第68話 一歩踏み出す勇気
翌日。“幸せ”で一睡も出来なかったのに、なぜかスッキリさえてる頭で洗面所へ行き、顔を洗って寝癖を直した。
「沙彩~……昨日聞けなかった分、たっぷり聞かせてもらおうじゃないの……噂によると9時過ぎに帰宅したんですって?」
「げっ……」
……忘れてた。
昨日、誰もいない家に帰ってきて……そのせいで忘れていたお母さんのこと。
ていうか……何の噂だよ……
―――……
説教を喰らわされて、化粧もままならないまま電車に飛び乗った。
「さーや!おはよう!」
夏姫が手招きをして、そっちに向かった。
「あれ?今日手抜きじゃない?」
「お母さんから説教喰らわされて……髪のセットとメイクの時間が削られたんだ」
でもさほど変わりないっしょ?と付け足す。
「……ん?なんで説教喰らわされたの?」
「あ……」
「そういえば~、昨日もいきなりさらわれて……何故か風邪で欠席だったよねぇ?一緒に登校したのにぃ~……それと関係あんのぉ?」
……これは、全てを話さなければいけない状況。
全部話すと、夏姫の顔は輝きに満ち溢れていた。
「よかったじゃんさーや!おめでと!」
「あ、ありが、と……」
バンバンと背中を叩かれ、声が途切れ途切れになる。
「早速みんなに報告しないと!」
と、ケータイを出す夏姫。
「だーっ!ちょ、ちょーっと待って!早い!早すぎるって!!!」
「え?なんで?……あー、そっかぁ。大翔君、めっちゃモテるもんねぇ。ヘタに早く広めたら……ロクなことされないよねぇ……」
まっ、そーなるのも最早宿命だけど、と、思いっきり他人事のように夏姫は笑う。
でも、そんなことよりも……気になったのは、唯のこと。
唯に報告すべきなのか……もう友達なんだし、言わないのもおかしい。
でも、唯からしたら私はまだ……って、自意識過剰か。
それでも、やっぱり言い辛い。
夏姫はそれを察知してるのかどうか知らないけど……呑気に鼻歌を歌っていた。
いや、これじゃあ察知してないだろうな、たぶん。
海宮駅について、唯と会わないよう只管祈りながらホームを出る。
「あ、おはよ!」
「あ、唯!おはよー!」
……ホームから出た途端に会ったし!
「お、おっはよ、唯、君……今日もいい天気だ、ネ……」
「どうした沙彩!まるで日本に来て24日目の中国人みたいな喋り方だぞ?つーか昨日どした?」
こ、細かっ!
23日でも25日でもないんだ……(モデルのJOYさんの発言をパクリました(汗)by作者)
なんて、ブツブツ考えてると……
「さーや、大翔君と両想いになったんだって!昨日も幸せすぎて一睡もできなかったんだってさぁ~!さーやも乙女だと思わない?」
……ぬがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!
さらっと夏姫が言いやがった……!
「あ、そーなんだ?よかったじゃん!これで俺もスパッと諦めれるよ」
「へ……?」
な、なんだ?この呆気なさは……
チラッと夏姫を見ると……「ほらね、大丈夫だったっしょ?」って言わんばかりの笑顔を見せた。
「なんかさー、俺、次はいけそーな気がするんだよね」
「え?唯、好きな子いんのぉ?」
「いねーけど!」
「じゃあなんなの~?その予感!」
唯と夏姫の会話。
普通過ぎる唯の表情……
数分前の気持ちとは打って変わって、とても軽いものにかわっていた。
徒歩で、しかも喋りながら登校したので始業ギリギリで到着した。
「さーや、風邪はもう大丈夫?」
「え?あ、うん。1日で治っちゃう体だから……つまり丈夫ってわけで?」
「アハハッ!さっすが1月なのに移行期間服なだけある!」
クラスメイトとの、何気ない会話……
ていうか私、風邪で休んでたことになってんだ。
蒼井君や武田先輩は……昨日の欠席の理由、なんて言い訳したんだろうか。
「ていうかさぁ、付き合ってんならなんで朝1人だったの?」
前の席に移動してきた夏姫が小声で聞く。
「え?なんでって?」
「ほら、地区も一緒だし……一緒に登校ーって流れになるじゃん?」
「あー……蒼井君、いつも朝練が日課らしいし。今は朝練中止期間だから、海宮の市民体育館か何か使って練習してるんじゃないかなぁ。A市って、市民体育館ないし」
「なーるほどぉー……これはちょっと説教しなきゃな……」
