第88話 Gメンの追跡
数メートル間隔をおいて、斉藤美希と男の後をつける。
男の年齢は20代前後……あの日、沙彩先輩を袋叩き(?)にしようとした連中とは歳が少し離れていそうだ。
「ねぇ快斗くん、綾子が何かやったの?」
「え?アヤコ?」
イモト……ではないよな。いくらなんでも話がズレまくる。
「菅原綾子。文学部の2年生よ」
誰だそれ……今尾行しているのは斉藤美希とは別人か?
……あ、そっか。指名手配されてるから偽名使ってる場合もあるのか。
「友だちなんですか?」
「ううん。同じ講義受けたりするときもあるけどさ、ウチらとはタイプ違うもん。なんていうか……マジメでガリ勉系?」
斉藤美希は、黒縁の目がねをかけている。
……犯罪者をマジメでガリ勉系と印象づけるメガネ、恐るべし。
「……詳しくは内部秘密なので教えられませんが……何かやったのは確かです」
「ふーん。じゃあ、あとはケーサツに任せていい加減遊びに行こーよ」
「リナ、尾行もう飽きたんですけどー」
そんなに遊びに行きたいのか、しびれを切らしたように2人は言う。
んなのに関わらず、見張りを続ける。
……今思えば、こっちは名乗ったのに名前さえ聞いてなかったな。どーでもいいけど。
「ほら早くケータイで~」
「あ、ちょっと何すん……」
いきなりバッグをとられ、ケータイを取り出すために漁る。
ほんと礼儀ねーなこの2人……マジで天下の高偏差値大の学生かよ。
取り返そうと手を伸ばしたとき……
「あのー、ヘタにケーサツ呼んでくれたら困るんですよー」
どっからか声がして、バッグを漁る2つの手を掴んだ。
「こっちはこっちでちゃんと策あんだよ。邪魔すんだったらとっとと消えな」
「痛っ……な、何よあんたたち……リナ、行こ行こっ!」
「他にもっといい子いるもんねーっだ!」
意味分からん捨て台詞を吐いて、掴んだ手を振り解いてその2人はどこかへ去っていった。
手をパンパンと払って、素早く俺と同じ場所にもぐりこむ……小原先輩と東郷先輩。
「蒼井ー、お前バッグぐらいちゃんと持っとけよ」
「すんません……見張りに集中してたから、つい」
「んま、斉藤美希を監視するのに集中力使うのはしょうがないから、そんな怒んなくてよくない?たっくん」
「……へーへー。夏姫がそう言うんなら分かったよ」
相変わらず、仲良しカップルの2人……って、今それどこじゃない。
「さ……いや、杉浦先輩は?」
「あ、さーや?さーやなら、いきなり……」
「ト、トイレ行くって言ってたぞ!なぁ!?夏姫!」
「え?そ……あ、うん、そうそう!メイク崩れたー……とか言って?」
「あ、そうなんですか……」
……おかしいなぁ。2人のテンパりよう……
それに、沙彩先輩はこんな事態に化粧なんか直すタイプの人じゃない。
……まぁいっか。沙彩先輩なりに考えがあるのかもしれないし……
にしても……あれから約2時間。男と何か話しているだけで、一向に動く気配ナシ。
「もう、ボス呼んで強行突破しちゃう?」
「いや、他にも客いるし、この商店街、結構こみ始めたし野次馬増えるだろうし厄介だし……」
とりあえず、この喫茶店と商店街を出るまで粘るか……
……と思った瞬間、
「あっ、席立った……出口行く」
時刻を確認……午後6時30分。通学通勤ラッシュで人が多い……見失わないようにしないと。
「よっしゃ。追跡開始……でいいんだよな?」
「もちろん!さて、血反吐出るまで吐かせるぞー!」
……東郷先輩、言ってること怖いです。
しばらく進むと……斉藤と男は手を振り合う。どうやら別れるらしい。
「1人になったみたい……このまま強行突破する?」
「いや、もう少し様子を見ましょう。まだ人も多いし……」
俺がそんな暢気なことを言っている間……
「……あっ!!!」
いきなり、斉藤が猛ダッシュした!そして一気にくる黒い人ごみ……夕方着の電車に乗っていた学生の波だ。
「バレてたか……」
「ちょ、どーしよー!たっくん、大翔くん!」
素早く、念のため渡されていた“秘密兵器”を小原先輩に渡す。
「蒼井、これ……」
「GPSを俺が装着してるんで、それで俺の居場所が分かります。可能な限り追っかけますんで、早急にボスへの連絡お願いします!」
返事を聞かずに、素早く2人の元から去った。
ちなみに、小原先輩に渡したのはGPS本体。画面に地図が出てて、今俺が装着しているGPSが発信している電波で居場所が分かるようになっている……追跡の必需品。
追っかけてる側が追跡の必需品を装着しているなんて、変な話……でも、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
人ごみなんか気にせず、走りに走りまくった。
いつの間にか、学生はおろか人の姿さえ点々とし始めた場所に辿り着いた。
足は速いほうだから、徐々に斉藤の後姿が見えてきて……
「あれ……消えた……?」
人気のない、真っ暗な河川敷。忽然と、やつの姿は消えた。
「逃がしたか……」
それか、初っ端から違う人物を追いかけていた……いや、そんなはずはないだろう。だとしたらメチャクチャ悔しい。
軽く舌打ちして、振り返ると……
「逃がしてないわ。お見事ね」
腕組した、斉藤が立っていた。