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海と想いと君と  作者: coyuki
第5章 今までとは違う日々
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第85話 暗闇と光

気がつくと、薄汚れた空気が鼻をかすめた。

ここ……どこだろう。真っ暗で何も見えない……

しかも……体が、鉛みたいに重くて動けない。

瞼さえも重く、細目で辺りをキョロキョロした。

「やっと起きたか」

パチン、という音がし、視界が一気に明るくなる。

その明るさに、さらに目を細めた。

視界に入るのは……

「誰よ、あんたたち」

5人の男。胡坐をかき、ニヤニヤしながらこっちを見ている。

全然見たことのない5つの顔。でも……明らかに、ヤバそうな奴ら。

そいつらは、ユラユラと立ち上がった。

「……何する気?」

「“あのお方”に言われたんや。あんたを、アイツに二度と顔向けできひんような姿にしろ、ってな」

頬に刺青イレズミをしている男はそう言う。

……関東人なのに関西弁遣ってるし。

そんなくだらないことを考えてる私は、よほど冷静なのか、感覚が鈍いのか……

「あのお方やらアイツやらあの人やら……指示語使うのも大概にしなさいよ。一体誰のことなのよ」

見下ろされてる感が否めず、私も立ち上がる。

脚がフラフラする……プラス、地に足がついていない感じ。

「ねぇ……覚せい剤か何か、私に注射したの?すっごいフラフラするんだけど」

「待て待て。一気に質問しすぎや。せやな……ここにおる男みんな、あんはんには“まだ”何もしてへんで」

「せや。てか、あんたもえらい冷静なもんやな。俺が女やったら泣きワメいとるわ」

「お前、ほんまは男やあらへんの?」

「ハハッ!それ言えとるわー!」

……バカにしたように笑う男たち。

いかん……ムカつく気持ちと、フラフラして気持ち悪いのと、眠いのと、校舎の古臭いニオイのせいで気失いそう。

……肘が、プリントを収納している納戸の薄いガラスに触れる。

拳を、硬く握った。

バリンッという鈍く不快な音が、空気をツンザく。

「ハハッ。とうとう気でも狂ったんか、杉浦沙……」

「……汚い声で私の名前呼ばないで」

拳全体に走る、鋭く鈍い痛みが頭を冴えさせる。

よかった。これで、当分眠気は来なさそう。

「こんな時間にこんな人気ない場所で、あんたらのような脳無しみたいなのが私を包囲する……そう指示したあんたたちの崇拝している“あの方”は誰なの」

「……あんたのよう知っとる人やで。よう聞いとき」

「……は?」

頬の刺青が私に近づく。

そして、胸倉を掴んだ。


「あんたが1年の時の部長や」


え……

斉藤先輩……?

うそ。んなわけない。

斉藤先輩は、私の尊敬する先輩で、先輩も私のことを信頼してくれて、今日だって応援に……

―――なんで?

なんで、校内行事にわざわざ変装して忍び込んだの?

