第6話 元カノ
それから、補習+家でも1学期中の学習内容の復習をしながら夏休みを過ごした。
「もう2週間ですね」
揺られる電車の中で、車内の日付表示を見ながら呟く蒼井君。
あれから、何故か同じ車内での乗り合わせが多い蒼井君。そして、他愛もない話をしながら学校へと向かう。
そんな毎日。でも、心なしかなんか楽しい。
「何が?」
2週間、という言葉に疑問を持った私は聞く。
「夏休み始まってから」
「あ、なるほど」
そっか、もう2週間か……
同級生たちや同高の人たちは、夏休みが始まった、というワクワク感が一気に冷めてぐうたらし始めたのか……それとも宿題に手をつけ始めたのか、ほとんど車内にいない。
って、宿題……
「宿題、ひとつも手つけてない……」
この時、初めて補習+@にしてたものがムダだった、ということに気づいた。
「え……ヤバくないですか?」
マジで?ってな感じの蒼井君の目を少し睨む。
「んじゃあ、蒼井君はどーなんよ?」
「俺、読書感想文以外全部終わりましたよ?」
へぇ。蒼井君、読書感想文以外全部終わったのかぁ。へぇー……
って!
「早っ!何そのスピードッ!人間!?」
思わず大声を出して席を立つ。
隣にいた、転寝してるおじいちゃんが「ほひゃあっ!?」と言って目を覚ました。
「あ、スミマセン……」
なんかの同好会で集まってるっぽいおばちゃん集団も、目を丸くして私を見る。
クスクスと笑いを堪えてる蒼井君。
「ん〜、人生で5番目に恥ずい……」
周りからの視線が突き刺さる中、席に座った。
ちなみにそれ以上は………内緒です。
そして、隣ではまだ蒼井君が笑ってる。
「も〜、蒼井君しつこいっ!」
「ゴメンゴメン。ツボった……」
あ。タメ語。
蒼井君はたまに、タメ語で喋るときがある。
別にあんま気にしないからいいけど……正直、ちょっと戸惑いもある。
だって産まれて16年、年下に話しかけられたことがなかったからだ。
先攻術を熟知してることが影響してか……小学生の時は、男子4人(しかも上級生)とのデュエルにも難なく勝利。
中学生の時は、校内に侵入した不審者を羽交い絞めにして失神状態に陥らせた。
銃を所持したコンビニ強盗を捕獲したりして、校内でも表彰され……という、まるでどっかの戦隊物のリーダーみたいな私に、年下の子が近づいてくるわけでもなかった。
逆に、同級生からはかなり慕われてきたけど……
「ねぇ、蒼井君は怖くないの?」
「え?何がですか?」
笑いが少し収まったらしく、笑顔で聞き返してくる。
……一瞬、その笑顔の綺麗さに心臓が跳ねた。
「だ、だってほら、私、ギャル男の胸倉掴み上げたんだよ?」
「なんだ、先輩のことか。全然怖くないですよ。むしろ楽しい」
その笑顔でそんな可愛いこと言われたもんだから、合わしてた視線を思わず逸らす。
胸の奥に、じわりと何かが広がる感じがした。
「……楽しい?」
「はい。あと、男っぽくてカッコいいし!」
その言葉にリアルにズルッと足を滑らせた。
……その途端、ケータイの着信音らしいものが聞こえてくる。
「あ、メールだ」
どうやら、蒼井君のケータイらしい。
色は黒……ケータイ持ってたんだ。気づかなかった。
蒼井君はケータイを見るなり……さっきの笑顔とは一変、眉をひそめて怪訝な表情をした。
「どしたの?」
「………」
私の声は聞こえてないらしく、蒼井君はしばらくケータイを見つめたあと、ケータイを開いた。
慣れているような手つきでボタンを押す指を見ながら、相手を想定する。
“30人以上と付き合ってたらしいよ!”
桃花の言葉を思い出し、元カノかな?って思った。
同時に……なんでかチクッと、胸が痛む。
そりゃあ、30人と交際してたら……元カノからの未練たらしいメールも来るだろう。
だけどそれは、蒼井君の問題であって……
なんで、赤の他人である私の胸が痛むんだろう……?
……そういえば、なんでさっき、蒼井君の笑顔に心臓が跳ねた?
胸の奥に、じわりと広がったものの正体は、一体何だ?
考えれば考えるほど、分からない。
「ったく、しつこいなぁ……」
溜息混じりで、蒼井君はケータイを閉じる。
「元カノから?」
「……まぁ、そういったとこでしょーか……」
頭の後ろで手を組んで、背凭れに凭れる蒼井君。
「最近、めっちゃメール来てしつこいんですよ」
「彼女、O型?」
「えっなんで分かるんですか?」
「なんか、O型って自分からいく感じだし……」
そういえば……唯も、O型。
なんで私なんかに告白してきたんだろう……?
返事、考えた。
やっぱり、友だち以上はどう考えても……無理。
でも、それをどうやって唯に伝えよう……
「先輩、なんか数学解くような感じの顔してますよ?」
「え、マジで?」
慌てて顔をペタペタ触る。
……てか、数学解くような感じの顔って……
この前の補習は数学。蒼井君は隣だから、バッチリ数学の難しさに歪んだ私の顔を見たのか……
なんか恥ずいです。
『次は海宮市駅……』
車内のアナウンスを聞いて、羞恥心がピタっと収まった。
「行きますか」
蒼井君に続いて、立ち上がった。
駅のホームから出て、ちょっと歩く。
すると、前方から……見たことある人影が見えた。
自転車に乗って、青いTシャツを着ている……唯。
「あれ?沙彩じゃん」
唯がこっちに気づいたらしく、近づいてくる。
「……こっちは?」
近づいてきた唯は、蒼井君の姿に気づかないわけもなく……
唯は蒼井君を睨む。
蒼井君も……知らない人に睨まれて腹が立ったのか、睨み返す。
まぁ睨みたい気持ちは分かるけど……
私は、その場で硬直。
……ヤ、ヤバい……