第84話 クラスマッチ3
体育館に戻ると、一際デカい声援が聞こえてきた。
「夏姫がんばれーっ!」
「ミホファイト―――!!!」
「ホノカ行け―――っ!!」
主に3年女子の先輩たちの声援。
俺が今いるのは観覧席だから、他クラスの人たちだ。
ゲームは……3セット目、残り1分ってとこ。決勝とだけあって、声援もゲームも迫力がケタ違いに違う。
そんな中、結構目を凝らして探すけど……
「……あれ?いない?」
沙彩先輩の姿は、コートの中にはいない。
……んなわけない。東野中の女ひょ……いいや、元バスケ部の彼女が、こんな勝敗を分けるセットで補欠だってことは、まずない。
一応補欠席も探したけど……補欠席にもいなかった。
「よーっす大翔!」
「おう、ジュンヤか」
バスケ部仲間のジュンヤ。中学からバスケをやってて、俺とも中学校からの同級生らしい。
……だとしたら、沙彩先輩のことも知ってるよな?
「なぁ、さあ……」
「さあちゃんなら、ゲーム途中で抜け出したぞ?気分でも悪ぃのかな……めっちゃフラフラしてたぞ?」
俺が全部言い終える前に、ジュンヤはそう言った。
え……あの沙彩先輩が、気分悪そうにしていた……?
ていうか……
「なんだ?“さあちゃん”って」
「あ、中学の時から男子の間ではそう呼んでんだ。もちろん、本人のいねぇとこで」
「……ふーん」
なんか……妙にムカつく。
「んま、保健室かどっかにいるだろ。さあちゃんのこと、見舞いに行ったら?彼氏さん」
「……お前、わざと先輩のことそう呼んでんだろ」
「さあね。どーだか」
片手をヒラヒラさせながら、観客をかきわけ消えた。
残り20秒……A組が、3点追いついていない状態。
どーなるかな……そう思った時、えらく細い女子がスリーポイントゾーンからショットをうつ。
ボールは弧を描き、吸い込まれるようにリングをくぐる……笛がビーッと鳴った。
歓声が、ひときわ大きくなる。
45対45。残り10秒。相手組からのスローイン。
ボールは、瞬く間に相手組の下へ……そして、ショットを打つ姿勢に入る。
F組が勝っちゃうかな……そう思った時……
「え……マジ?」
あのちっちゃい東郷先輩が、ボールを奪った!
人の間をすり抜け、風のように走る。
「ミホッ、お願いっ!」
さっきのえらく細い女子……ミホと呼ばれたその人は、東郷先輩のロングパスを受け、的確なショットを放った。
その瞬間、笛が一際大きな音を出す。
その直後……シュカッと、歯切れのいい音が聞こえてきた。
「ブザービーター……」
A組の、優勝が決まった瞬間だった。
「……え?来てない?」
「ええ。外科関係で来た生徒は数人いたけど、内科系はないわね」
カルテを見ながら、保健の先生はそう言った。
「おかしいなぁ……」
「2年生男子のクラスマッチ、もうそろそろじゃない?」
「……あ、ヤベッ、そうだった。それじゃ、失礼します」
……きっともう、ちょっと休憩したらすぐ良くなったんだろう。
一応メールをしておき、グラウンドに向かった。
―――……
「以上をもちまして、平成○○年度クラスマッチの全日程を終了します。3年生から順に退場してください」
2年クラスマッチ、1年クラスマッチが終わり、とうとう閉会式。
ちなみに俺のクラスのサッカーは、見事優勝を……せず、準優勝に終わった。
「蒼井、マジごめん!あん時パスくれたのにシュートできんくて……」
「ああ、うん。いーよ。気にすんなって」
クラスメイトにそう言いながら、辺りを見回す。
試合中、姿を現さなかった先輩……今も探してるけど、見つからない。
なんだか……嫌な予感が、心のどっかで広がる。
背中に、つつかれた感覚がして振り向いた。
「あ、東郷先輩」
「さーや見てないっ!?」
切羽詰ったような表情をして東郷先輩が俺を見上げていた。
「はい。一応探してはいるんですけど……」
「そっか……あれからずっと、顔出さないし……誰に聞いても、見かけなかったって言うし……」
遠くで「んじゃ、先行ってる!」と、クラスメイトが言っていた。
「もしかしたら、家に帰ったとか?」
「だとしたら、教室に荷物ないはずでしょ?探してみたけど、まだあった……」
「……やっぱ、どっかで倒れてるのかな……」
「いや、さーやに限ってそれはないよ。回復力、めっちゃ高いんだから!」
……残る可能性は、ひとつ。
「誘拐……?」
「いやいやいや、あのさーやだよ?防衛術や先攻術に長けてて、痴漢ぶっ飛ばして、ギャル5人の中からあの子を助けたぐらいの……」
……いずれにしても、筋肉より脂肪の割合が勝っているオッサンや高校生の女子。
いくら沙彩先輩でも、相手によっては……
「……まぁ、手当たり次第探してみます。ショートあるし、とりあえず教室行きましょう」
「うん。そう……だね」
東郷先輩の顔は、不安一色だった。
ショートの時の先生の話なんかろくに聞かず、窓の外を見ていた。
地上からかなり離れてるけど、沙彩先輩の姿なら分かりそうな気がして。
「……あれ?」
「どーした蒼井。なんかあんのか?」
「あ、いえ。なんでもないです」
無意識に発した言葉によって、俺が窓の外を見ていたことがバレてしまい、正面に向き直る。
でも、度々窓の外を見ては、疑問に思った。
……今、全クラスではショートの時間。なのに……なんで、体操服の生徒が壁と壁の間によりかかってケータイを耳にあてているのだろう。
ショートが終わり、更衣をした後沙彩先輩を探し始めた。
理科教棟、HR教棟、特別教室教棟、図書館……どこにもいない。談笑している生徒ばかり。
やっぱ校外か……と思い、市内を探してみる。
よく2人で行く場所、たまに数人でたむろする場所。雑貨屋、カラオケ……どこにもいない。
探しているうちに、日が暮れてしまっていた。
「やっぱ家に帰ったのかな……」
入れ違いで、電車に乗って東野市にいるのか。
でも、だとしたら、メールを送ってくれているはず。
ケータイを開けても、友だちからのお疲れメールのみ……
「……どこにいんのかな……」
とりあえず、一度落ち着きベンチに座った。
あと探していない場所は……ない。
手当たり次第、全部探したはず……
……あ。
1箇所だけ、探していないところがあった。
普段は鍵がかかってるけど……なんとか、もぐりこめる場所。
思いついた途端、俺はベンチから立ち上がっていた。