夏姫は何やらボソボソ言うと、いきなり席を立って、私が「どうしたの?」って聞く間さえ設けずにダッシュで教室を出ていった。
―――……
「今日のLHRは、文化祭の後片付けの続きな」
朝のSHRの前。教頭がいなかったから、学担に連絡事項を聞く。
たしか、昨日も文化祭の片付けがあった。なのに……
「なんで2日連続で?」
「なんでか分かるか?」
「さぁ……」
俺が曖昧に答えると、学担はわざとらしくデカい溜息をついた。
「お前が昨日無断欠席したからだよ……なぁ、昨日なんで休んだんだ?」
「あ?ああ……脳波に異常がないか確かめる為に1日検査入院してたんです」
……嘘です。
「それならそうと連絡をよこせ。ったく、お前がいなかったせいで昨日は後片付けが進めたもんじゃなかったんだぞ」
「すみません……いろいろと迷惑かけて」
確かに、実行委員がいなかったら片付けは進まない。
昨日サボったことに反省しながらも……やっぱ武田先輩についていってよかった、って思った。
会議室を出て、廊下を歩いていると……
「あ、いたいたっ!大翔君!」
後から声がして、振り向いた。
少し目線を下にしたところに、東郷先輩(夏姫)の顔があった。
「東郷先輩。おはようございます」
「うん、おはよう……じゃなく!大翔君って朝練が日課って本当!?」
「はい、そうですが……」
そう答えると、信じらんないっていった表情で俺を見る東郷先輩。
「“アンタ”、さーやの彼氏なんだから!登校ぐらい一緒にしないと!自分のことばっかり優先させてたらフラれちゃうよ!?」
ア、アンタって……
SHRの始まりを知らせるチャイムが鳴り響き、東郷先輩は「それだけ!じゃっ!」と言って、来た道をダッシュで戻って行った。
「登校ぐらい一緒に……か」
……よし。今日あたりにでも、誘ってみよう。
―――……
あっという間に1日が終わり、放課後になった。
「……よし、帰るか」
実は日直。日誌を書いて、学担に提出した後、帰路を辿ろうと踵を返したとき……ふと、体育館が目に入った。
……そういや、部活してる蒼井君って見たことなかったなぁ……
「ちょっとのぞくぐらい、いいよね……?」
体育館の目立たない小窓から、少し顔をのぞかせて体育館内を見た。
「あ、1on1やってる」
1on1……1人対1人のミニゲーム。
バスケ部は部員が多いらしく……ベンチには、多数のバスケ部員が。
コートには、ごっつい……おそらく、受験勉強の気晴らし目的で参加している3年生2人が白熱のバトルを繰り広げていた。
やがて、終了の合図があって……
「次、小城と蒼井ー」
……という、バスケ部顧問の声がかかったと同時に、黄色い歓声の二重奏、三重奏、四重奏、五重奏……数え切れないほどの重奏が!
思わず肩があがってしまう。
「蒼井くーん!がんばってーっ!!!」
「ステキーッ!」
小窓だから、黄色い歓声の主は見えないけど……
やっぱモテるんだなぁ。
当の蒼井君は、黄色い歓声に答える……ことはなく、関節を柔らかくする直前運動をやっている。
っていうか、小城って人……身長推定190センチの2年の中でも有名な大男。名字に“小”の字が入ってるのが似つかわしいほど。
気づけば、私が少し見上げるほどの身長になった蒼井君よりも、はるかに高い。
当然、バスケは身長勝負。高ければ高いほど有利……どうなるんだろう。
試合開始の合図と同時に、ジャンプボール。
身長的にも、やっぱ小城が取るかな……と思いきや……
「……えっ!?」
一瞬のことで、目が追いつかなかったけど……今、ボールは、蒼井君の手によってドリブルされている。
ってことは……ジャンプボールで蒼井君が取ったのか……黄色い歓声が、私の推測を事実だと言っているかのようだ。
その後も、ボールは蒼井君の手、小城の手を行き来し……
やがて、試合終了の合図がかかった。
「小城10点、蒼井25点!」
結果が報告され、女子の歓声。次のペアを指示するバスケ部顧問の声。
「はー……凄かったぁ……」
いつのまにか、小窓の柵を掴んでいた。
……久しぶりだな。バスケの試合を、こんなにまじまじと見たの……
んで、初めてだな。バスケの試合が終わった後でも……まだ、こんなに気持ちがフワフワしているのって。