体育祭や文化祭とか、一般見学が許可されてる行事はある。けど……あの人は、姿を現さなかったじゃない。


思考回路がグルグル回ってる時……ガッという音とともに、頬にビリッと痛みが走る。

……油断してた。今、胸倉掴まれてるんだった。

「そんなにショックなんか?」

ククク……と、不気味に笑う。

胸倉を離し、壁に強く私の体を押し付けた。

「んじゃー、とっととやりましょうか」

手の骨を鳴らす刺青。

私の目は、まだ現在イマと疑惑の間を彷徨っている。

でも……そいつの拳が目の前に迫った時、本能的にそれを受け止めていたんだ。

「……っらぁっ!!!」

鳩尾ミゾオチにケリを入れ、数メートル先にぶっ飛ばす。

そいつは、ダンボールの山に倒れこむ。

「キサマ……ッ!」

別の男が、ケリを私の腰に入れようとする。

私はその足を持ち、体ごと床にたたきつけた。

やっぱガタイがデカいせいか、ハンパなく重い。

ガラスが刺さった手も、殴られた頬も、じんじんと痛む。

「ヤバ……ちょ、こいつめっちゃ強いで……」

そんな男の呟きさえ、まともに聞けない。

フラつく、痛い、眠い、でも寝たらられる……

そんな辻褄が合わない連鎖妄想が起こっている中……

「あれ?まだやってないんだ?」

扉が開き……男たちと同じような服を着た女……

……斉藤先輩が、不気味な笑みを浮かべて立っていた。

「美希姉。コイツ、可愛い顔してメッチャ強いんすよ」

「当たり前じゃない。そんなこと私も知ってるわ。だから空手やってるあんたらを呼んだんだけど……沙彩、あなたやっぱり強いわね。予想以上だわ」

フフッと笑いながら、私の顎を人差し指で持ち上げる。

しっかりしてて、美人で、頼りになる声楽部の部長―――そんな影は微塵もない。

冷酷で、残酷で、卑しい、最低な女の影。

「……2年前から、私をこんな状況に追い込もうと企んでたんですか?」

「2年前?そんな前からじゃないわ。そうね……つい数ヶ月前からかしら?」

「……なんで?」

「決まってるじゃない。復讐よ。あの人の前に現れる女の影は……可愛い後輩だろうがアイドルだろうが誰だろうが―――どんな手遣ってでも、捻り潰す」

そう言う先輩の目は……光が、全くなかった。

私まで、光を失ってしまいそうな……そんな錯覚さえ起こる。

でも……新たな光が、私の目に差し込んだ。

「うわっ、何やお前!」

「おい、まさかコイツ……」

入ってくる人物に絡む男たち。

そいつらを押しのけ、私の方へ近づいてくる。

視線が……何時間ぶりかに、交わる。

「やっと見つけた……」

その目は、確かに……光が宿っていた。


―――……


それから……何時間も、暗闇の中にいた。

四方八方真っ暗。どこをいくら歩いても、広がるのは暗闇だけ……

不安になってきて、走り出す。

お母さん、お父さん、夏姫、桃花、たっくん、唯、伶君……私の周りにいた大切な人に、とても会いたくなる。

でも、いちばん会いたいのは……

「蒼井君……どこ?」

言葉では言い表せられないほど大切な、彼氏。

この人と出会えたから……いっぱい、笑顔になれた。

私に、好きっていう感情を教えてくれた。

この人がいなきゃダメになるって感覚が芽生えた。

そんな人に……たまらなく、会いたい。

走りつかれて、その場に座り込む。

汗が出て、動悸が早くなる。

そのせいか……手から、再度血が流れ始め、頬がズキズキ痛む。

ああ、もう私、ダメかもしれない。

死んでしまうのかな…………

「……沙彩」

ふと声がして、頭を上げる。

「やっと見つけた……どこ探したっていないから、すっごい不安だった」

地についていた私の右手を、優しく握る。

「早く出よ」

私の手を引いて微笑む……最愛の人。

さっきまでのネガティブな思考は抹消され……代わりに、温かい気持ちになる。

そして、手を引かれて目の前に広がるのは……光の世界。

……この感じ。前にも見たことあるな。

森かどこかで迷っていて、主の分からない手にひかれ、出口に向かう夢。

その主は、きっと……


―――……


辺りを見回す。

白い天井。ほんの少し、薬くさい。

「……あっ!!!さーやっ!みんな、さーやが起きたっ!!!」

テンションの高い声が耳に入る。

「夏姫……?」

起き上がろうとするけど、うまく体が動かない。

夏姫は慌てて私をベッドに寝かせた。

そして、ベッドを少し起こさせる。

「さーや、動いちゃダメ!」

「あ、はい……」

真摯すぎる目に、思わずそう答えた。

「ここ……病院?」

「うん。そだよ。海宮病院。さーや、3日間ず~っと寝てたんだよ!」

「み、3日間も……」

いつのまにか、どやどやと見たことのあるメンツが顔を現した。

「おい沙彩、大丈夫か!?どっか痛いとこねーか!?」

「う、うん……」

「桃、心配したっちゃよ!!!このままさーやが起きなかったらどーしよーって!」

「まだ死なないよ……」

「今親御さんに連絡入れたから。1時間ぐらいで来るってよ」

「あ、ありがと……」

唯、桃花、たっくん。みんなが口々にそう言った。

溢れるほどの優しさがある……そんな感じがして、うっかり涙が零れそうになった。

「そんじゃ、さーやも起きたことだし……退散するっちゃよ!」

「そーだな」

「さーや、これ、クラスからの寄せ書きとお見舞い!」

「んじゃお大事に」

「あ、うん。ありがとね、いろいろ……」

そう言うと、夏姫はいたずらっぽく笑った。

「お礼なら、さーやのすぐ傍にいる人に言いなよ!」

「え?傍に?」

「んじゃーねー」

部屋のドアが閉まる。

混乱してて気づかなかったけど……右手に、かすかな温もりがあることに気づいた。

私の右手を、一回り以上大きい手が包んでいる。

見てみると……黒髪の頭が見えた。

「蒼井君……?」

そう呼びかけると、その頭はゆっくりと起き上がった。

「先輩……よかった。ちゃんとついてきてくれて……」

そう言い、私の頭を撫でる。

まだ夢心地なのか……目はとろんとしている。

傍から見たら、蒼井君の言葉は意味の分からないものかもしれない。

でも……本当は違うかもしれないけど、私は思ったんだ。


この人も、同じ夢を見ていた。って。


途端に、涙が出てきた。

それが原因で正気に戻ったのか、蒼井君は目を見開いた。

「あ、ご、ごめん!頭触られるの嫌だった?それか、あの5人怖かった?それとも……」

嫌。怖い。

そんな言葉を否定するように、頭を振る。

蒼井君の肩に、額をくっつけた。

「ありがとう……」

ただ、そう伝えたかった。


四方八方が分からなくて、ネガティブの海に沈んでいた私の手を引っぱってくれてありがとう。

もう一度、光の世界に導いてくれてありがとう。

みんなにまた会わせてくれて……ありがとう。




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