第73話 遠足2-不思議な山-
入った者が、次々と遭難する……という“いわくつき”の恐怖山の麓へ来た。
見たところ、普通の山だけど……
本当に神社なんて、あるんだろうか。
そして……
「うへー……酔ったぁ……沙彩ちゃーん……キョン死ぬよぉー……」
何故10キロぐらいの移動でキョンは酔うのだろうか。
「大丈夫ですか?杉下先輩」
「“相棒”の杉下右京じゃないもんっ!遠藤崎キョンだよっ!……ウヘッ」
水野君の素晴らしき呼び間違いに威勢よくツッコんだせいか、キョンは益々気分が悪くなったらしい。
「遠藤崎、しばらくあそこのベンチに座って深呼吸して、緑でも見て大人しくしておいた方がいいよ。車酔いって大抵、ガソリンのこもった臭いに耐え切れなくなったり、脳が窓から見える景色と遠藤崎が止まってる状態の食い違いに追いつけなくなって拒否反応を出したせいで起こるものだしね」
蒼井君がそう言うと、キョンは「うん、そうする……」と言って、向こうのベンチに座った。
遠藤崎、って呼ぶんだな……何気に、初めて聞いた気がする。
「どしたの?杉浦先輩。なんか顔色悪いけど……先輩も車酔い?」
「え?いや、全然?電車通学で慣れてるし、平気」
私は……今も昔も、杉浦先輩、なんだな。
少なくとも、私が蒼井君と同級生だったら……自然と、名前で呼び合ったりできたのかな。
去年の夏……私が、蒼井君に「ため語で話していいよ」って言った。
それ以来、言葉を交わす時は常にため語。
でも……やっぱり、先輩は先輩なんだな。
なんだか、見えない学年の壁ってもんがあるのかもしれない。
「にしても、係員らしき人がいないね」
「あぁ、それならミコって人が案内するから、って担当の先生から聞いたけど……ミコって何だ?名前か?」
ちょっと酔っているらしいたっくんからの……アホ発言。
「ミコって……たっくん、知らないの?神に仕える女性を巫女って呼ぶんだよ。……まぁ、こんないわくつきの山奥にある神社の巫女さんっていったら、あんま普通の巫女さんをイメージできないんだけど」
冗談っぽくハハッと笑っていると……
「悪かったわね。普通でなくて」
「うわっ!!!」
いきなり背後から声がして、驚いて振り向いた。
白い小袖に緋袴の巫女装束を身に纏った……年はだいたい、20代前半ぐらいの女性。
「す、すみません……わ、割と普通……ですね……」
「伊集院響香。伊集院は伊集院静と同じ文字で、響くに香で響香よ」
響くに香、で響香……初めて聞いた、そんな名前。
隣にいた蒼井君が、不意に口に手をあてていた。
「蒼井君、どうしたの?」
「あ?いや……どっかで聞いたことあるんだよなぁ。伊集院響香って名前」
「あら。あんな山奥にあるような神社の巫女が、世間に名が知れるとは思えないんだけど」
「ですよね。多分、昔のクラスメイトの名前とかだったりするかも」
ていうか……すっごい肌が白いなぁ、この人。
日にさらされないほど、神社はすっごい山奥にあるのかな……
「責任者はどなたかしら?」
「あ、俺でーす」
響香さんは例の物を、とたっくんに指示。
たっくんは、エナメルバッグの中から6つの“例の物”を取り出した。
「これは俺の分、これがさーや、これが蒼井。これが章介の分で……」
「くあーっ!蒼井のアドバイスでだいぶ気分が良くなったよぉ!」
戻ってきたキョンの手にも、たっくんは同じ物を手渡した。
「あれ?築島は?」
「ああ、さっきからいますよ。俺の後ろに」
……なんと!?
