第74話 遠足3-守らざる者は……-
「・・・」
私と、目の前に現れた蒼井君との間に歪な沈黙が訪れる。
……まず、状況を整理しよう。
私は、林の中を歩いてて、また二本道に遭遇した。
前のシュシュ占いで、今度は左に進み……目の前に広がったのは、豊かな草原。
空も麓で見たように澄み切っていて……林の中では、木々が空を覆っていたのに。
そして……後ろを振り向いても、さっきまであった林はない。
ただただ、広がる緑色の海。
んで、さっきの5分ごとの通信で、蒼井君は林の中を歩いているようだった。「あれ?」と言った後、私の目の前に現れた。……ただ、それだけ。結構不自然なことだけど。
だって、蒼井君が歩いてきた林の痕跡がないんだもん。
「……この山、おかしい……よね?」
念のために聞いてみると……蒼井君は「うん」と返した。
「小原先輩は滝の前、水野は湖の傍。遠藤崎はジャングルの中……で、俺らは草原の真ん中。どう考えたって、同じ山にいるとは思えない……よな」
「でも、10分前後前には、みんな麓から、隣の人とさほど離れてない距離からスタートしたじゃん!やっぱ、誰か……論理的には証明されない、何か他の人間とは違う能力を持ってる、って私思うんだけど!」
不安な雰囲気をなんとか打ち消そうとして、わざと笑いながら明るく話す。
でも、蒼井君は神妙な面持ちで……
「たぶん……あの人。伊集院さん」
「え?」
「この世に存在しない人だと思うんだ」
……マジで?
「それに、何故か聞いたことあるんだ、伊集院響香って名前。どこか、を忘れちゃったけど」
それに、と、何故か生徒手帳を出した。
「海竜宮商業高等学校、っていう名前、約100年前のものなんだ」
沿革を蒼井君は指でなぞり、約100年前の欄で指を止めた。
そして、それは50年前に海竜宮高等学校という名前に変わってる。
やっぱり気になってんだ、蒼井君も。
「海宮市って、元々は海竜宮市で、いくつかの町と合併したのを機に海宮市になったらしいよ」
……なるほど。それは、約30年前のこと。沿革にも、ちゃんとある。
“海竜宮市が合併し海宮市に。校名も海竜宮高等学校から海宮高等学校へ”ってね。
「それに……伊集院さん、外来語をひとつも使わなかった」
外来語とは、簡単に言うとカタカナの言葉。
代表的なのは……このトランシーバー。
確か伊集院さんは小型通信機器って言ってたっけ。
いや、でも100年も前にトランシーバーなんてないよね……?
外観そのまんまで小型通信機器って決め付けたのかな。
いずれにせよ……
「つまり……あの人は、この世に存在しないってこと?」
「……まぁ、非科学的だけど、そうとしか思えないよね。100年ぐらい経ったのにあんなに外見が若く見えるなんて、ありえないし」
そう話している間にも、どんどん歩みは進める。
……なんか、立ち止まってると、どんどんこの不思議な山に飲み込まれていくような気がして……
多分蒼井君もそう考えていたんだろう。いつもより歩みが速い。
私も頑張ってその歩調についていこうとした。
……やがて、緑色の集団が目の前に現れる。
「林……だ」
まるで、この林が第二の入口のように見えて……
そこに辿りつくと、道が二本に別れてて、足元に文書のようなものがあった。
「なんだ?これ」
蒼井君がその文書を開けると……中には、こう書いてあった。
「契を守らざる者、死あるのみ……?」
「蒼井君、それ、読み方“ケイ”じゃなくて“チギリ”だよ」
「契?……って何?」
「昔の言葉で、約束っていう意味だったと思う」
でも、約束って……なんだろう?
何かを約束したっけ?麓で……
“「今から、五手に分かれて“個人個人で”山奥にある神社を目指してちょうだい」”
あ……そっか、あれか!
「蒼井君、ここはとりあえず、別行動しよ!」
「うん、俺もそう思ってたとこだけど……大丈夫?別行動で。何か危険なことがあったりしたら……」
「大丈夫大丈夫。3年だもん!んじゃ、私こっち進むね!じゃねっ!」
私は手短にそう言うと、右の道に進んだ。
……手短にしなきゃ、殺られると思って。
多分、班のみんなが感じていた、何かに見張られてるような感じ……きっと伊集院さんか、その仲間だ。
きっと、誰が約束を破るか、ずっと見張っていたのだと思う。
私と蒼井君がトランシーバーで交信したことによって、その約束に亀裂が入り……
見張りの奴等が何かの力で私と蒼井君を引き合わせたんだ。亀裂を深くするために。
そして、最終手段が……あの文書。
あの言葉を無視して2人一緒に同じ道を進んだら……その時は……
“恐怖山の遭難者”の1人にされてしまっていただろう。
『よっす!班長だ!今、でっかい木に吊るされていた問題……ていうかクイズ解いてるとこ。1人で解けって書いてあるから、今超頑張ってる!』
『キョンだよぉっ!キョンも班長と同じように問題解いてます!』
『水野です。俺は問題解き終わって進んでます』
『蒼井大翔。まだ歩行……っていうか、走行中!』
きっと、蒼井君も気づいたんだ。
見張られている気配の正体について……
「杉浦沙彩。私もまだ走行中!」
それだけ言って、ポケットにトランシーバーをつっこんだ。
走ること、約10分……
「あ、あった!」
これが、たっくんやキョンが言ってたクイズかぁ。
とりあえず、開けてみた。
“歴代総理大臣の姓名を5人書き記せ。この木々を奉るべし”
文書の下には、数本に束ねられた木々があった。
歴代総理大臣、か。割と簡単じゃん。
バッグから、ペンを出した。
「えっと……」
印象に残ってる歴代総理大臣の姓名を書き、バッグにつっこむ。
よし。あとは、この木々を奉るだけ!
林のどんどん奥に進むにつれ……坂も急になり、どんどん道が険しくなっていった。
「なんか、山登ってるみたい……」
……いや、元々山やないかいっ!
1人ノリツッコミするぐらいしか、疲れを紛らわせる方法がなかった。
でも……なぜだろう。なんだか、どんどん頂上に近づいている気がするよ。