第7話 返事
「……彼氏?」
しばし沈黙があった後、硬直してる私に唯が低く問う。
現実に戻され、慌てて否定しようと口を開いた。
「あんた、杉浦先輩の何なんですか?」
だけど、先に声を出したのは蒼井君。
「先輩に向かってあんたとは……1年でしょ?君。礼儀が成ってないね」
「よく言われますよ」
唯の目には、生気が窺えない。
蒼井君は、なんかいつもの蒼井君の声じゃない……
あの綺麗な笑顔も、邪気みたいな黒いオーラを帯びている。
「あ、蒼井君は補習が一緒の1年生だよ!」
ようやく声を出した。
「……蒼井」
「はい?」
名字を呼び捨てにされてキレたのか、蒼井君の声は低く怖い。
「沙彩には近づくな」
そう言い残し、ペダルに足を置いた唯。
……今しかない。そう思った。
「ちょっと、唯!」
ぐっとペダルに力を入れる直前の唯を呼び止める。
「返事、かなり遅れたけど……唯のこと、友だち以上とは、どうしても思えない!ゴメン!あとさ、そんな風にキレるのって唯らしくないよ!」
ありったけの声。妙に息切れがする。
必死な想いは伝わったのか……唯は、寂しそうに微笑んだ。
「……そっか」
それだけ言って、どこかへと消えていった。
……ゴメン。心の中で、もう一度謝った。
「あの人、高杉唯……って名前ですよね?」
そう聞く蒼井君の顔は、もう普通に戻ってる。
「う、うん」
「あの人、先輩のこと好きなんですか?」
「……前に、告られた」
改めて、告白されたことをまた、思い起こす。
「……なんか、嫌味そーな人ですよね。いきなり俺のこと睨んできて……」
「いや、唯はいい奴だよ!なんか、今日、人が変わったみたいでビックリしたけどっ……」
でも、それも、私のことを好きが故……
うぬぼれかもしれないけど、安易にそう思えるほど今日の唯は変だった。
「いい奴だったら……告白断る理由、どこにあるんですか?」
「友だち以上には思えないし……」
1年の頃から、女友だち同様に唯と遊んでた。
テスト前は一緒に勉強して、休日は夏姫を交えてゲーセン行ったり……
そんなひと時ひと時の間さえも、ずっと唯は私を想ってた……と思うと、なんか複雑な気持ちになる。
「……あ、そうだ。メアド交換しません?」
話題を変えよう、という蒼井君の心遣いからか、そんなことを言ってきた。
「え?あ、うん」
思いもよらない提案に、ケータイを出す。
……って、ちょっと待てよ?
お母さんに勝手に見られるかも……
ケータイ片手に動きが静止した。
「どうしました?」
「……え?あ、なんでもないよ?」
と、ケータイを開く。
赤外線通信で、蒼井君のメアドが届いた。
やっぱり、お母さんに茶化されるかも。
やっと男の子をメアドを……!って。3時間ぐらい。
……でも、ロックかけておいたらバレない……よね?
ていうか、なんでこんなにもバレるのを恐れてる……?
と、そこへ、何かが背中にぶつかった。
「さーやぁっ!おっはよぉ!」
ハイテンションな甲高い声……桃花だ。
「桃花。おはよ」
ケータイをパチンと閉じて振り向く。
「あ、噂の蒼井大翔!」
「……はい?」
いきなり名前で呼び捨てされ、しかも指で指されたので、蒼井君の表情は「イミワカンナイ」って感じだ。
「こんな道中で何してたの〜?」
「んと、メアド交換」
「マジで!?桃花もする〜!さーや、ケータイ出して!」
半ば強引に桃花ともアド交換をした。
『Momoca-s2-Yusuke.is2Darling……』
……長っ!