私が水野君の後ろを見てみると……陽香がぐったりとした様子で水野君の脚にもたれかかっていた。
「ちょっと陽香、大丈夫?」
「う、うーん……杉浦せん……ぱい……」
「どうやら、その女の子はダメなようね。山奥は気温も低くなるから、そこの休憩所で休ませておくといいわ」
響香さんが指差す方向には、保健所らしき建物があった。
「んじゃ、俺が連れて行きますんで、先に進んどいてください」
水野君が陽香をおぶって、休憩所へと向かった。
話を戻して……と、響香さんは呟く。
「それは小型通信機器に間違いないわね?」
「あ、はい」
その例の物とは……バッジ型のトランシーバー。
海宮高校のものらしく、バッジは校章をあしらっていた。
「今から、五手に分かれて“個人個人で”山奥にある神社を目指してちょうだい」
「……は?」
「海竜宮商業高等学校は県内有数の進学校。学問に長けている方が多数いらっしゃるようですから、個人で行っても問題ないでしょうね」
……ん?海竜宮商業高等学校?
「ねぇねぇたっくん、海竜宮商業高等学校、って何?」
「さぁ……海宮高校の前の名前じゃない?10数年経てば、学校名も多少変わるっしょ」
そ、そんなもんなのかな……
不思議に思ってると、水野君が休憩所から戻ってきた。
「ねぇ響香さん、この山クマとかイノシシとかウシとか出ないよね??」
不安そうな顔してキョンが聞く。
いや……クマやイノシシは分かるけど、ウシはないっしょ。
「動物はこの山にはいませんわ。それでは、始めてください」
いや……動物いそうな気配ムンムンしてますが……
「んじゃ、お互いのチームの安否を確認するためにも、5分ごとに連絡ってことで!その赤ボタン押しながら喋ったら、全部のトランシーバーにつながるから!」
「ん。分かった」
「オッケー!」
山につながる五つの道。
それぞれの道に、それぞれが入って行った。
「さて……どうなるでしょう。今日は……誰の命日になるかしら」
―――そんな響香さんの呟きを、誰1人として耳にせず。
……始まって、約3分。
「……早速……ってとこかな」
道2本。
こういうのって大体、直感で行けば当たるもの。
でも……今日はなんとなく、直感が効かない気がする。
私は手首に巻きつけていたシュシュを外すと、かすかに見える空に向かって投げた。
そのシュシュは、空中で弧を描いた後……右の茂みにポスッと落ちる。
「右側の道……か」
茂みの中からシュシュを取って、それで髪をひとつに束ねた。
時間は、丁度5分。
『班長だ。こっちは順調だぜー』
『蒼井大翔。結構サクサク進んでる』
『キョンだよぉ!お花畑でいっぱい変な花見つけたぁ!』
『水野です。さっきから見張られてる気がするけど……まぁ、大丈夫です』
4人から連絡が入る。
キョン……何してんだ。
「杉浦沙彩。直感を頼りに歩行中」
適当にそんなことを言い、足を進めた。
すると、トランシーバーがいきなり震えだす。
『杉浦先輩?俺だけど、青のボタン押しながら何かしゃべって』
……蒼井君の声だ。
言われた通り、青のボタンを押しながら
「蒼井君?何?なんかあったの?」
そう言った直後、また声が聞こえてきた。
『杉浦先輩のトランシーバー、確かピンクだったよね?どうやらこのトランシーバー、7つの色のうちどれか押すと、押したボタンの色を持っているトランシーバーに繋がるみたい』
「へぇ。すごいね蒼井君。誰かと実証し合ったの?」
『いや、前メカ部がこのトランシーバーで遊んでるの見たから』
機器研究部。通称メカ部(雌株じゃないです)は、毎回妙な活動をしているらしい。
じっと座って研究してるかと思えば、校内を走り回ったり変なダンスをしたり。
海宮高校の隠れ名物って、やつ。
『でも、他のメンバーと個人通信は控えた方がいいと思う』
「え?なんで?」
『さっき水野も言ってたけど……山に入った直後から誰かに見張られてる気がするんだ』
「……ただの気のせいじゃない?」
『まぁとりあえず、さっき杉浦先輩歩いてるって言ってたけど……ちょっと急いだほうがいいよ。結構距離ありそうだし、次のスポットもあるじゃん』
「……わざわざそれを言いに?」
歩調を速くしながら、そう聞く。
『みんな神社に着いてるのに、杉浦先輩が遅れたら心配するじゃん。彼女だと尚更』
……彼女。
その言葉で……付き合ってるんだな、って実感が沸く。
『先輩?』
「あ、そ、そうだよね!遅れないように今、結構早足で移動してるとこ!んじゃ!」
『あ、あと……』
蒼井君が何か言いかけた気がしたけど、一方的に切ってしまった。
彼女、って言われて照れたのもあるけど……私まで、見張られてる気がして……
……とりあえず、さっさと進もう!
