第81話 安心
『今すぐにでもキスしたい……みたいな。もちろん、それ以上も』
……なんであんなこと言ったんだろ。
「おっ!大翔!早かったな!」
「……ああ」
部屋に戻ってきた俺に声をかけるカイジ。
テレビから聞こえてくる女の声らしきもの……若干ウルサいなぁと思いつつ、ベッドに寝転んだ。
「なんかあったんか?」
ユウヤが、そんな俺の様子を心配そうに覗き込んできた。
……この際、3人が揃ったから本名でも紹介するとしよう。
「杉浦先輩とケンカでもしたん?」
若干方言が混じった喋り方をする、比較的落ち着いた感じのユウヤ。本名、瀬野裕也。
「大翔、ユウヤ!お前らも見ようぜ!今すっげぇいいところ!」
いつもと比べて今日はテンションが高い……普段は爽やか系なカイジ。本名、小西海嗣。
ちなみにカイジは酸っぱいものを食べたり飲んだりするとテンションが上がる……つまり、酔いに等しい状態になるという。
そんな説を立てたのは、祖父母の家がレモン農家で親が(何故か)プロテニスプレーヤーのシゲオ。本名、寺田重男。
親の影響からか、昔からテニスをやってたらしく、とにかく肌の色が黒い。
この3人の出身は全員この市で同じ町。ちなみに杉浦先輩もそうだ。
当然、保育園に通っていた頃からずっと一緒らしいんだけど……思い出せない。事故で、過去のことは全部忘れたから。
事故に遭って、もう1年が経つ。脳波にも異常はみられない。
……もう、俺の脳は「こいつには過去はない」とでも断定しているかのように、何も思い出してもらえない。
「大翔?どーした?」
「え……あ、悪い。ちょっとボーッとしてた」
「4月ボケか?まぁ大翔は大抵ボケてるよな」
珍しくケラケラと笑うユウヤは、人間観察がうまいヤツ。
そして、どこか他人とはズレている。
「……俺、おかしーかもしんない」
「なんで?」
さっきの一連の出来事を話しているうちに、カイジとシゲオも加わっていた。
「へーえ。だから大翔、顔赤かったんだ?」
「ほんっとお前、杉浦先輩以外興味ナイよなぁ!超惚れてんじゃん!てか、俺邪魔した系じゃない?」
「今気づいたのか……」
話が終わって、俺とユウヤとカイジでそんなことを言ってると、シゲオが咳払いをした。
「大翔、大丈夫だ。お前はおかしくない。つか、むしろよく我慢した方だと思うぞ!」
俺の両肩に手をつき、そう断言する。
「我慢?」
「俺だったら、彼女に「下心あるの?」って聞かれたら、超むき出しで迫ってるよ今頃!」
「おいおい……」
ちなみに、ユウヤ以外は全員彼女持ち。
カイジは同級生の李央さんという人で、シゲオが大学3年生の美香子さん……だったっけ。
ユウヤは、かなりモテる……けど、クールすぎて告白されたことはないらしい。
ユウヤ自身、好きな人はいないって言ってた。
「あ、そういや俺、彼女できた」
……って思い返した途端、まさかの彼女できた発言。
「マジッ!?何年生!?何組!?何カップ!?」
真っ先に飛びついたのはカイジだった。
「何年生……っていうよりも、朔中の3年生。俺が中学の時入ってた部活の後輩」
「おわっ!後輩じゃん!どっちから!?」
「こっちからだけど……」
「あれ?ユウヤ、好きな人いないんじゃなかったっけ?」
俺がそう咄嗟に聞く。
もう、これはガールズトークならぬボーイズトークだ……
―――……
風呂から出て着替え、長い長い廊下を渡って部屋に戻ると……
「うわっ!どうしたの、みんな一点に集まって……」
ベッドの中央に、4人が集まっていた。
……男子高校生4人を乗せたベッドは、私には悲鳴をあげてそうに見える。
「あ、今、ユウヤの彼女について聞いてるとこなんスよ!」
「ユ、ユウヤ君の彼女?」
そんなこと(失礼。)で、そんな犇めき合う必要あんのか……?