「桃花、s2って何?」
「ハートマークだよん」
あ、なるほど。
「大翔君も交換しよ〜!」
「いえ、俺は……」
おそらく、蒼井君は交換しないつもりだったんだろう。
だが、桃花が蒼井君の手の中にあるケータイを奪って赤外線通信をした。
「わぁい!フォルダ内の男の子の名前50人目!!!」
ごっ、50!?
ユースケ君もよく嫉妬しないよね……
「桃花、50人はどうかと……」
「いーじゃーん!ブー!」
あらら。拗ねちゃった。
蒼井君は戻されたケータイ片手に苦笑いを浮かべてた。
そして3人で学校へ。
「明日、学年別テストをする!60点以上取れた者は、明後日から補習免除にしよう!」
巨人先生の言葉に、ホール中がざわつく。
隣の3年生は「うそ〜ん」って言って、その隣の3年生と愚痴を言い合ってる。
蒼井君はなんか余裕そうに笑ってる。
「楽しみ?」
そう聞くと、蒼井君はニッコリ笑って頷いた。
「今回は満点取る気、満々ですから」
どうやら、めちゃくちゃ勉強したらしい。
「100点取る気って……」
「1日も出席しなかった分、挽回して先生等を唖然とさせてみせるんですよ」
自信満々の笑顔。
なんでここまで自信に満ち溢れてるんだろう、この人は……
「100点、取れるといーね。私はとりあえず80点ぐらいを目安に頑張る」
ふと、思った。
補習がなくなったら、蒼井君とも会えなくなるんだよね……
それはちょっと、寂しい。素直に。
せっかく仲良くなったのにさ。
「どーしました?」
「……ううん。なんでもないよ」
……まぁ、メールもできるんだし……ずっと会えないってわけじゃないし、いいよね。
そう答えたところで、巨人からの「静かに〜!」の声が響き渡った。
翌日。テストの日。
……ここでですが、私は毎回の定期テストの朝は必ず寝坊をする。
そして、今日も……
「……し、7時50分!?」
寝ぼけ眼で見た時計で、一気に目が覚めた。
ヤバ、あと10分で支度しないと!
8時に特急が来るから……と、時間配分しながら着替えをして、テーブルに並べられた朝ごはんを食べて家を飛び出す。
「な、なんとか間に合った……」
特急に乗り込み、一息つく。
えっと、20分ぐらいで海宮駅に着くから、そこからマジで自転車かっ飛ばして20分ぐらいで学校着くから、10分前ぐらいには間に合う……額から流れる汗を、手で拭った。
……なんか、蒼井君がいない車内は……不思議な感じがする。
こう、何もかもが……
そう思う私は……もう、蒼井君が登校中一緒だ、っていうのが普通となってたのかもしれない。
海宮市駅に着き、久しぶりの自転車にまたいでかっ飛ばす。
「つ、着いた……」
時計は8時40分。なんとか間に合った。
玄関をくぐり、大ホールへと急ぐ。
「あ、さーやーっ!珍しく遅かったね〜!」
ギャルグループと騒いでた桃花が私に手を振る。
「寝坊しちゃって……めっちゃ急いだ……」
桃花以外にも黒ギャルが3人いて……とりあえず笑顔でそう言って、席へと急いだ。
私的に黒ギャルはちょっと拒否感があるんです。
「あ、先輩。どうしたんですか?」
「あ〜、寝坊した。起きたの、7時50分で……」
「そーですか……お疲れさまです」
そう言って微笑む蒼井君。
……ヤバい。マイナスイオン漂いすぎだよ、その笑顔は……
きっと1時間持久走してもその笑顔見たら一発で疲れが和らぐだろうな。
「お〜い、席着け〜!」
巨大先生の合図で、カバンを足元に置く。
「今日は隣の上級生に聞いちゃいかんぞ〜!喋った奴、即延長補習だからな!」
そう言って、前から回されるプリント。
始めは……世界史だ。
「では、始めぃ!」
補習免除か否かを賭けたテストが、今、始まる……