―――……
「……切れちゃった」
先輩からの音沙汰ナシのトランシーバーをポッケにつっこむと、今までよりさらに歩調を速めた。
……もしかして、彼女って呼ばれたのが嫌だったとか?
てかそれって、付き合ってる時点で嫌ってことじゃん。
……ていうか、両想いなんだろうか、俺ら……
もちろん、俺はすっごい杉浦先輩のこと好きだし、あの浜辺でちゃんと伝えた。
杉浦先輩も同じ気持ちでいてくれて……
でも、あの言葉は幻だったとか?そういうオチって、ナシにしてほしい。
……ていうか俺って……
「全然違う方向でネガティブになってなくね……?」
盛大な溜息をついた。
……杉浦先輩と付き合う前、偶然別クラスを通りがかった時……
『蒼井って、だいぶ性格変わったよなー』
『それ、俺も思った。中学の時は“タラシの蒼井”で有名だったのによ?同時に何人もの女子と付き合ったりとか!』
『そんな蒼井が、あの西院と別れて何ヵ月もフリーだなんて、信じらんねーよなー』
……明らかに、中学の俺を知っているような会話の内容だった。
つまり、同じ中学出身の奴らだったということで……
タラシで名を馳せるほどのタラシだったのかよ俺。ってその時思った。
未だにケータイに届く迷惑メールは、昔俺が付き合った女子の彼氏か、その女子を好きな男の嫌がらせとでも受け止れる。
でも……どうしても、自分を“かわいそうな奴”とは思えない。
昔の俺がした、最悪なこと。それに対する当然の報い……だろうから。
「その最悪なこと、が全く思い出せないんだけど……」
……まるで、自分が他の人間を“嫌がらせを受けるのは当然の報い”って言いながら罵っているような気分になる。
……あーあ。さっさと全部思い出して何もかもスッキリさせたい。
昔自分がどういう人間だったのか。周りの人たちとの関係はどういうものだったのか。
トランシーバーが震え、5分ごとの班員全員のやりとりが開始された。
『こちら班長。何故か滝が現れやがった……』
『水野です。こっちは何故か湖があるんだけど……海につながってるのかな』
『キョンだよぉ。今度はあっつーいジャングルゾーンに突入したんだけど……』
『杉浦沙彩。こっちは草原……おかしくない?』
杉浦先輩の言う通りだ。
こんな日差しが届かない中……花畑なんて、あるはずない。あったとしても、花はまず育たない。
この山……何か、おかしい。
そのことを、さっきの先輩とのやりとりで伝えようとしたんだけど……切られてしまった、ってわけだ。
『蒼井大翔。こっちはまだ林の中で……あれ?』
思わず、手から赤ボタンをはずす。
足元に広がるのは……黄緑色の草で埋め尽くされた地面。
そして、目の前には……トランシーバーを耳に当てる……杉浦先輩。
あっちも、こちらに気づいたらしく……
「あれ?蒼井……君?」
目を真ん丸くして、俺を見つめた。
変な山ですねぇ。
書きながら、実際こんな山入ったら……私なら即後戻りするだろうな、と思いました(笑)