「蒼井の試合、どうだった?」
「凄かったよ!2年の先輩でしかも190センチの大男の小城相手に2:5の比で勝っちゃうなんて!」
……って言いながら振り返ると……
「ははっ!2:5って!」
スポーツタオルで汗を拭う蒼井君がいた。
「あーあっつい!冬なのに汗って凄くない?」
「う、うん……」
蒼井君は地べたに座る。
「あ、戻らなくて大丈夫なの?」
「俺はこれで今日の練習終わりなんだとさ。まだみんなと同じメニューやっていいっていう許可おりなくってさ。まぁ、同級生にはさんざん羨ましがられてるんだけど」
……と言う表情は、なんか物足りなさそうで……
「……だったらさ、私と練習しない?」
「え?」
「ほら、蒼井君いっつも朝練してるじゃん。それに私も付き合うっていう」
「ありがと。でもいーや」
予想外の反応が返って来て、私は「え?」と聞いた。
「だって杉浦先輩が相手だったら……絶対手加減しちゃうし」
「えーそれどういう意味ー?」
「だって本気でやって、好きな人ケガさせたら嫌だし?」
……また……私がドキッてする言葉を、さらりと言う。
「しかも、強制じゃない限り朝練やめるし」
「え?なんで?」
汗が引いたらしく、蒼井君は立ち上がった。
「登校!これからは一緒にしよ」
そう言い、「いいよね?」って付け足したから、私は大きく頷いた。
「そんじゃ、俺、着替えて荷物取ってくるから、そこで待ってて」
「あ、うん」
走って部室に向かう後姿を見送った。
……本当に、私、今……幸せなんだなぁ。
小窓からもう一度、館内を覗くと……3on3の練習に切り替えていた。
―――……
まじない部は休み、女バスはコートを男バスに占領されて休み。
久しぶりに私と歩海と美来で下校した。
「でねー!大翔様、マジカッコよかったの!2年の小城って人と15点差で勝っちゃって!」
ミーハーな美来は、男バスの試合……蒼井と小城って人の“わんおんわん”っていう試合の感想を熱く語っている。
「確かに、蒼井君は凄いよ。ジャンプ力がありえないもん。しかも足超速いし……小城先輩、どちらかっていうとディフェンス派だから、完璧に流れは蒼井君が持っていったって感じ」
歩海も、熱く……とまではいかずとも、その試合の感想をやや興奮気味で語っている。
「もー……メグも見ればよかったのにぃ」
「……だって、バスケとかよく分かんないし」
美来の言葉に、私は口実を返す。
今は……蒼井の姿を見るのが少し辛い。
告ってもないけど、フラれた気分だから……
蒼井は、杉浦先輩だけしか見ていない。それが分かった今、フラれた気分。
杉浦先輩は、いい人。誰にでも平等で、要領よくて、優しくて……蒼井が好きになるのも、納得できる。
もちろん、杉浦先輩を憎たらしいとは思ってない。
なら、この切なさや悔しさは……何にぶつければいいんだろう。
……拓海先輩の時でもそうだ。
夏姫先輩っていう彼女がいるってことも知らずに好きになって……その事実が分かった後、告白さえせずにさっさとその恋を捨てて……
そして、この恋も。
相手に大切な人がいる、って分かると、自分が立ち入る隙がないって直感的に思ってしまう。
「なんで私の恋は、うまくいかないんだろ……」
……ううん、違う。
一歩踏み出す勇気を持てない、“私”がいけないんだ。
「サーティーツーでも寄ろーよメグ……って、え!?」
「ちょっ、メグ、どうしたの?」
2人が慌てて、私の顔を覗き込む。
私の目からは……大粒の涙が、零れていた。
「あ、ごめ……なんでもないから、気にしないで……じゃっ!」
「メグ!?」
袖で涙を拭いながら、帰路を走る。
今度の恋は……一歩踏み出す勇気を、大切にしよう。
視点コロコロ変わってすみません……
惠夢ちゃんの心境を書いてると、まるで自分のことのように思います。
告白もしないで、勝手に“無理だ”と判断して、その恋から降りてしまう……
一歩踏み出したら、何か変わったかもしれないな(しんみり)
惠夢ちゃんには幸せになってほしいですね。
さて、次回は(ようやく)進級編です。
沙彩が3年生、大翔が2年生になります。
この連載がスタートして約1年……妙にリアルな進級に(^^;)
これからは、“学年の差”にスポットライトをあててみようかな、と思います。
あ、もちろんラブの部分も(笑)