第67話 ただ、伝えたい。
「うっわぁ……星がすごい……」
駅のホームを出るなり、夜空を見上げる先輩。
つられて俺も空を見上げる。
ホームの天井が遮っていた夜空が広々と広がっていた。
「ほんとだ」
朝降っていた雪は止み、雲がすっきりと消え去った夜空。
月は煌々と光っていて、無数の星が煌いている。
……不意に訪れた沈黙。
「……あ、昼間水族館で見たイルカ!超凄くなかった?」
「ああ、うん」
「ショーとかテレビでしか見たことなかったんだよねぇ。やっぱ間近で見ると迫力が違うよ」
「そうだね」
先輩の口調から、なんとか沈黙を取り去ろうとする焦りが垣間見られる。
……ここは、やっぱ俺から切り出さないと。
って決心した矢先に、
「あ、そうだ!ちょっと寄り道していい?」
「え?寄り道?……あ、うん。いいよ」
……何故か、先を越された気分になった。
向かった(向かわされた)先は、俺の家や杉浦先輩の家とは思いっきり逆方向。
記憶を辿る限り、俺は足を踏み入れたことがなかった方向だ。
「えーっと、確かここを曲がって……あ、あった!」
目の前に広がるのは……空の色を反射して黒く輝く、夜の海。
夜……しかも冬だから、俺等以外誰もいない。
「ちっさい頃、よくここの海で遊んだんだ。貝拾いとか砂遊びとか」
「へぇ。貝拾いに砂遊び……先輩にもそんな時代があったんだ?」
「何?その言い方~」
笑いながら、懐かしむように貝を手に取る先輩。
その笑顔は、去年の夏のあの日から意識的に、それに反射的にもずっと見てきた顔。
“彼女”の存在があったにも関わらずに。
石垣に座って、目を閉じてみる。
秋の日……咲良と別れたときに言われたあの言葉を思い出す。
“「……先輩には、唯先輩がいる。けど……大翔はそんなこと関係ないよね」”
“「それ、ちゃんと杉浦先輩に伝えて?結果がよくても悪くても……大翔が幸せになれること、願ってる」”
心の中で誓った。
もう、自分の気持ちに嘘はつかない、と。
ゆっくり目を開けた。
「……あのさ」
「え?」
貝に夢中だった杉浦先輩は、俺の声を聞いてこちらを向いた。
「昨日のこと……本当?」
砂浜に足をつけたと同時に、しゃがんでた先輩も立ち上がる。
先輩は、言葉をさがしているかのような表情をした。
「……朝、一旦忘れるように言ったこと?」
「うん、それ」
微妙な距離のまま、波の音に飲み込まれない程度の声の大きさで話す。
「一旦って言ったけど……ずっと忘れてていいよ。だって迷惑っしょ?ただの先輩から気持ち押し付けられても……」
「いつ、迷惑だって言った?」
「……え?」
……人から聞いた俺の過去のこと、咲良のこと、後輩っていう立場……
それらを全部取っ払って、最後に残ったのは……“ただ、伝えたい”
「俺も好きだよ。ちゃんと、恋愛感情で」
―――……
無性に海に行きたくなって、無理矢理蒼井君を連れて、ちょっと遠い海へ来た。
懐かしい気持ちがあふれ出したのと同時に、何か他のことをして気を紛らわそうとして、貝を手に取った。
そして、蒼井君から声をかけられた時……来た、と思った。
フラれる時が。
でも……聞こえてきたのは、“俺も”という言葉。
頭が真っ白のまま、頬を伝ったのは……涙だった。
「うそ……」
「嘘じゃないよ。全部本気」
真面目な顔で、蒼井君は言う。
「だっ、だって1コ上じゃん?蒼井君から見たらオバサンじゃん?」
「全然。1コ上……って言っても、同い年じゃん。16歳」
「しかも、私全然女らしくないし……痴漢倒したり、すぐ蹴るし殴るし圧し折るし、ハタから見たら5対1の劣勢でも余裕で勝っちゃうし……しかもテストじゃ理系は赤点ギリで……」
テンパって、最早ワケ分かんない単語ばかり並べる私。
蒼井君は緊張の糸が切れたように、笑い出した。
「もー、分かってないなぁー全然!」
「え?何が?」
涙を指でぬぐいながら聞いた。
「男より強いとこも、誰よりもカッコいいとこも全部好きなんだよ!この世でいちばん」
……この世でいちばん大好きな笑顔で、蒼井君は言った。
「……それなら、私もじゃん!」
いつのまにか涙は止まってて……気がつけば、私もつられて笑っていた。
それから、蒼井君の隣でいろいろな話をした。
今までのことはもちろん、ずっと気になっていたことも。
それは……前に電車内で鉢合わせしたとき、なんで私を睨んでいたのか、ってこと。
返ってきた答えは……「高杉先輩の顔が浮かんできて、ムカついたから」……だった。
―――……
「……わ、もう9時……そろそろ帰ろっか」
私がそう切り出したところで、その海を後にした。
手の中には……拾った、2、3つの貝殻がある。
「だいぶ冷え込んできたなぁ……杉浦先輩、寒くない?」
「全然。私の感覚器官は異常だから」
「そっか」
……よし。運動器官って間違わなかった。
「今更なんだけど……付き合ってる、ってことでいいんだよね?」
確認してくるように聞いてきた言葉に、小さく頷いた。
「……そんじゃー呼び方も“杉浦先輩”じゃ堅苦しいよなー……」
「いや、すぐに変えなくてもよくない?もうそれで定着してるわけだし……」
「定着……ってことは、俺は“蒼井君”?」
「……っていうことになる……ね」
私がそう言うと、蒼井君は不満そうに「えー」と言った。
「高杉先輩は“唯”なのに?」
「ゆ、唯ってのは、高1の時から定着してるからさ!それを言うなら、咲良ちゃんだってそうじゃん!」
「あ、そっか。でも、咲良のことは昔何て言ってたか覚えてないし……」
……そう来たか。
「……んじゃあ、前言撤回。沙彩って呼んで」
「そんじゃあ俺のことも名前で呼んで」
途端に静まりかえった空気に、笑いを堪えるのに必死で……
蒼井君も同じだったようで、2人して笑った。
“幸せ”
まさに、それ。
幸せを噛み締める中で……不意に頭に浮かんできたのは、唯と咲良ちゃんの顔だった。