うーん、よく分からない。男子の行動。
床には、散らばったビデオとケース……
一応片付けてあげよう、とそれを取った瞬間、カイジ君が「あ、いーですよ!片付けなくって!」と止めに入った。
「え?なんで?」
そう聞くと……
「また後で見ますから!」
カイジ君は、ウインクしながらそう答えた。
「や、やめてくれ……」
溜息をつきながらそう言って、タオルで髪の水気をゴシゴシ拭う。
「……よし。そんじゃ、今日は俺が何か作ろっと」
「え?何を?」
蒼井君がいきなり立ち上がったから、私はそう聞いた。
「晩ご飯。もうそんぐらいの時間じゃん?」
「あ、そっか」
忘れてた、ご飯の存在……
「おっ!今日は大翔作ってくれんのか!楽しみー」
「コイツの作る料理、めっちゃうまいんですよ先輩!」
「そうなんだ。てか蒼井君、私も手伝うよ」
「マジで?ありがと!」
「カイジの料理は食えたもんじゃないけど……」
「おいユウヤ!さらっとショッキングなこと言うんじゃねーっ!」
そんな会話をしながら、4人についていく。
リビング(畳)ダイニング(畳)キッチン(ここだけフローリング)……俗に言う、LDKゾーンに着いて……
「相変わらずでっけーテレビ!」
カイジ君は、さっそくリビングで寝転がってくつろぎながらテレビをつける。
映った人気女子アナを見て、「おっ!かわいっ!」と、早速見入っていた。
シゲオ君とユウヤ君もそれに続き……
「んで、何作るの?」
「んー……とりあえず、無難なカレーにしよっか」
確かに、男子が4人もいるし、おかわりがたくさんできるカレーがいちばん無難。
「じゃあ、俺野菜切るから、先輩は米を冷蔵庫から出して温めてくれない?レンジ、そこだから」
「オッケー」
冷蔵庫からラップで包まれたご飯を出して、数分温めて、5つのお皿につぎわけた。
……そんな数分の間に、蒼井君はもう野菜を切り終えていた。
「て、手際いーね……」
「10年も家事してたらこんぐらい普通だよ。保育園卒業するまでは、家政婦さんが家事してくれてたけど……」
「ってことは、小学生からずっと?」
「まぁ、そういうことになるかな」
……それだったら、私の方がよっぽど家事力低いじゃん……なんか悔しい。
それでいて、学年トップだから尚更悔しく感じる。
「うおーっっっ!!!片瀬翔子!おい大翔!片瀬翔子出てるぞ!!!」
いきなりカイジ君が大声を出したから、一瞬ビクッてなった。
「はいはい。そーすか」
「マジ美人!俺のねーちゃんもこんぐらい美人だったらいーのに!」
「なー。自慢できるのになー」
「ていうか、なんでこんなに美人なのに結婚しねーんだろ?恋愛スクープとかもねーよな?」
様々な声が聞こえてくる。
「しょ……翔子さんがお母さんだってこと、言ってないの?」
「……言ったら最後、ずっと入り浸るだろ?あいつらのことだから……」
「そっか……」
その状況、安易に想像できる。
きっと、そのことを知った男子全員が入り浸るようになるだろう。
「てか、ほんとごめん。カイジらが来る前、あんな変なこと言って……」
野菜の灰汁を取りながら、蒼井君が言った。
私は、小さく首を横に振る。
「むしろ、なんか安心したよ」
「安心?」
「蒼井君は、ずっと……カッコよくて優しくて、みんなの王子様的な存在で……なんか、遠く感じるような時が多かったから。今思ったら、普通の男子な面もあるってことだから、謝ることないよ」
脳裏には、周りの女の子から黄色い歓声がおこる、蒼井君と誰かの1on1や、歩く度に振り返る人の姿が浮かぶ。
あんな表情を見せる相手が、私だけ……ってことに、なんか、安心すら感じた。
そんなことを、風呂の中で回想してみて、思ったんだ。
……蒼井君は、ずっと黙ってこっちを見ている。
「えっと……あ、コップ並べるね!」
沈黙に耐えかねて、棚の中にあったコップを5個取り出そうとした。
その時……
「ありがと、沙彩」
背後から、そう聞こえた。
え……名前?
「なんか名前で呼びたくなった。……嫌じゃない?」
「えと……い、嫌じゃない……うん」
自分自身を納得するように、頷いた。
「よしっ、完成」
そう言うと蒼井君は私の横をすり抜け、リビングに向かって言った。
「おーい、メシできたぞー!」
「おっ!カレーか。うまそー」
真っ先にやって来たのは、やはりカイジ君。
その後に、シゲオ君、ユウヤ君と続いた。
それから、カレーを食べ、テレビを見て笑って……
「やっぱあ○ちゃんがいちばん可愛いって!不滅のリーダー!」
「俺、こじ○る派。彼女に似てるし」
「ゆ○こでしょ!あの笑顔は神だし!」
「私、とも○ん派なんだけど……」
「つか誰?その人たち」
いつのまにか、みんなジャージになっていて、音楽番組に出ているA○B48メンバーの中で誰がいちばん可愛いかについての会議が始まっていた。
そうして、夜は更けていく……