゆ、裕也先輩、この方たちは……」
「あ、そっか。紹介してなかったな。このジャージ野郎が俺のダチで蒼井大翔。んで、こっちのヤマトナデシコがその彼女の杉浦沙彩先輩。海宮高の3年生だよ」
「誰がヤマトナデシコじゃいっ!」
……うわ、ピッタリ。ヤマトナデシコっていう単語。
それから、ヤキソバとかから揚げとか買って食べながらしばらく4人で話した後……
「んじゃ、もうそろそろ時間だし……俺らは穴場へ行くとするよ。ついてくんなよ?」
「言われなくてもついてかねーよ」
「そーだ!美玲ちゃん、メアドとケー番交換しよーよ」
「あ、はい!私も言おうと思ってました!」
牛川さんも、すっかり沙彩先輩に懐いた様子。仲良く赤外線通信でアドレスを交換していた。
2人は、穴場へと旅立ち……
「蒼井君はよかったの?美玲ちゃんとアドレス交換しないで……」
「え?何?交換してほしかった?」
「……いや、そんなんじゃないけど……」
いたずらっぽく聞くと、口をとがらせる沙彩先輩。
「……心配しなくても、沙彩先輩以外興味ねーよ」
「え?何何?何て言った?」
「……なんでもなーい」
照れから、わざと無邪気っぽくそう言うとベンチから立ち上がった。
「俺も花火見るのにいー穴場知ってるんだ。行こ」
そう言って、手を差し出す。
なんだか、ワケ分かんないって感じになってる沙彩先輩。
「人もだいぶ混んできたし、はぐれたりしないように手でもつなごーよ」
「あ、そ、そーいうことか……うん、つなご」
たどたどしく俺の掌に手を乗っける先輩。俺はそれを、できるだけ優しい力で握った。
……1年前の今日。俺は今よりもっと子どもで、沙彩先輩を見上げていた。
身長的には同じ目線だったけど、なんていうか、心の位置や立場が見上げないと見えない距離にあるって感じで。
でも今は……ちょっとでも、少しでも、対等になってきたと思う。心の距離も近づいてきたと思うんだ。
この人を、ずっとずっと優しく守っていきたいって思うようになってきた。
……花火が打ちあがるまで、あと30分。